#15 コンテンポラリー旋風再来の可能性

#15 コンテンポラリー旋風再来の可能性

景気低迷が続くなか、初来日のギリシャのパパイオアヌー、13年ぶりの来日となったネザーランド・ダンス・シアター(NDT)など、集客が難しいといわれるコンテンポラリー系の公演で大盛況が続いています。風向きは、変わり始めているのでしょうか。

かつては、欧米やアジアへ旅すると、宿泊先のホテルのテレビは、たいてい日本製だったものだけど、近年は、滅多に日本のメーカー名を見なくなった。

同じように、以前は世界中の一流アーティストが日本で公演を行っている、という実感が強くあったけれど、いつのまにか、北京や上海やソウルには来るカンパニーが、日本には来ない、というケースが多くなった。日本経済の衰退、存在感の薄まりぶりが半端ないことを、日々痛感させられている。

それでも、オペラの名門歌劇場やバレエの有力カンパニー、ブロードウェイ・ミュージカル等の招聘公演は、主に盤石なクラシック作品を頼みに、なんとか継続している。また、最近は映画館で現地の最新舞台を鑑賞するライブビューイング も隆盛で、新たな楽しみ方が定着したところもある。

が、「盤石」の真逆で、見たことの無い刺激的な表現を期待して観に行くコンテンポラリー系のパフォーミングアーツは、不況の直撃をくらった形。規模が大きくなればなるほど、観客のパイとかかる経費が引き合わないとの判断で、民間による招聘は、不景気とともに激減した。

ピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団や、イリ・キリアンのネザーランド・ダンスシアター(NDT)、ウィリアム・フォーサイスのフランクフルト・バレエ団etc.。思えば、こうしたそうそうたる振付家が率いるコンテンポラリー・ダンスのカンパニーがコンスタントに来日していた’80~’90年代は、各振付家の絶頂期と日本のバブル経済が重なった、奇跡のように特殊な幸運期だったのだろう。個人的には、そう過去を特別枠化して後退した現状を甘受する、あきらめモードに落ち着きつつあった。

ところが、最近にわかに、風向きに変化が生じている。民間に代わって、埼玉、愛知、東京といった公立の劇場が、古典に頼らない、それだけにリスキーとされるクリエイターの作品の招聘を積極的に手がけ、その公演がことごとく話題を呼んで、大入りや完売を記録しているのだ。

彩の国さいたま芸術劇場は、1994年の開場以来、ヨーロッパの先鋭なアーティストのダンス作品を招聘し続けて定評がある。なかでも、今年6月末に初来日したディミトリス・パパイオアヌーの『THE GREAT TAMER』は、ダンスの文脈とは少なからず異なる内容を持つためか、日本には詳細を知る専門家も皆無に近く、はっきり言って、実際に見てみるまでは、海のものとも山のものともつかない代物だった。

宣伝するにも素材が少なく、券売にもっとも苦労するタイプの作品と目されていたのだけれど、蓋を開けてみたら、なんと大入り満員。

全裸になってばかりいる、生身とオブジェの間のような存在のパフォーマーたちが、名画を再現したり、同じ動作を反復したりと、瞼に焼き付くような断片的なビジュアル・シーンを重ねてゆく。そのさまが可笑しくも刹那的で、ポエティックにもドラマティックにも見えてくる。およそジャンルや限定的な解釈を拒否する、硬直した脳に刺激的なパフォーマンスだった。


ディミトリス・パパイオアヌー『THE GREAT TAMER』さいたま公演より。レンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』を再現した一場面。 (C)Julian Mommert
ディミトリス・パパイオアヌー『THE GREAT TAMER』さいたま公演より。レンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』を再現した一場面。 (C)Julian Mommert

ほぼ同時期に愛知県芸術劇場が招聘したNDTは、先述のような理由から、来日は実に13年ぶり。その間に、日本のダンス・ファンにとってはNDTと同義に等しかったキリアンが去り、体制はとうに変わっていたが、むしろ着実に進化を遂げ、カンパニーのクオリティも更新されていることを、多様な4作品によって鮮烈に印象づける公演だった。

こちらは、ビッグネームのひさびさの来日だっただけに期待も大きく、クリスタル・パイトなど、いま世界的に注目されている旬の振付家の作品が観られるとあって、全公演完売のうえ、公演パンフレットまで早々に売り切れ、公演終了後に増刷が決まるという異例の人気ぶり。会場の熱気もSNSでの盛り上がりにも並外れた勢いがあり、コアなダンス・ファンに留まらない、広い層の人々の関心を集めたことが見て取れた。

NDT名古屋公演より。注目のクリスタル・パイト振付『ザ・ステイトメント』はテーブルを挟んで会議を繰り広げる4人の、会話の声の強弱や抑揚、互いの力関係や心理など、あらゆる要素を身体表現化してみせる政治的「一幕劇」。(C)Naoshi Hatori
NDT名古屋公演より。注目のクリスタル・パイト振付『ザ・ステイトメント』はテーブルを挟んで会議を繰り広げる4人の、会話の声の強弱や抑揚、互いの力関係や心理など、あらゆる要素を身体表現化してみせる政治的「一幕劇」。(C)Naoshi Hatori

こうした現象から、経済的な余裕が無くなるとともに、集客を望めず敬遠されるようになっていたコンテンポラリー系パフォーマンスが、ふたたび渇望され始めている、ととらえていいのだろうか。それとも、単に一過性のものなのだろうか。

その意味でも、次はちょうど来日公演が始まっている、ボリス・エイフマン率いるエイフマン・バレエに注目したい。クラシック・バレエの定番作品とは異なる、オリジナルの<心理バレエ>で勝負するユニークなカンパニーの来日は、21年ぶりのこと。公演のクオリティと観客の反応が、非常に気になるところ。

できれば一連の勢いが続き、世界のコンテンポラリーの最前線が、日本でコンスタントに観られる日々が再来するよう、なんとか盛り上げていきたい気持ちでいっぱいだ。

公演情報

エイフマン・バレエ

『ロダン~魂を捧げた幻想』(全2幕 / 休憩1回)
日時:2019年7月18日(木)・19日(金) 19:00
会場:東京文化会館
台本・振付・演出:ボリス・エイフマン
音楽:ラヴェル、サン=サーンス、マスネ、ドビュッシー、サティ
出演:オレグ・ガブィシェフ、リュボーフィ・アンドレーエワ、リリア・リシュクほか

『アンナ・カレーニナ』(全2幕 / 休憩1回)
日時:2019年7月20日(土)17:00、21日(日)14:00
振付・演出:ボリス・エイフマン
原作:トルストイ
音楽:チャイコフスキー
出演:ダリア・レズニク、セルゲイ・ヴォロブーエフ、イーゴリ・スボーチンほか

公式HP:https://www.japanarts.co.jp/eifman2019/index.html

問い合わせ:ジャパン・アーツ ぴあコールセンター 0570-00-1212

写真は『ロダン~魂を捧げた幻想』

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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