ロンドン、ウェスト・エンドで昨年(2018年)4月からスタートし、今、最も人気の作品が、ブロードウェイでもオープンした。 「ロックンロールの女王」とも呼ばれるティナ・ターナーにスポットライトを当てたジュークボックス・ミュージカル『Tina:The Tina Tuner Musical』だ。
ティナ・ターナーは、グラミー賞で最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞、最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞、最優秀R&Bデュオ・パフォーマンス賞、最優秀レコード賞、年間最優秀アルバム賞など計8回受賞しているうえ、昨年は特別功労賞も受けている。また殿堂入りが3曲あり、まさに音楽界の生けるレジェンドである。
1988年のリオデジャネイロ・コンサートでは18万人を集客。当時、世界最多動員したソロアーティストとしてギネスブックにも載った。東京ドームのキャパが5.5万人であることを考えると、その集客数の異常な多さと、そんな巨大な観客を興奮させるオーラを持ったティナ・ターナーに、いまさらながら感銘を憶える。こんなアーティストはそう簡単には生まれない。
ミュージカルの冒頭は、そのリオデジャネイロ・コンサートから始まる。舞台のセンター奥に階段が備えられていて、階段の後ろから激しい白い光が照らされ、そこに立ったティナ・ターナー(エイドリアン・ワーレン)の赤の皮のミニドレスを着た後ろ姿がシルエットで浮きだされる。客席から、待ってましたとばかりの大きな拍手喝采が起こる。彼女のファンならば何度も観たことのある場面だ。 コンサートから 描写されるのかと思いきや、さにあらず、彼女は床に座禅を組み、階段の背後から流れる白い光に向かって「南妙法蓮華経」を唱えはじめる。すると彼女を育てた祖母が、ステージの裾よりそのお経に合わせて、アフリカの宗教か踊りのようなリズムを唱えながら出てくる。また、牧師だった父親も手にベルを持って、信者に呼びかけ ながら出てくる。知らぬ間に、大人のティナの姿とリオのコンサートの舞台はなくなり、そこは彼女が幼年時代を過ごしたテネシー州だった。父親の説教を聴きに戸外に人々が集まってくる。そこでのアンナ・メイ、つまりティナ・ターナーは、才能が開花して幸せそうにゴスペルを歌っている。Anna Mae Bullock はティナの本名なのだ。この子役を演じる10歳のスカイ・ダコタ・ターナー の周りのどの大人をも軽く上回る 強い声量に、観客は驚かされる。「そんな小さな体からどうやって!?」と、その可愛さに心の和む始まりのシーンだ。
1958年、10代でミュージシャンとなったティナは、2010年までの長期間にわたりヒットを出し続け、ロック、ポップ界に君臨する。しかしその50年間は、波乱万丈の半生だった。彼女が10歳の時、母親は姉を連れて家を出て行く。残された彼女は、祖母と子供に関心のない父親との生活を始める。未だ10代の彼女に傑出した才能を見出したアイク・ターナーと組んでミュージシャンとしての生活を始め、やがて彼と結婚するが、DVに長年苦しんだ末に別れる。その後4人の子供を育てながら家政婦をして他人のトイレの掃除をした時代もある。そして1980年、オリビア・ニュートン=ジョンのマネージャーをしていたロジャー・デイヴィスと出会い転機が訪れた。ソロとしてデビューした「レッツ・ステイ・トゥギャザー」に続き、グラミー・レコード賞を獲得した大ヒット「愛の魔力(原題:What’s Love Got To Do With It)」が生まれたのだ。1985年には16歳年下のドイツ人のマーケティング・エグゼクティブ、アーウィン・バックと恋に落ちる。関係を秘密にしながら、その愛を心の支えにしてリオデジャネイロ・コンサートの大成功を導くまでが、作品では描かれている。
