ミュージシャンには様々な癖がある。直立不動で吹くサックス奏者もいれば、前後に揺れる人もいるし、力が入ると片足を上げる人もいる。先日、僕が観たドラマーのマーク・ジュリアナにはちょっと個性的な癖があることに気付いた。
先日、ドラマーのマーク・ジュリアナのライブを観にビルボード東京に行った。マーク・ジュリアナはデヴィッド・ボウイがジャズミュージシャン達と野心的なサウンドを作り上げた遺作『★』にも起用されていたドラマーで、世界最高のジャズ・ピアニストの一人のブラッド・メルドー の『Finding Gabriel』 をはじめ、シーンの重要な作品に起用されている。
そんな彼のドラミングを見ていて、気づいたことがあった。彼は打ち込みで作ったビートのように正確でソリッドなビートを人力で叩くことで知られていて、両手両足を駆使して、一人の人間がやっているとは思えないリズムを聴かせるテクニカルなドラマーだ。にもかかわらず、自身の音楽ではそのテクニックを封印し、究極的にミニマムでミニマルなドラムを叩いたりもする。
この日は1曲を通して右足のバスドラムだけで同じビートを淡々と演奏していた時間があった。1曲を全くぶれずに一定のテンポで叩き続けるさまはそれだけで特異で異質な光景だったのだが、その際にマーク・ジュリアナの左足が高速で動いていた。ただ、左足は動いていたが、左足で鳴らすべきハイハットは全く動いていなかったので、演奏をしていたわけではない。更に注意して見ていると、彼の左足は右足よりはるかに速く一定のリズムを刻み続けていた。ゆったりとバスドラムが鳴り続ける中で、音を鳴らしていない方の足の方は忙しなく動いていて、視覚的には混乱してしまうようなものだった。
都合よく後ろの席にYasei Collectiveのドラマーの松下マサナオさんがいたので、MCの隙を見計らって「マークのあの左足って何やってんの?」と聞いてみたら、彼が言うには「あれはマークの癖みたいなもので、マークはいつも左足で16分音符を刻み続けている。それでテンポを取っているんじゃないか」と答えてくれた。
「それにしても16分音符の細かいリズムであまりに足を早く動かしているのは変わってるよね」と返したら、松下さんは「自分は8分音符とかで刻む癖があって、その両足の組み合わせでテンポを合わせてる。マークみたいなあそこまで細かい刻み方はちょっと変わってると思う。ちなみに全く左足が動かない人もいて、人によって違うんですよ。」とのこと。
ドラマーが4本の手足を駆使して、それぞれの手や足が異なる拍子を叩くような複雑なリズムを刻む音楽も少なくない昨今、その鳴っているリズムだけでなく、身体の動きそのものが表しているものに注目してみたら面白いことにマーク・ジュリアナのライブで僕は改めて気付いたのだった。
そういえば、2014年12月にマーク・ジュリアナにインタビューした時に彼がこう言っていた。
「ミニマルに最小限のパターンを延々と繰り返す曲ではバスドラは心臓の鼓動と同じなんだ。心臓の鼓動のように一定のリズムで動き続く。それを延々とやるには自分を一端置いておくというか、自分の存在すら忘れるような必要はあるんだよね。それは瞑想に似ている。」
マークは時に目を瞑りながらバスドラを踏んでいて、確かに瞑想のようでもあり、その意味ではどこか静的だ。一方で、彼はもう一つの足では無意識に16分音符を刻み続けていて、視覚的には忙しなく、動的でもある。あの高速で左足が動く中で、 マークの頭の中は非常に穏やかな境地になっているわけだ。このマークの中にある特異な辻褄はドラムを叩かない僕にとっては理解が全く追いつかない。ただ、それゆえに実に奇妙で興味をそそられてしまうものでもあるのだ。
ドラムに限らずミュージシャンたちの動きの中には様々な癖や特徴があり、それが一見、不自然に見えてもそこには彼らなりの理屈があったりする。ライブに行った際は、その鳴っている音だけでなく、ミュージシャンの動きに時々注目して見てみると、そのミュージシャンへの興味が更に深まることもあるはずだ。
マーク・ジュリアナ『BEAT MUSIC! BEAT MUSIC! BEAT MUSIC!』
https://music.apple.com/jp/album/beat-music-beat-music-beat-music/1453137642
柳樂 光隆
柳樂 光隆
1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。
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