現在のブロードウェイを代表する歌姫ケリー・オハラが、6回目のノミネートにしてついにトニー賞最優秀主演女優賞を獲得した代表作『王様と私』を引っさげて来日。しかも、その相手役として白羽の矢が立ち、名コンビとなったハリウッド・スターのケン・ワタナベと、王様の第一王妃役で舞台を締め、トニー賞最優秀助演女優賞を受賞したルーシー・アン・マイルズ(7月15日までの限定出演)までが揃って、東京の舞台に登場! ほっぺたを指でつねらずにはいられないような光景に、胸が打ち震えた。
ブロードウェイ・ミュージカルの招聘公演で、ブロードウェイのオリジナル・キャストが来日するという例は、これまでにも無かったわけではない。近くは、シアターオーブのオープニング公演のひとつだった『ミリオンダラー・カルテット』(2012)で、同作でトニー賞最優秀助演男優賞を受賞したリーヴァイ・クライスがやって来たし、遡って1986年の『コーラス・ライン』のアメリカ・キャストによる公演には、初演のキャシー役だったドナ・マケクニーが加わったりした。
ただ、今回のようなビッグ・スターの共演がそのまま日本で実現することは、ミュージカルでは無かったと思うし、そのうちのひとりが日本出身の俳優だなんて、夢のような快挙というほかない。だからこそ、日本への凱旋でもある東京公演が実現したわけだ。
4年前、ニューヨーク・リンカーンセンターの劇場で、王様役の渡辺謙が現れた時の、観客の熱い視線とざわめきは忘れられない。それは誰もが知るスターが、オーラを振りまきながら、圧倒的存在感で登場した時に表れる反応に違いなかった。客席にいて、かの地における彼の認知度の高さと、舞台姿に漂うカリスマ性に、改めて“ハリウッド・スター”ケン・ワタナベのステイタスの高さを思い知った瞬間だった。日本人俳優が、がんばってブロードウェイで主役の座をつかんだのではない。ブロードウェイの看板女優ケリー・オハラの相手役にふさわしく、集客への期待も担わされるスターとして、彼はキャスティングされたのだ。
さらに渡辺謙には、アジア人としての矜持を堅持する重責も、託されていたと思う。1951年初演の『王様と私』は、19世紀のシャム王国(現在のタイ)の王が、西欧からの圧力に危機感を抱きながら、自国の近代化のために英国から家庭教師を招くという、歴史的事実をベースにしたミュージカルだ。フィクションとはいえ、国王が、英国の女性家庭教師アンナのアドバイスを鵜呑みにして国政を行うなど、作劇の都合で誇張された描写が、タイの人々にとっては受け入れ難いらしく、本国では映画版の上映もままならないといわれる。
日本人から見ても、西欧のアジアに対する上から目線や、逸脱しがちなオリエンタリズムは気になるし、子を産むための側室を数十人持ち、女性に人格は無いものと決めつける王の態度と、それに逆らえない女性たちの姿には、アンナでなくとも、めまいがするところ。作品の意図として強調されている違和や齟齬のほか、作者も無自覚だったのではと推察可能な差別意識も垣間見られ、その両者が複雑に絡み合ったセンシティブな作品なのだ。
すべて日本人キャストで上演される際にはさほど目立たない点も、今回のような米英によるプロダクションとなると、アジア人の観客の目はおのずとシビアになる。二つの文化の対立を対等に描こうとするバートレット・シャー演出は目配りが効いているものの、矢面に立つのは王様役。アジアがネガティブに受け取られやしないかと、その一挙手一投足を注視してしまう。
その点、渡辺謙の王様は、西欧基準的に失礼な言動を行っても、まっすぐで好奇心に富むチャーミングな性格と、高貴で知的で苦悩を秘めた重厚なたたずまいが前面に出ていて、客席を敵に回さない。アジアに棲息する一観客からみても、誇らしい王様だ。
多くの重責を果たしてみせたケン・ワタナベと、現ブロードウェイにおいて最高の演技力と歌唱力を持つケリー・オハラ。醒めないでほしい夢の『王様と私』東京公演は、8月4日まで。
会場:東急シアターオーブ
日程:2019年7月11日(木)~8月4日(日)
脚本・作詞:オスカー・ハマースタインⅡ
作曲:リチャード・ロジャース
演出:バートレット・シャー
出演:ケリー・オハラ、渡辺謙、セザラー・ボナー、フィリップ・ブルコック、キャム・クナリー、ケヴィン・パンミーチャオ、大沢たかお、アーロン・ティオ ほか
公式サイト:https://theatre-orb.com/lineup/19_KingandI/
※公演に関する問い合わせはBunkamura 03-3477-3244 (10:00~19:00)
※東京公演完売の報を受け、ロンドン公演のライブビューイングの再上映が決定した。
ロンドン版『The King and I 王様と私』9月27日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷他にて凱旋ロードショー決定!http://tohotowa.co.jp/news/2019/07/kingandi0711
伊達なつめ
伊達なつめ
Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら
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