ちなみにティナは1973年にバプティスト教会を離れ、創価学会に入った。今でも熱心な信者らしい。作品でも彼女は何回か「南妙法蓮華経」を唱えている。私はお葬式の時ぐらいにしか自分の家の宗教を思いだす機会がないので、多少違和感がなくもない。しかし彼女はお経を読むことで、心が救われたのだろう。
作品の中で 強く印象に残ったのは、フィル・スペクターがティナの一番のヒット曲「愛の魔力」をレコーディングする工程だ 。ポップ音楽に大きな影響を与えた歴史的な人物であるフィル が副調室に入り、ティナを普段の彼女が思いつかないような歌い方へと巧みに導いていく。彼の生み出すサウンドは 実に個性的で新鮮だった。 ちなみにフィル・スペクター は2009年に殺人事件を起こして現在刑に服している。既に79歳。おそらく監獄で死を迎えることになるだろう。
さて、波乱万丈の人生を送った彼女とそのヒット曲を、2時間45分でカバーするのは、そう簡単ではない。どうしてもストーリー展開は目まぐるしくなり、感情や情緒のひだを描けない。観客にとってはヒット曲が多いほど耳には嬉しいが、その結果、複雑な生涯を知ることは難しくなる。これはジュークボックス・ミュージカルの宿命だ。ブロードウェイ界には、苦労して独創的なストーリーや曲を考え出す必要のないこのスタイルに批判的な人も少なくない。確かに、私などもティナ・ターナーの熱烈なファンではないが、彼女の人生と曲というだけで十分観たくなるのだから、集客数を確保できないというリスクの少ない創作だと言えよう。ちなみに『ティナ・ターナー・ミュージカル』は約18億円かけて制作されている。これは平均よりも高い制作費ではあるものの、ミュージカル一本を制作するのにはやはり13億円ほどかかる。そして、リスクを避けたいと思うのは人情であるから、映画の舞台化やヒット曲メドレーのミュージカルは続くだろう。
同作品は、1幕目はR&B、2幕目はポップ・ロックのコンサートの様で、最後には、ヒット2曲をコンサートのシーンに合わせて披露してくれる。ドラムやギターの演奏も素晴らしく、かなりの満足感が得られる。 コンサートの様に、煙やスポットライトがふんだんに使われていて、豪華で飽きない。演出家、振付家、舞台装置・デザインには、14年間ブロードウェイで上演され続けた『マンマミーア!』を創作した3人が起用されており、理屈抜きで楽しめるエンタテイメントに仕上がっている。
ティナ役を主に演じるのはエイドリアン・ワーレン。彼女はこの役でイギリスのローレンス・オリヴィエの主演女優賞にノミネートされた。ただティナのワイルドなアマゾネス風の凄烈さに欠けているのが 多少物足りない。しかし、歌があれほど歌え、同じ様に8センチのヒールでも踊れる上に、迫力までもティナと同じレベルを望むのは虫がいいというものだろう。もしかすると、エグゼクティブ・プロデューサーでもあるティナ・ターナー本人が、上品で美人なバージョンの自分を求めてエイドリアンを選んだのかもしれない。想像でしかないにしても、それが80に近いティナの女心かもしれないと思うと、微笑ましくもある。
さきほど主に演じるのは・・・と書いたが、水曜日と土曜日のマチネの主演はエイドリアン・ワーレンではない。こういうことは滅多にしないブロードウェイだが、1日に2回もあの声を出してヒールで踊っていたら、さすがに喉も足も降参してしまうのだろう。ロンドンのウェスト・エンドでエイドリアンが最初マチネと夜の公演を演じた後、氷を入れた風呂まで皆に抱きかかえられて運ばれたそうだ。もしエイドリアン・ワーレンを聴きに行くのであれば、プログラムを確認して欲しい。
文/井村まどか
photo by Manuel Harlan 2019Lunt-Fontanne Theatre
Lunt-Fontanne Theatre
205 W 46th St
New York, NY 10036
上演時間:2時間45分(休憩あり)
SCORES
舞台セット7
作詞作曲10
振付7
衣装7
照明8
総合8
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