ジャズ作曲家・挾間美帆のクラシック遍歴(前編)

ジャズ作曲家・挾間美帆のクラシック遍歴(前編)

ジャズ作曲家・挾間美帆さんに何度もインタビューしたことがあるという音楽評論家・MEKIKIの柳樂光隆さん。今回は、彼女の色彩豊かな音楽のルーツを探るべくクラシック遍歴を根ほり葉ほり。なんと!挾間美帆さんの昔の写真もお借りして、貴重な半生記になりました。

挾間美帆はクラシックを学び、そこからジャズに行って、ジャズ作曲家になった。NYを拠点に活動し、4枚のアルバムを出した。近年はヨーロッパでの活動も増え、オランダのメトロポール・オーケストラやドイツのWDRビッグバンドといった名門とも仕事をし、今年、デンマークのダニッシュ・レディオ・ビッグバンドの首席指揮者に就任することが発表された。まさに今、世界の最前線にいるジャズ作曲家なのだ。

また、挾間美帆はジャズシーンに身を置きながら、吹奏楽やオーケストラにも取り組んでいる。吹奏楽団のシエナ・ウィンド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンスを務めたり、今年の8月には東京フィルハーモニー交響楽団ともコラボレーションする。近年はますますジャズとかクラシックといった境界を感じさせない活動が目立っている。

――今回はクラシックの話を聞きにきました。挾間さんのクラシック遍歴を教えてもらうことで、クラシックやオーケストラの音楽を知るための入り口を作れないかなと。まずはクラシックとの出会いから聞かせてもらえますか?

物心つくかつかない頃からクラシックを、特にオーケストラの音楽はよく聴いてきました。自分の音楽に関する表現力の幅はそこから得ていると思っています。というのもクラシック音楽ってオペラを除いてはほとんど歌詞がないんです。歌詞はないけれども、バレエとか、シンフォニーとかになると、それなりのボリュームのある音楽なので起承転結がなければ聴いていられない。なので、それなりにドラマチックだったりするんですね。

子供のころの私は単純だったので、いつまで経っても解決しない音楽は嫌いだったんです。そういう意味では(リヒャルト・)ワーグナーや(アントン・)ブルックナーからは完全に遠ざかっていましたし、(グスタフ・)マーラーは長い音楽だなと思ってました。でも、例えば、(アラム・)ハチャトリアンの組曲「ガイーヌ」とか、「ロミオとジュリエット」でも(ピョートル・)チャイコフスキーではなく、(セルゲイ・)プロコフィエフのものはバレエ音楽だったこともあって曲が細かく分かれていて、キャラクターにあった曲をうまく組み合わせている感じが好きでした。もともとはロシア系やフランス系の19世紀末~20世紀の音楽ぐらいからが好みでずっと聴いてきたんですけど、チャイコフスキーに関してはシンフォニーではなくて、ストーリーがはっきりしている「1812年」などの作品が好きでした。すごく素直な子供だったんです。


ジャズ作曲家・挾間美帆

そういった音楽に母親がナレーション的に物語を勝手につけてくれたりしてたんです。「これはこんな気持ちなんだろうね」とか「この「韃靼人の踊り」(ポロディン作曲)っていうのはどんな踊なんだろうね?」とか。そのうち、自分でも勝手に妄想して、ストーリーをつけたりするようになったんです。プロコフィエフの「ピーターと狼」のようにに初めから語りがついていると、明確にイメージは出来なのですが、単純に怖いものが苦手でオオカミが出てきた時点で本当に怖がってしまうような子供だったので、自分で勝手にストーリーをつけられるほうが良かったんです。

プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」のバレエ自体は見たことがなかったですし、チャイコフスキーの「1812年」に関する絵も見たことがなかったけど、曲の歴史的背景を教えてもらって、そこに自分の妄想を加えて、クラシックのシンフォニーの音楽に合うドラマチックなストーリーを作りあげる遊びをしていたことが、自分の表現力の幅みたいなものを養ってきた気がしますし、そういう遊びができるドラマチックさをすべての音楽に求めていた気がしますね。


ピアノとオーケストラの関係は?

――挾間さんの音楽のドラマチックさは母親との遊びで培われたと。一方で、挾間さんはピアノもやってたんですよね。自分がやっている楽器は好きな音楽とはあまり繋がらなかったんですか?

