#10 ベルギー演劇紀行⑦これが芸術監督だ!

現トネールハウスの芸術監督ギー・カシアスが始めた「大劇場の演出ができる若手アーティスト育成プロジェクト」は、同じ問題を抱える日本の演劇界にも、きっと参考になるはず。ベルギー・フランダース地方の劇場を巡る旅レポート、最終回です。

今回のベルギー・フランダース地方の劇場取材でもっとも身につまされたのは、大劇場で演出できる若い演出家が不足している、という事態への向き合い方。日本でも、近年まったく同じ問題が取り沙汰されているからだ。

トネールハウスの芸術監督ギー・カシアスや、オランダのインターナショナル・シアター・アムステルダム(ITA)の芸術監督イヴォ・ヴァン・ホーヴェなど、現在オランダ語圏の舞台芸術界で中心的役割を担っているのは、’80年前後に20代で活動を始め、自力でメジャーになって、大劇場を任されるようになった人たちだ。

一方、現在の若手クリエイターたちは、公的機関からの助成を得て作品を創ることが多く、作品が小規模になりがちで、助成の条件により創作期間も限られるため、試行錯誤や蓄積を重ねる時間を満足に得られない状態。演劇学校にも、大劇場での創作について学ぶカリキュラムは無いそうだ。

 そこでカシアスは、2017年、トネールハウス直轄のもとに、大劇場で作品を上演できるクリエイターを育成するプロジェクトを立ち上げた。


その名も “Project for Upcoming artists for the Large Stage.” 略してP.U.L.S. 。

まず一年かけて、育成対象とする若手クリエイターをリサーチ。公募ではなく、劇場のほうからオランダ語圏中の若手の舞台を観てまわり、男女各2名、計4名のクリエイターを選出した。育成期間は4年。4名はその間に5名の先輩クリエイター全員のもとで3か月ずつ実地で学び、併行して自身の創作も行い大劇場で発表する、というもの。

この5名の先輩クリエイターというのが、カシアスのほかヤン・ファーブル、ヤン・ロワース(ニードカンパニー)、アラン・プラテル、イヴォ・ヴァン・ホーヴェという、いずれもほぼ同世代の錚々たる世界的アーティストであることに、ちょっと目を奪われた。

これを’80年前後に演劇を始め、自力で評価を確立。いま大劇場を任されるリーダー世代、という共通点で日本に置き換えると、野田秀樹、白井晃、平田オリザ、松尾スズキ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、といったところだろうか。そんな個性もスタイルも異なり、抜群の実績を持つ先輩アーティスト5名のもとで、それぞれ3か月ずつ実践的に学び、大劇場を使う機会を与えられるというわけだ。

関わり方はそれぞれで、演出助手やドラマトゥルグで参加することもあれば、カシアスのように、メンターである先輩のほうが、若手の創作のアシスタントにつく、といったケースもあるそうだ。

さらに選ばれた者どうし4名の横のつながりも醸成され、コラボやお互いの仕事のサポートなど、有効に機能する関係が築かれる。

4名のうちのひとり、リスボア・ハウブレヒツ演出の『ハムレット』が上演されると聞き、アントワープから100㎞ほど東のトンゲレンという街の、立派な劇場に観に出かけた。


ハウブレヒツ演出『ハムレット』。ガートルードがヤン・ロワースの実の妻、ハムレットが実の息子、オフィーリアが実の娘というユニークなキャスティングも演出の趣向。(c) Sofie Silbermann

せりふよりも身体の使い方やムーブメントに重点が置かれ、ハムレットよりもオフィーリアのアイデンティティを訴える、荒削りだけどオリジナリティを感じさせるユニークな舞台だった。

ハウブレヒツは3年前、演劇学校在学中に公演を観たトネールハウスのスタッフから、これまで執筆した脚本を送るよう言われ、その後4名のひとりに選ばれた現在27歳の女性。

在学中に才能を見い出されたシンデレラガール、ともて囃されたのかと思いきや、当時周囲からは「悪魔に魂を売るのか」「潰されるぞ」「自分を見失うな」など、ネガティブな助言を浴びまくったという話がおもしろかった。

ちなみにメンター側は、「自分のやり方を押しつけたり、スタイルをコピーさせるつもりは一切無く、ただ具体的な技術と経験をシェアするだけ」と説明している。


P.U.L.S.の選抜アーティストのひとりリサボア・ハウブレヒツはKuiperskaaiという劇団を主宰し作・演出を手がけている。(c) Vincent Delbrouck

ハウブレヒツは、「恵まれていると思うし、実際にいいプロジェクトなので、これからも続いてほしい。ただこうして選ばれても、その後の仕事の保証があるわけではないので、あと2年の間に自立できる目処を付けないと」と、あくまでも冷静だった。

成果が出るには、ある程度の時間が必要なプロジェクトだと思う。初の試みだから、きっと改善すべき点も出てくるだろう。それでもこういう思い切った取り組みを発案し、実行に移す芸術監督がいて、それに協力を惜しまない第一線のアーティストが揃っている状況は、なんとも心の底から羨ましい。

まんま真似せよとは言わないけれど、芸術監督というのは、根本的な問題を見極めて改善に着手し、反発があろうと断行する実行力を発揮すべき職掌なのだということは、しかと学ばせてもらった。

あー、ギーさんの爪の垢をもらってお土産にするんだった。煎じて飲ませたい人が、複数いる。

というわけで、ベルギー演劇紀行は以上。通訳・コーディネイトの岡野珠代さんはじめ、ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。I appreciate all the support I received from everyone in Flanders!

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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