#08 平成とジャズ:フューチャージャズ

#08 平成とジャズ:フューチャージャズ

平成のジャズの振り返りシリーズの第4弾。クラブジャズ、メインストリーム、ジャムバンドの次はフューチャージャズ。アメリカでもイギリスでもなく、北欧ノルウェーから出てきたサウンドを改めて解説します。

今、思えば「未来のジャズ」なんてずいぶん大げさな名前だ。とはいえ、この「フューチャージャズ」と呼ばれるムーブメントはとても興味深いもので、当時、明らかに先を行っていた。今振り返ってみる意義は十分にある。

おそらく一般的になってきたのは90年代の終わりごろだろうか。アシッドジャズが落ち着き、ジャジーなヒップホップもひと段落した時期だ。

きっかけはノルウェーのジャズ・ピアニストのブッゲ・ウェッセルトフトが立ち上げたレーベルのJazzlandと、1997年にそこからリリースした『New Conception Of Jazz』だ。

「ジャズの新しい概念」とこれまた大きく出たタイトルだが、確かにこのアルバムが変えたものはある。例えば、テクノやトリップホップの世界では1994年にはマッシブアタックが『Protection』を、ポーティスヘッドが『Dummy』を、1996年にエイフェックスツインが『Richard D. James Album』を、スクエアプッシャーが『Feed Me Weird Things』を発表していた。それに触発されたかのように 、ロックやポップスの世界では1994年にトータスが『Tortoise』を、1995年にビョークが『Post』を、1997年にレディオヘッドが『OK Computer』を、と当時テクノやトリップホップの手法を持ち込んで新たな表現を模索していた。


そういった時代の状況に合わせて、ジャズミュージシャンもまたテクノやトリップホップなどのプログラミングやエディットと言った手法を生演奏のジャズに持ち込み、新たな表現を模索し始めた。その先駆者の一人がブッゲだった。

ブッゲはもともとヤン・ガルバレクやアリルド・アンデルセン、イーロ・コイヴィストイネン、マリリン・マズールといったヨーロッパジャズのレジェンドの作品に幾度となく起用され、名門ECMでも何度も録音しているヨーロッパの若手最高峰のピアニストだった。そんな彼が自身でプログラミングやエディットも習得し、それをヨーロッパ屈指の若手たちの即興演奏と組み合わせて新たな表現を模索したのがブッゲの諸作であり、Jazzlandレーベルの作品群だった。

自身では1998年の『New Conception Of Jazz: Sharing』、2001年の『New Conception Of Jazz: Moving』とブラッシュアップさせていった。ジャズのリスナーを魅了しつつ、同時に『New Conception Of Jazz: Moving』に収録された「Change」のようにDJにプレイされるクラブシーンでの名曲も生み出した。

Jazzlandからは、1998年にギタリストのアイヴィン・オールセットの『Électronique』と鍵盤奏者ヨン・バルケの『Saturation』をリリースしている。彼らもECMに幾度となく録音しているヨーロッパを代表する奇才たちで、後にデヴィッド・シルヴィアンやティグラン・ハマシアンとも共演することになる。またノルウェーの若手ジャズミュージシャンによる エレクトロニックなプロジェクトのウィブティ ー『Newborn Thing』など、様々なアーティストを をプレゼンテーションしていく。彼らがジャズとエレクトロニックなサウンドをジャズミュージシャンの立場から、有機的かつ自然に融合していったことは、この北欧のシーンでしか 起きなかった出来事だった。だからこそ、彼らは世界から「未来のジャズ」と呼ばれたのだろう。これらのJazzlandの動きは2001年に日本でのみリリースされた『Future Jazz From Norway』という編集盤にまとめられている。


#08 平成とジャズ:フューチャージャズ
Bugge Wesseltoft『New Conception Of Jazz:Moving』、V.A.『Future Jazz from Norway』

そういったシーンを名門ECMはいち早くキャッチアップし、ブッゲと同じくヨーロッパのジャズのエリートでブッゲの『New Conception Of Jazz』シリーズに貢献していたトランペット奏者ニルス・ペッター・モルヴェルと契約。エフェクトを巧みに操るトランペットとプログラミングによるサウンドは1997年の『Khmer』、2000年の『Solid Ether』は共にブッゲの諸作と共にフューチャージャズを代表する作品としてヒットし、ジャズシーンを驚かせた。

ここまで読んでもらえば、フューチャージャズをけん引していたミュージシャンたちがノルウェーのジャズシーンで活動し、ECMでの作品にも関与してきたミュージシャンが中心だったことがわかるだろう。

ECMはクラシックや現代音楽に積極的に取り組んできたレーベルで、70年代からジャズと電子音楽の融合にもチャレンジしてきていて、その音楽性はジャズの枠には収まり切れないものであり、幅広い意味での「即興音楽」のレーベルと言ってもいい存在だった。そのECMが拠点としていた伝説的なレコーディングスタジオのレインボウ・スタジオがノルウェーのオスロにあり、ノルウェーにはECM作品の録音をするために世界中のトップミュージシャンが入れ代わり立ち代わり滞在していたことがフューチャージャズにも繋がっている。

オスロを訪れる世界最高峰のミュージシャンとの共演経験を持つことができたノルウェーのミュージシャンがヨーロッパの中でも特にレベルが高かったことはもちろんだし、クラシックや現代音楽を取り込んでいたECMの先人たちの作品が若いミュージシャンに影響を与えたこともあるだろう。 クラシックや現代音楽との影響関係が濃厚なテクノやトリップホップの要素をたやすくジャズの即興と融合してみせた「未来のジャズ」がアメリカでもイギリスでもなく、ノルウェーから真っ先に出てきたのには理由があったのだ。

ショパンやドビュッシーのようなクラシックの要素を感じさせる手法でジャズの可能性を切り開いたもっとも偉大なジャズピアニストのひとりであるビル・エヴァンスが1957年にリリースしたデビュー作のタイトルは『New Jazz Conceptions』。ブッゲが自身の作品群にエヴァンスのデビュー作を彷彿とさせるタイトルをつけた理由もECMとの関係から辿ると見えてくる気がするのだ。

ちなみに同時期にある種のテクノやドラムンベース、ブロークンビーツなども「フューチャージャズ」と呼ばれていた。それはドイツのレーベルCompostが仕掛けたテクノやトリップホップ、ブロークンビーツなどのコンピレーション『The Future Sound of Jazz』が理由だろう。これらのジャズっぽい要素が少し入った「ジャジーなダンスミュージック」がDJの世界で「未来のジャズ」と呼ばれたこともまたクラブジャズで幕を開けた平成らしい現象だったと言えるかもしれない。

PROFILE

柳樂 光隆

柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

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