私はヤマハの音楽教室で、ピアノと電子オルガンと作曲をやっていました。そのうち、電子オルガンがメインになってきちゃって、それでコンクールも出るようになって、エレクトーンのコンクールに出たり、ジュニア・オリジナル・コンサートっていう作曲のコンクールに出ていました。そのコンクールは電子オルガンで作った曲で出場するものだったので、私はずっと電子音オルガンのレッスンにつきっきりで、あまりピアノの曲には触れていませんでした。だから、中学に入ってピアノを専攻するまではピアノの音楽からは遠いところにいたんです。

それに電子オルガンで演奏するためのクラシックを漁っていると、いかにコンクールで映えるかってことが基準になるので、そこでもドラマチックな音楽に行きついちゃうんですよね。そうなると編成が大きいオーケストラの音楽を探すことになる。だから、(オットリーノ・)レスピーギ、(モーリス・)ラヴェル、チャイコフスキー、ラフマニノフ、バーンスタイン、そういったドラマチックな音楽に触れるようになったのもあります。スタートが電子オルガンだったことも、オーケストラありきになった理由のひとつですね。


7歳の頃、エレクトーン発表会で
7歳の頃、エレクトーン発表会で

――中学生になってからはどうですか?

国立音楽大学の付属の中学校に入ることになるんです。転勤族だったものですから、転勤した先々で同じ習い事が継続できればという理由からヤマハに通っていたんです。でも、そろそろひとつの学校に落ち着いたほうがいいということで、国音を受けることにしたんです。でも、付属中学には作曲科がなかったので、ピアノ科を受験してなんとか入学することができました。電子オルガンとピアノは演奏方法が全く違うので、電子オルガンになれていたのを、受験のために基礎の基礎から時間をかけてピアノの弾き方に修正しました。そこで初めてピアニスティックなピアノの曲をやっと演奏できるようになったんです。

でも、やっぱり自分の頭の中で鳴っている音はオーケストラがデフォルトになっているので、今でも自分のピアノに対する楽器の定義は「一人で演奏できるオーケストラ」なんです。ピアノは、音色、レンジ、音域、音色の色彩感も含め、オーケストラのようにドラマチックな音楽を一人で演奏するできる唯一の夢のような楽器です。ピアニストには「一人で演奏できるオーケストラのようにピアノを弾く人」と「ピアノをピアノらしく演奏する人」とタイプがわかれるんですけど、私はピアノをオーケストラのように演奏するピアニストが好きなんです。


コンポーザーの脳みそを持つ演奏家!?

――「一人で演奏できるオーケストラのようにピアノを弾く人」って例えば、誰ですか?

クラシックで言うと、マルタ・アルゲリッチ。解釈がぶっ飛んじゃってて、彼女はソリストであるべき人だなと思うんですよ。そして音色がすごい輝いているということ、どっからそのパワーが出てくるかわからないくらいの低音を鳴らしたりできるということ、オーケストラ75人対1人となっても絶対に負けない迫力があることなど、ソリストとしての要素を兼ね備えた人だと思う。

ジャズで言うと、わかりやすいのはハービー・ハンコックですね。音色がすごく打楽器っぽいところに特徴があると思います。ドレミファソって弾いただけであれだけグルーヴできるってなかなかいない。ジャズに一番必要なのはグルーヴだと思うので、ただ単にドレミファソって弾いたときにどれだけグルーヴが出るかは大きな違いです。なおかつハンコックは音色の幅もすごく広くて、アルバムひとつひとつでなんでこんなに違う音がするんだろって思ったり。彼は自分自身をプロデュースする術をよくわかっているから、アルバムや曲に対しての弾き方のアプローチが違ったりするんです。

――なるほど。

クラシックなんですけど、庄司紗矢香の伴奏をしていたイタマール・ゴランは高校生の頃、大変に感銘を受けたピアニストです。私は高校生の頃はサックスやヴァイオリンの伴奏をしたり、大学の時はサックス、ユーフォニアム、フルート、パーカッション、ヴィオラの伴奏を担当したりしました。伴奏ってオーケストラのリダクション(※オリジナルのオーケストラ・スコアを簡単に直したピアノ・スコア)を演奏しなきゃいけないことも多々あるんです。「ピアノの譜面にこう書いてあるんだからこうやって演奏しよう」ってただ単に弾くピアニストではなく、リダクションされた単なる2段譜から「これはフルートが原曲を演奏しているからこういう音色で演奏しようとか」「これは本来ならばスネアとバスドラが入ってて、すごくリズミカルなところだからこういう風に演奏しよう」とかをたった2段の譜面から読み取れるピアニストとして考えた時に彼の解釈は本当に素晴らしくて、憧れていました。


ジャズ作曲家・挾間美帆

――そのエピソードはすごく挾間美帆っぽいですね。以前から自分のバンドには「譜面を見たときに自分の出すべき音が全体のサウンドの中でどういう意味や役割を持っているかを理解したうえで演奏できるプレイヤーが望ましい」と言ってましたよね。

私の脳みそは完全にコンポーザーとしての脳みそなんです。その譜面がもともとどういう風に書かれていて、どういう風にリダクションしたからこういう状態になっているから、伴奏するときに「ここは私が出しゃばっていいところ」とか「ここは伴奏でも自分が主役のところ」とかあるわけですよ。ここは絶対「こういう風に支えるべき」とか「こういう風にリードするとリズム感が出る」とか「逆にここはリズム感を出してはいけない」とかコンポーザーとしての脳みそで伴奏をするわけです。大学では作曲科の生徒にピアノ伴奏を頼む人も多かったですね。作曲科にいる、私のような脳みそでピアノを弾く伴奏者と「アンサンブル」するほうが、演奏しやすかったからじゃないかな。ということを踏まえるとイタマール・ゴランは神のような人で、彼の存在も含めて、庄司紗矢香のファンだったんです。

