世界を席巻する演出家ロベール・ルパージュが、広島から20世紀の人類を見つめた大作『HIROSHIMA 太田川七つの流れ』。1995年に5部作が東京で上演された後、進化を遂げて7部作になりましたが、今年、20年ぶりに最終形態の完全版7部作がリニューアル。2020年夏、ついにオリンピック直前の日本にやって来ることになりました。
「そりゃ、もうちょっと短くしなきゃ、どうしようもないだろう」
1995年、当時5部作で上演時間6時間(休憩込み)だった『HIROSHIMA 太田川七つの流れ』について、観劇前の蜷川幸雄氏が思わずそう言ったのを、なぜかよく覚えている。
カナダのケベック州出身のロベール・ルパージュは、30代前半だった当時から、世界中の注目を集める天才演出家だった。後に、シルク・ドゥ・ソレイユなどの演出も手がけるようになるが、その頃すでに、演劇やオペラでめざましい活躍を見せ、そのマジカルな視覚効果を駆使した独創的な演出が「ルパージュ・マジック」と呼ばれるようになっていた。
ひとり芝居から叙事詩的大作まで、手がける作品の規模はさまざまで、特に大作の際は、公演を重ねながら徐々に場面を追加したり、変更したりして、作品が進化する過程を観客に示して完成を目指す「ワーク・イン・プログレス」形式で創作することが多い。『HIROSHIMA 太田川七つの流れ』の場合は、広島市内を流れる太田川の7つ(現在は6つ)の支流にちなみ、7部構成を構想。まず1994年に3部作の形でイギリスのエジンバラで初演し、翌95年5月ウィーン上演時から5部作となり、同年10月、それが東京でも上演された。
1945年、敗戦直後の広島での被ばく者ノゾミと米軍兵士ルークの出会いに始まり、同時期のチェコのユダヤ人収容所、’60年代のニューヨーク、’80年代のアムステルダム、1995年の広島など、場所や人、世代を替え、あるいは繋ぎながら、原爆、ナチズム、エイズといった20世紀の人類がもたらした負の遺産を列挙。最終的には、見事に再生した現代の広島に収斂させて、未来の希望につなぐ――という、壮大なスケールの物語だ。
世界各地の個人のエピソードが連なり、めくるめく現代史のパノラマになってゆく。そのダイナミズムに激しく心を揺さぶられ、プロローグ+5部(幕)+エピローグで6時間の構成にも、まるで長さを感じなかった。冒頭の蜷川氏の心配は、幸いにもまったくの杞憂に終わったのだった。翌96年、残りの2部が加わった全7部作が完成。98年までこのヴァージョンで世界各地を巡演した。
それから20年経った2019年、キャストの多くが入れ替わった完全版『HIROSHIMA 太田川七つの流れ』が再生を遂げた。まず7月のモスクワでお披露目され、9月にはルパージュの故郷カナダのケベックシティに誕生した劇場ル・ディアマンのこけら落とし公演として上演された。
このル・ディアマンで、7部作となった『HIROSHIMA 太田川七つの流れ』を初めて観た。95年に東京で上演された5部作に2幕加わったという単純な追加ではなく、場面や人物の関係もさまざまに変更され明快になった、最終形態の『HIROSHIMA』だ。構成は、
①1945年の広島:被ばく者ノゾミと米兵士ルークの出会い
②1965年のニューヨーク:ルークとノゾミ、その息子たちの出会い
③1970年の大阪:ノゾミの娘ハナコとケベックの劇団による来日公演
④1985年のアムステルダム:ルークの息子ジェフリー1の最期と友人のアダ
⑤1986年の広島:ハナコと、ジェフリー1やアダの友人でチェコ出身のヤナ/1945年のチェコ・テレジンのユダヤ人収容所:ヤナの回想
⑥1995年の広島:カナダのマスコミからインタビューを受けるヤナ
⑦1999年の広島:ハナコのもとに集う異父弟ジェフリー2、ヤナ、アダ、ハナコのカナダの友人の息子ピエールたち
といった時代・場所・人の流れによる7部作。95年にはリアルタイム場面だった⑥に⑦がプラスされ、20世紀後半を俯瞰する視線に更新されていることに、四半世紀という時の流れを実感する。上演時間は、休憩含め約7時間におよぶけれど、相変わらず心身の生理に合った進行になっていて、負担はまったく感じなかった。
2020年、ついにこの7部作が日本にやって来る。破壊から再生した広島を通して、20世紀の世界について考えた天才ルパージュ、渾身の大作。東京オリンピックで浮き立つ前に、ぜひこの大事な記憶を、目と心に焼き付けておきたい。
日時:2020年7月10日(金)~12(日) 各日13:00開演〈全3公演〉
会場:Bunkamuraシアターコクーン
構成・演出:ロベール・ルパージュ
出演:Ex Machina
問い合わせ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00~19:00)
公式サイト:https://www.bunkamura.
co.jp/cocoon/lineup/20_hiroshima.html
伊達なつめ
伊達なつめ
Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら
otocoto
otocoto