20世紀のジャズはミュージカルや映画の名曲をカヴァーして、名演を残してきました。では、ジャズがヒップホップやインディーロックとも結びついている21世紀のジャズミュージシャンはどんな曲を奏でいるのでしょうか。
ジャズにはスタンダードと呼ばれる曲がある。様々なミュージシャンにより演奏されている定番曲のことだが、これはジャズ・ミュージシャンが書いたオリジナル曲だけでない。ブロードウェイ・ミュージカルや映画、ポップソングの人気曲などがジャズミュージシャンによってカヴァーされ、ジャズの定番曲化したものが数多くある。
例えば、「My Funny Valentine」はリチャード・ロジャースとロレンツ・ハートのコンビが1937年にミュージカル『Babes in My Arms』、「Night & Day」はコール・ポーターが1932年にミュージカル「Gay Divorce」のために、「My Favorite Things」はリチャード・ロジャーズとオスカー・ハマースタインのコンビが1959年にミュージカル「Sound of Music」のために、とミュージカルのために書かれた曲も多かったりする。
他には「The Day of Wine and Roses」はヘンリー・マンシーニとジョニー・マーサーのコンビが映画「The Day of Wine and Roses」のテーマ曲として書いてたり、「Autumn Leaves」はジョセフ・コズマとジャック・プレヴェールのコンビによるフランスのシャンソンで映画「夜の門 de Marcel Carné」のために書かれている。他には「My Favorite Things」のようにミュージカル「Sound of Music」が映画化されて大ヒットした曲もある。
こういった曲をジャズミュージシャンが素晴らしい解釈でカヴァーしたことで、ジャズのシーンに定着していった例はCannonball Adderley「Autumn Leaves」やJohn Coltrane「My Favorite Things」、Chet Baker「My Funny Valentine」などは有名で、もはや原曲以上にその曲のイメージを担っているケースも少なくない。こういったポピュラーな名曲を取り上げて、独自の解釈を施し、その曲の魅力を炙り出すことはジャズの役割のひとつであり、またジャズの大きな魅力だったと言えるだろう。
そして、そういった楽曲たちは次の世代へと、さらに次の次の世代へと受け継がれていき、1930年代の名曲が、今でも最先端の音楽理論とテクニックを持つ世代に演奏され続けている。
そこからジャズは半世紀以上の時間を経て、ヒップホップやインディーロックとも繋がるようになった。21世紀に入っても、1930年代のころのようにジャズは新しいスタンダードを求めていた。
2000年ごろ、ピアニストのブラッド・メルドーはレディオヘッド「Exit Music(For a Film)」「Everything in Its Right Place」「Paranoid Android」やニック・ドレイク「Riverman」にマッシブ・アタック「Tear Drop」、ニルヴァーナ「Lithium」、オアシス「Wonderwall」、サウンドガーデン「Black Hole Sun」など、ロックやフォーク、トリップホップまでをカヴァーし新たなスタンダードを模索していた。近年でもスフィアン・スティーブンスを取り上げたり、その試みは続いている。ブラッド・メルドー以降だと、ピアニストのロバート・グラスパーがその筆頭だろう。レディオヘッド「Everything in Its Right Place」、ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」などに加え、Jディラの名曲をメドレーにした「J Dillarude」、ジャネイ・アイコ「The Worst」、ミュージック・ソウルチャイルド「So Beautiful」など、ヒップホップやR&Bなどもレパートリーに加えている。
ブラッド・メルドーやロバート・グラスパーが取り上げたことでレディオヘッドやJディラがジャズのシーンで定着して、世界中で演奏されるようになっただけでなく、彼らがカヴァーしたことにより、レディオヘッドやJディラの音楽がもつ新たな魅力が引き出され、その評価がさらに広まり、評価も高まったとも言えるだろう。
他にも世界中のジャズミュージシャンたちはビョークやエイフェックスツイン、ジェイムス・ブレイク、フライング・ロータス、フランク・オーシャン、ダフトパンクなど、同時代のアーティストをカヴァーをしている。ジャズミュージシャンたちは新たなスタンダードを求めているのだ。特にビョークとフライングロータスはすでにスタンダードになりつつある。
ちなみに90年代以降のそんな動きの起点に1995年に『New Standard』というタイトルで、ベイビーフェイス「When Can I See You」、シャーデー「Love Is Stronger Than Pride」、プリンス「Thieves in the Temple」、ニルヴァーナ「All Apologies」などを取り上げたカヴァー集を発表していたジャズピアノの巨匠ハービー・ハンコックの存在あったことも記しておきたい。
そんな中、2013年にはトランぺッターのクリスチャン・スコットやピアニストのクリス・バワーズら若手たちが集められ、同時代の名曲をジャズ化するプロジェクトのネクスト・コレクティブによる『Cover Art』hが製作された。ここではディアンジェロ、ジェイZ&カニエ・ウエスト、N.E.R.D、ドレイク、ボン・イヴェールなどが取り上げられた。
そして、2019年、トランぺッターのキーヨン・ハロルド、ドラマーのエリック・ハーランド、ピアニストのサリヴァン・フォートナーらが集められ、カヴァー・プロジェクトのニュー・マスターズが始動し、アルバム『ReWORKS Vol.1』hがリリースされた。ケンドリック・ラマー、ザ・ウィークエンド、チャイルディッシュ・ガンビーノ、カーディBらのヒット曲をジャズ・アレンジにしている。
レーベル主導のこういった作品もまた企画ものだからこそ、アーティストが自身のアルバムでのカヴァーをする際にはやらないであろうチャレンジングな曲選びとアレンジは、現代のジャズの様々な特徴が浮かび上がらせていて、実に興味深い。ジャズ史をさかのぼると、映画やミュージカルが流行っていた時期にその主題歌や挿入歌を取り上げたことで様々なスタンダードが生まれたように、こういった企画が新たなスタンダードを発掘する契機になる可能性もあながち否定できない。2019年はLAのジャズバンドのニーボディーがハイエイタス・カイヨーテやワイ・オークなど、カヴァー曲のみのEP『By Fire』を発表した。スタンダードがたくさん生まれた時代のジャズミュージシャンたちの「軽やかさ」もまたジャズの本質のひとつだと僕は思うが、近年はそれがまた戻ってきているような雰囲気がある。 個人的にはジャズミュージシャンたちが同時代の楽曲をどんどんカヴァーすることで、その中から時代を代表するカヴァーが生まれ、それが2010年代の、もしくは2020年代の新たなスタンダードになる光景をもっと見てみたいと思っている。
柳樂 光隆
柳樂 光隆
1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。
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