――なるほど。

最近、仕事をして感動したのは山中惇史くん。高嶋ちさ子さんのプロジェクトとか、松本蘭さんとか、上野耕平くんの伴奏とかしています。彼は東京藝大の作曲科を出て、大学院でピアノ科に入り直しています。だから、彼は同じ脳みそでピアノを弾いていることがよく伝わってきます。彼は譜面も書けて、作曲もできるので、今すごく注目しています。


狭間美帆のクラシック遍歴

――では、子供の頃、どういうクラシックが好きだったか聞かせてもらえますか?

小学生の時はとにかくレスピーギが好きで、中学生の時はとにかく吉松隆。吉松隆はオーケストラでもああいうロックっぽいやつとか作っていいんだってのが新鮮だったんですよね。『タルカス(キース・エマーソン&グレッグ・レイク)-吉松隆の管弦楽版に基づく吹奏楽アレンジ版』でキース・エマーソンの「タルカス」を吉松隆さんが管弦楽版に直したものを、そのまま一切変えずに吹奏楽版にする仕事をしたことはあります。

高校生の時はレナード・バーンスタインの「エレミア」って交響曲にめちゃくちゃハマりました。「エレミア」の交響曲の2楽章をエレクトーンのコンクールで弾いていた友達がいたんですよ。その子は優勝したんですけど、なんてかっこいい曲なんだと、私もこういう曲を演奏したかったなって。それで本物を聴いたら一楽章がまあ暗いんですけど、その暗い先に素晴らしいクライマックスが待っているんです。それまでオーケストラって色彩感だけで成り立っていると私は思っていたんですね。ラヴェルとかレスピーギみたいなものがバイブルで、パレットに色が揃っていて、それをどうやって混ぜるのか、どうやってパステルカラーを作るのか、みたいなことに命をかける曲ばっかり聴いて育ってきたんです。だから、「エレミア」の独特の暗さと言うか、どの色を混ぜても深緑にしかならないようなオーケストラの使い方には衝撃を受けました。それに和音の使い方が非常に魅力的で、後から考えるとすごくジャズ的だったんです。

あとはアンリ・ディティユー。オーケストレーションはそんなに響かなかったんですけど、使っている和音やハーモニーの種類が魅力的で、「ピアノソナタ」にハマったことがある。一人じゃ難しくてとても弾けなくて、大学院の頃クラシック音楽にも精通していたクラスメイトと二人がかりで演奏したことがある(笑)。


国立音大付属高校在学中に同級生たちと
国立音大付属高校在学中に同級生たちと

――バーンスタインやラヴェルが好きってことになると、ジャズ作曲家としての挾間さんの音楽性とも通じるものがあるので、高校生のころからあまり趣味が変わっていないとも言える気がしますね。

そうですね。全然変わっていないです。高校生のころにマイケル・ブレッカーの『ワイドアングル』を聴いていたり。そのままm_unitに直結しているんです。趣味が一貫していますね。

――ちなみに誰でも通るようなベートーヴェンとかモーツァルトは?

おじいちゃんが聴いていたんですけど、わたしはあまりハマらなかったです。その当時は良さがわからなかったですね。ドミソばっかりだと思っていて、プロコフィエフみたいに「変だね、アハハ」って笑えるほうが良かったんです。それに天邪鬼な子供だったから、いっぱいある組曲の中でハチャトリアンの「剣の舞」が有名ですねって言われても「その有名なやつじゃないやつでもっといいなやつがある!」とか言い張ってました。ハチャトリアンなら「レズギンカ」がこの中では一番いいんだとか言ってるマニアックな子供ではありました。


文/柳樂光隆
撮影/森山祐子

公演情報
NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇

コンサート全体の構成をプロデュースするのは、ニューヨークを拠点にワールドワイドに活躍するジャズ作曲家の挾間美帆。ジャズ界で最も権威のある米・ダウンビート誌が特集した”未来を担う25人のジャズアーティスト”において、アジア人で唯一選出されたジャズ界の逸材だ。今回の公演では、第一部でシンフォニック・ジャズの偉大な先達ガーシュウィンとバーンスタインの作品、さらにそのふたり以降の重要人物クラウス・オガーマンとヴィンス・メンドーサの作品を採り上げる。

会場:
東京芸術劇場コンサートホール
日時:
2019年8月30日(金)19:00開演(ロビー開場18:00)
※18:40から狭間美帆によるプレトーク開催
問い合わせ:
東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296 (休館日を除く10:00-19:00)

公式ホームページ:http://www.geigeki.jp/performance/concert183/

PROFILE

柳樂 光隆

柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

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