ブロードウェイ here and now
マイ・フェア・レディ / Lerner & Loewe’s My Fair Lady

マイ・フェア・レディ / Lerner & Loewe's My Fair Lady

日本ではオードリー・ヘップバーンの映画で一番良く知られているが、今回のミュージカルは、1912年にジョージ・バーナード・ショーが書いた戯曲『ピグマリオン』を元にして書かれ、1956年にブロードウェイでオープンしたフレデリック・ロー作曲、アラン・ジェイ・ラーナーの脚本、歌詞による作品のリバイバルだ。

『ピグマリオン』は、バーナード・ショーがイギリスの階級社会に対する諷刺と女性の自立をテーマにして書いたので、イライザとヒギンズ教授は最後結ばれずに終わる。しかし、当時のウェスト・エンドの劇場主や、その後1964年の映画『マイ・フェア・レディ』のプロデューサーは、彼らが結ばれることを匂わした結末の方が観客の満足度が増して興行が成功すると、勝手に結末を変えてしまい、バーナードを激怒させたと言われている。

今回のリバイバルは、やっと彼の思い描いた結末なのかも知れない。イライザがいなくなってしまった空の家で呆然とするヒギンズの元に彼女が現れ、「僕のスリッパはどこ?」とヒギンズが訊くところは映画と同じだ。しかしその後、スリッパを彼の足に履かせるという場面は無くなり、イライザはただヒギンズの頬に優しく手を触れると、彼を残して居間から出ていく。そしてステージのヒギンズの方を振りかえずに、客席の間の階段を登って去って行き、そこで照明が落ちるという終わりになっている。女性の自立が普通になった今のご時世を反映させているのだろう。

当時、バーナード・ショーは「イライザは、彼女を恋した貴族の息子フレディと一緒になる」と述べていて、フレディが出す資金で花屋を始めるのかもしれない。それも男性に頼っていることにもなるが、少なくともパートナーシップという男女の在り方として、家の中だけを守る当時の女性の姿とは違うものを想像していたのだろう。

映画でアカデミー賞を受賞した衣装デザインは、 オードリー・ヘップバーンが纏い、その美しさは人々の記憶に残っていると思う。それらの数々の衣装のデザインを上回るのは難しい。この舞台版では、ヒギンズ教授の英語のレッスンの総仕上げともなっている上流階級の社交パーティーの有名なシーンに、女性達は赤と黒を基調にしている衣装を纏っている。そこに、イライザが階段の上から降りてくる。イライザの赤毛に合わしたオレンジ色と金色を基調にしたドレスを着ている。映画でオードリーが着ていた白と銀のドレスに感じられた可憐さと上品さはなく、この作品のテーマとなる独立する女性のエネルギッシュさや強い意志を感じさせている。

この劇場は奥行きが14メートルと他の劇場に比べて深く、その深さが生み出す贅沢な空間は特別だ。舞台装置はどれも精密に作られており、そこで暮らしたいと思うほど。 イライザが花を売る冒頭の場面の後、盆舞台に乗っているヒギンズ教授の家に移るのだが、書斎、研究室、バスルーム、2階の部屋などで起こるさまざまな出来事が、俳優が動き回るのと一緒に盆舞台が回り、うまく表現されている。29人というブロードウェイでは珍しい多人数のミュージシャンが奏でる美しいメロディーと歌声に乗って、ストーリー展開を追えるこの贅沢な一時は、普段はそう味わえない。

文/井村まどか
photo by Joan Marcus


Vivian Beaumont Theatre

150 W 65th St
New York, NY 10023
上演時間:2時間55分(15分の休憩含む)

Vivian Beaumont Theatre

SCORES

Wall Street Journal 8
NY Times 9
Variety 8

舞台セット 10
作詞作曲 10
振付 7
衣装 8
照明 9
総合 9

井村 まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)

MEDIA

otocoto