トニー賞が決まり、結果がプロードウェイの興行に影響を及ぼし始めた。例年のことだが、これもショウビジネスの厳しいところだ。トニー賞その後の悲喜こもごもと、いま一番の話題作をご紹介。
作品賞をはじめとして数々の部門で受賞したミュージカル『ハデスタウン』は、一週間あたりの収益が9万ドルほど上がったのに対して、ノミネートされながらもトニー賞を受賞しなかった『ビー・モア・チル』と『キングコング』は、連日50%前後しか席が埋まらず早くも8月に千秋楽を迎えることになった。どちらももう一度観たかった作品だったが、公演費用を考えれば、賢明な判断なのだろう。『プリティー・ウーマン』『プロム』『シェール・ショー』も同じく閉演が決まり、演劇を含めると12もの作品が9月にはもう観られない。トニー賞直後にこんなにも多くの作品が千秋楽を迎えるのは珍しい。投資家達の損失は、120億円以上にも登ったと言われている。とはいえ、『プロム』はNeflexによって映画化され、『キングコング』は上海公演が決まっている。皆未来へ向けて、それぞれのストーリーを抱えてブロードウェイを去っていく。
その『キングコング』だが、トニー賞授賞式で、スクリーンに映し出されたコングが、背中にダニー・バースタインを乗せて凄い迫力で向かってきたのを、覚えておられるだろうか。「何故、出演していない彼が?」と奇異に感じたかもしれない。しかしあれは彼が出演するミュージカル『ムーラン・ルージュ!』がブロードウェイにやってくる〜!という演出で、実は『キングコング』のメイン・プロデューサーも、『ムーラン・ルージュ!』のメイン・プロデューサーも、同じオーストラリアのGlobal Creatures社だからできたのである。ブロードウェイでは新顔となる同社の社長カルメン・パヴロヴィックの政治力が窺える一場面でもあった。
その『ムーラン・ルージュ!』。2001年の映画『ムーラン・ルージュ』を観た方もおられるかもしれない。バス・ラーマン監督の個性的なスタイルによってヒットした映画だったが、今回彼はCreative Serviceとして舞台に関わっている。舞台はジュークボックス・スタイルだが、よくあるようなアーティストの伝記風ではない。いろいろなアーティスト達のポップ・ヒットが80曲以上も散りばめられている。映画でピックアップされていたエルトン・ジョンやデイビッド・ボウイ、マドンナ、ビートルズはもちろん、2001年以降にヒットしたレディー・ガガやビヨンセなどの40曲あまりも、新登場となっている。
時代設定は1899年の世紀末。15年後に始まる第一次世界対戦を控えた欧州は、産業革命の恩恵を蒙る人々であふれ返っていた。「ムーラン・ルージュ」とは仏語で「赤い風車」という意味だが、舞台となるパリ、モンマルトルで正面に赤い風車を掲げたキャバレー、ムーラン・ルージュも、少し廃頽的ではあるがベル・エポックに湧いていたのだった。スターの踊り子を愛人にしようと策する公爵、ムーラン・ルージュのオーナーでもある彼女の雇い主、その踊り子への思いを心に秘めたまま生きるアーティスト、そして若い作家で一目彼女を見て恋に落ちる夢想家のアメリカ人と男性4人のそれぞれの思いが、一人の娘を中心に絡み合って、ストーリーは展開する。ちなみに、この彼女への思いを打ち明けられないアーティストの苗字はロートレックで、映画『赤い風車』で描かれた画家トゥールーズ・ロートレックが元になっている。
このミュージカル『ムーラン・ルージュ!』は去年、ボストンでの劇場公演で大成功を収め、ほぼ一年弱でブロードウェイにやってきた。6月28日からレビューが始まっているが、映画に劣らず豪華な作品に変身したと評判になっており、収益は5週目にして、すでに約39億円弱に達したと発表された。満席が続き、チケットは平均で一席$237。これは傑作『ハミルトン』に次ぐ2番目の高値となる。ちなみに今年トニー賞に輝いた『ハデスタウン』でも$176。今シーズン大ヒットした『エイント・トゥー・プラウド』は$138。『ムーラン・ルージュ!』の人気の程がおわかり頂ける。尚、あらすじと劇評は、同作品が正式オープンする7月25日以降に掲載を予定している。
その高額なチケットのなかには面白い趣向として、舞台上にセットにされたムーラン・ルージュの観客テーブル席もある。つまり俳優やダンサー達を間近に観られて、その上自分もエキストラとして密かに出演してしまう席となる。こちらは$349から用意されている。滅多にできない体験を味わえる。ただし絶対に眠らない覚悟が要るので、時差ボケが残っているなら避けたい席ではある。
上演は普通のブロードウェイ作品とは違い、8月からマチネは木曜日と土曜日にあるので、上手く組み合わせれば、他のブロードウェイ作品とのハシゴ鑑賞ができる。短期間にたくさん観たい人にとっては都合がいいかもしれない。
文/井村まどか
アイキャッチ画像/Boston performance @by Matthew Murphy, 2018
井村まどか
井村まどか
ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)
otocoto
otocoto