ブロードウェイ here and now
ビー・モア・チル / Be More Chill

ブロードウェイ here and now ビー・モア・チル / Be More Chill

2015年に米ニュージャージー州で初演され、『Michael in the Bathroom』という楽曲がユーチューブを通して10代の若者の心を捉え一躍有名になった『ビー・モア・チル』は、心に傷を抱えた高校生の青春物語をコメディータッチで描いたミュージカル。2018年にオフ・ブロードウェイでオープンし、「今シーズン一番の注目作」と言われ、2019年の2月にブロードウェイでスタートした。

オフ・ブロードウェイの時も数か月の先の切符は売り切れ、わずか残っている切符には400ドルの高値が付いた人気ぶりだった。そして、キャストが出てくるたびに10代のかわいい若者がキャーキャーと興奮している光景も、普段ならブロードウェイの観劇では絶対に見られないので、作品自体と同じぐらいに楽しい。この作品のフォロワーたちは、楽曲をソーシャルネットワークの映像などで知りつくしているようで、曲が始まるたびに熱狂していたのが印象に残る。

若者向けの2004年の小説を原作とした物語の舞台は、ニュージャージー州にある高校。父親と2人で暮らす高校生の青年ジェレミーは、人との社交が苦手で、学校では友人も少なく、女の子たちにも人気がない。そんな彼にも密かに想いを寄せる女の子がいる。特に美人でもないが、チャキチャキしているアジア系アメリカ人の同じ高校に通うクリスティンだ。彼女の気を何とかして引きたいと思っているジェレミーは、ある日、学内で一目置かれている生徒から、日本で開発されたというSQUIP(Super Quantum Unit Intel Processor/スーパー・クアンタム・ユニット・インテル・プロセッサー)というカプセル薬を紹介される。この薬は脳に働きかけて、物事の判断を良い方向へと導けるような制御を働かせ、自信がなくてカッコ悪い若者が「イケてる青年」になれてモテるようになる、というのだ。ジェレミーは仲の良い友人マイケルに相談し、大枚を叩いてSQUIPを購入する。ところが、SQUIPの効果で人気者となっていく反面、彼の思考回路は次第に薬に乗っ取られていき、人生が空回りし始めて、友人マイケルとの関係もうまく行かなくなってしまう。炭酸飲料のマウンテンデューのレッドが、錠剤SQUIPの解毒剤効果を持っていることを知ったジェレミーは、その炭酸飲料を飲んでSQUIPの誘惑に打ち勝ち、もとの自分を取り戻す。

SQUIPのカプセルを飲んだ生徒たちが、次々とそのインテル・プロセッサーによって、考える力をなくしていくところなど、SFの要素も含んだ青春物語となっているのが、この作品の特徴だ。一方、今の世代のアメリカの高校生たちが足を運ぶ飲食店やアパレルのお店などは、実際にあるチェーン店を使い、高校生や大学生の間でカフェインが多く含まれ、SQUIPは若者に絶大な支持を得る実在の炭酸飲料マウンテンデューのグリーンと一緒に飲むと効き、レッドの方が解毒剤になるなど、かなりユーモラスでひょうきんさを持つストーリーだ。主人公を誘惑する架空の錠剤SQUIPは擬人化され、パンクロック風のキャラクターとして登場するが、プロセッサーがアップグレードされて行くのと一緒に、衣装や髪型が派手になっていくところも、マンガチックで楽しめる。

錠剤SQUIPが日本で開発されたという設定から、そのキャラはハワイ出身のイケメンのジェイソン・タムがセクシーに演じているが、ところどころ日本語を話したりするなど、今、アメリカ人の若者にとって、日本のサブカルチャーがイケてると捉えられていることを考えると頷ける。

今はどの楽曲でも歓声が上がるが、最初この作品の人気の火種になった『Michael in the Bathroom』は、学校の秋の一番盛大なハロウィーン・パーティーで1人トイレに入ったジェレミーの友人マイケルが歌う。「♪気まずくパーティーで1人で立っているよりも、トイレで1人いる方がいい。 大勢に囲まれているのに、1人テキストを送っているフリをするのも辛い。僕がここで消えても、誰も気づかない」という歌詞が、10代の若者の心を掴んだ。ニューヨークの演劇専門校(AMDA)のオーディションでは、同作品のミュージカルナンバーを選曲する若者がずいぶんと多いらしい。キャスト盤の録音がリリースされる以前に、ネット上の映像により人気を獲得してきた流れは、ブロードウェイのプロデューサーらは、かなり関心を持って眺めていたことだろう。

振付はミュージカル『ノートルダムの鐘』のチェイス・ブロックが担っている。

文/井村まどか
photo by Maria Branova


Lyceum Theatre

149 W 45th St
New York, NY 10036
上演時間 2時間30分(休憩15分含む)

Lyceum Theatre

SCORES

Wall Street Journal 9
NY Times 5
Variety 8

舞台セット 9
作詞作曲 9
振付 8
衣装 9
照明 8
総合 9

井村 まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)

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