#14 藤山直美が吉本興業の創業者に扮して哀しみを笑いに変える

#14 藤山直美が吉本興業の創業者に扮して哀しみを笑いに変える

「興行師は間(ま)はずしたら命とりやで」と、吉本興業の創業者・吉本せいは言ったそう。まさにタイムリーな上演となったその一代記は、復活した喜劇の女王・藤山直美の強力な当たり役になりそうです。

吉本芸人の闇営業問題が取り沙汰されているなか、奇しくもタイムリーな上演になった『笑う門には福来たる~女興行師 吉本せい~』。7月2日、その舞台稽古を観に行った。

吉本興業の創始者・吉本せい(1889-1950)の一代記ということで、その際の囲み取材でも騒動に関連する質問が出たが、しばらく共演者の受け答えを聞いていた主演の藤山直美が、「(振り込め詐欺で)お金を取られたおじいちゃん、おばあちゃんのことがいちばん心配」と、被害にあったお年寄りを思いやる発言を始めて、その場の空気をガラッと変えてみせた。それはまるでこの物語で描かれる、吉本せいのキャラクターが乗り移ったような対応だった。


新橋演舞場『笑う門には福来たる』囲み取材での(左から)西川忠志、田村亮、喜多村緑郎、藤山直美、林与一、石倉三郎。
新橋演舞場『笑う門には福来たる』囲み取材での(左から)西川忠志、田村亮、喜多村緑郎、藤山直美、林与一、石倉三郎。

吉本せいを取り上げた作品は、近年のNHK連続テレビ小説『わろてんか』を始め、小説・映画・舞台と、昔からさまざまある。この『笑う門には福来たる』は、1991年に森光子主演により帝劇で上演された『桜月記』(原作/矢野誠一、脚色/小幡欣治)を直美バージョンにしたもので、2014年初演(脚本/佐々木渚、演出/浅香哲哉)。

子だくさん(8~10人いたらしい)ながらそのうちの何人もが早世し、夫(田村亮)は浮気先で急逝。心の支えだった男性(松村雄基)も自殺してしまい、跡継ぎとして無事成人した息子(西川忠志)まで、20代の若さで病死する。死別まみれの吉本せいの人生は、あまりにも壮絶だ。

それでも、死に別れの場面はほとんど舞台に盛り込まず、共同経営者の弟・林正之助(喜多村緑郎)や、桂春団治(林与一)を始めとする個性的な芸人たちとの丁々発止のやりとりと、周囲の人たちへの思いやりを忘れないせいの姿をポジティブに描いて、ジメジメしたところがない展開がいい。しっとりしたラブシーンでさえ、ザッツ・直美なコメディエンヌぶりをチラッと見せてくれるので、思わず声を上げて笑ってしまう。


せい(藤山直美)と、その波瀾万丈の人生をつねに見守る通天閣。 ©松竹
せい(藤山直美)と、その波瀾万丈の人生をつねに見守る通天閣。 ©松竹

極めつきが、ラストシーンだ。

思い出すのは、同じく笑いに生涯を賭けた実在の女性の一代記で、森光子が初演し、現在は直美の当たり役になっている東宝の『おもろい女』。主人公ミス・ワカナの突然の死が、切迫感をもってシリアスに描かれ、昨秋の上演では、大病を克服した直美の復帰第一作としていかがなものかと思うくらい、リアルな不穏さに満ちていた(褒めてます)。

それだけに、「また死ぬ場面で終わるのか」と、ちょっと気が重かったのだけれど、そこはさすが松竹。新喜劇のノリで、うんと楽しいエピローグに仕立てている。

背景は満開の桜。三途の川だろうか、迎えに来ていた春団治の赤い人力車に乗り、あたりを一周するせいの耳元に、吉本新喜劇のテーマソングが流れてくる。どうやら、彼女にとっては未来である1960年代以降の日本の大衆娯楽の盛り上がりぶりを、眺めているらしい。

しかし、さすがにここまで見せられると、くすぶっていた疑問と戸惑いが、マックスになる。「なぜ、松竹新喜劇畢生の大スター藤山寛美の娘の直美が、よりによってライバルかつ後発の吉本新喜劇の創業者の役やってんの?」「しかもここ、かつて毎年7月は松竹新喜劇公演が恒例だった新橋演舞場なのに」と。

そして間もなく、これはいわば、観客の溜飲を一気に下げる展開にもっていくための、長い前フリだったのかもしれないと思い至る。そんなとっておきの楽しい趣向が、最後に待っている。


’14年の初演時には無かったという新たな工夫も加わった’19年版『笑う門には福来たる』は、最後までスカッと、気持ちよく笑える松竹らしい喜劇なのがうれしい。

吉本興業も、社員にこれを観ることを推奨しているという話を、小耳に挟んだ。もちろん社員でない人にも、ぜひ観てほしい逸品だ。

公演情報
『笑う門には福来たる~女興行師吉本せい~』
日時:2019年7月3日(水)~27日(土)
会場:新橋演舞場
原作:矢野誠一(中央公論社刊)
脚色:小幡欣治『桜月記』より
脚本:佐々木渚
演出:浅香哲哉
出演:藤山直美、喜多村緑郎、林与一、田村亮、石倉三郎、仁支川峰子、松村雄基、大津嶺子、西川忠志、東千晃、鶴田さやか、いま寛大ほか
問い合わせ:チケットホン松竹 0570-000-489
https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2018_enbujyo_waraukado/

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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