#12 シビウ国際演劇祭【前編】世界一日本にやさしい国際芸術祭

#12 シビウ国際演劇祭【前編】世界一日本にやさしい国際芸術祭

あまたある国際芸術祭の中で、日本の演劇界では、ルーマニアのシビウ国際演劇祭がひときわ有名なのはなぜなのか、を考えてみました。あと、若者よ、シビウに集え!

世界には、演劇やダンスなど、いわゆるパフォーミングアーツの国際フェスティバルが星の数ほどあるけれど、日本の演劇関係者・愛好者の間では、ルーマニアのシビウ国際演劇祭の知名度が、アヴィニョンなどの老舗フェスに引けを取らないくらい高い。

シビウ国際演劇祭は、チャウシェスク政権崩壊後の1993年、劇場の再建を始めとする街の復興を目指して、最初は学生演劇祭として3か国8公演というプログラムでスタートした(翌1994年が公式な第1回)。

創設者は、現在もバリバリの俳優・プロデューサーであるコンスタンティン・キリアック。その豪腕で、みるみるうちに参加アーティストとその国や地域の数を増やし、26回目の今年は、なんと73か国540公演におよぶ。

劇場公演だけでなく、シビウの街中のあらゆる場所で演劇、ダンス、大道芸、コンサート、サーカスなどの有料・無料のパフォーマンスが繰り広げられており、すさまじいまでの物量を誇るフェスティバルに成長させた。通りを歩いているだけで、下の動画のようにさまざまなパフォーマンスに遭遇するので、とても楽しい。

キリアックが日本の演劇関係者に知己があったことから、1995年の第2回以降、日本からもさまざまな劇団やアーティストが継続的に参加しており、シビウと日本の演劇関係者の交流も盛んだ。

また、日本の民間組織による草の根的なボランティア派遣のサポートが充実しているおかげで、演劇祭の国際ボランティアにおける日本人の比率も高く、今年は30名のうち13人が日本勢。彼らが参加アーティストやその関係者、来訪した観客のことまで助けてくれるので、日本語話者にとって、こんなに安心して楽しめる国際芸術祭は他にない。そう断言していいと思う。

ラインナップの特徴は、まずこの芸術祭のメイン会場でもあり、キリアックが総監督をつとめる国立ラドゥ・スタンカ劇場のレパートリーの数々が観られること。

なかでも、日本でも佐々木蔵之介主演の『リチャード三世』を演出した、ルーマニアが世界に誇る名匠シルヴィウ・プルカレーテの『ファウスト』は、いまやシビウ演劇祭名物だ。

プルカレーテ演出『ファウスト』は壁が崩れ、火花が散り、炎が燃え上がる総勢150名出演による大スペクタクル  (c) Sebastian Marcovici
プルカレーテ演出『ファウスト』は壁が崩れ、火花が散り、炎が燃え上がる総勢150名出演による大スペクタクル  (c) Sebastian Marcovici

廃工場を活用した広大なスペースで展開する圧巻の大スペクタクルで、俳優の表現力と身体能力の高さにも目を見張る。2007年以来毎年必ず上演され、まったく色褪せることがない傑作で、これを観に来るだけでも、シビウに来る価値があるというものだ。

もちろん世界各国からも、あらゆるジャンルのパフォーマンスがやってくる。年によってクオリティにバラつきはあるが(どの芸術祭でもそれは同じ)、やはりその立地から、演劇においては中欧・東欧・ロシア方面の作品が多めの印象がある。

中欧以東の雰囲気と、日本からの参加は新劇や伝統芸能系が多いこと。主にこの2点からだと思うのだけど、シビウ国際演劇祭に参加する日本人は、演る方も観る方も、年齢層が比較的高い。

かくいう私めもそのひとりなので、言えた義理ではない。でも、だからこそ、より気になってしまう。こんなに貴重な体験ができ、日本にやさしい国際芸術祭を、中高年層に独占させていいのか、と。

ボランティアは若い人たちが多く、それぞれ語学力を活かしてサポートを惜しみなく行いながら、作品を鑑賞し、世界を感じ、人脈を築いて、体験を血肉にしている。

クリエイターや観客も、なるべく若いうちにここに来て、世界はどんなことになっているのか、その一部を体感した方がいいと思うのだ。ここでは困ったら日本のボランティアさんが助けてくれるし、物価もまだ安いので来やすいと思う。

幸い昨年からは、若手演劇人に発表の場を提供している花まる学習会王子小劇場の北川大輔さんが、ボランティア派遣等において、その手腕を発揮し始めている。「パフォーミングアーツは今後、公的サポートが最初に切られる分野だから、みんな海外に出て行って自分でネットワークをつくり、ファンドレイジするのが生き残っていくひとつの方法だよ、と方々で言い散らしているところです」
と、にこやかに語る北川さん自身も、一昨年ボランティアに応募したことがきっかけで、シビウ国際演劇祭にかかわるようになり、早くもこうして重要な役割を任されている33歳。

壁は低いので、まずは行ってみることをおすすめしたい。プルカレーテの『ファウスト』さえおさえておけば、後悔はしないはずだから。

次回は、肝心のシビウ国際演劇祭ラインナップについて。今年は当たり年でした!

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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