#34
モビリティ抜群の平成中村座、北九州の小倉城に初見参

#34 モビリティ抜群の平成中村座、北九州の小倉城に初見参

十八代目中村勘三郎が発案し、息子の勘九郎・七之助兄弟らに引き継がれた、望まれればどこにでも行ける江戸風芝居小屋・平成中村座。これまでは大阪、名古屋など大都市ばかりでしたが、初上陸した北九州の小倉でも大入り満員。公演地のために創意工夫を尽くす平成中村座チームと、迎える街の本気度がひしひし伝わる素晴らしい空間が現出していました。

十八代目中村勘三郎の念願がかなって、2000年に誕生した平成中村座。その主な特徴は、まず江戸時代の芝居小屋の雰囲気を再現しているところ。近世にタイムスリップしたような気分になれるだけでなく、ふだん近代的な劇場で歌舞伎を観ている観客にとっては、本来の歌舞伎はこんなに舞台と客席が近く、臨場感溢れるものだったのかと、歌舞伎への認識が改まる体験にもなっている。

もうひとつユニークな点は、移動組み立て式で、場所さえあれば何処にでも仮設可能であること。これまで、東京の浅草に始まり、大阪、名古屋、ニューヨークにこの芝居小屋は出現しており、その都度、土地に因んだ演目選定や趣向を凝らすことでも、話題を呼んでいる。

今回は、平成中村座としては初めての九州進出で、北九州市の小倉城天守閣再建60周年を記念した小倉城公演。これまで大阪では大阪城、名古屋では名古屋城の敷地内で公演してきたことがあり、お城の天守閣を借景にした公演は3例目となる。しかし今回ほど、ご当地との関わりを深く感じたのは初めてだ。

まず夜の部の通し狂言『小笠原騒動』が、小倉藩主だった小笠原家の御家騒動ものという、これ以上のガチは無いご当地狂言。そこで観劇する前日に小倉城に赴き、今年リニューアルしたという展示で、史実の小笠原騒動の当事者である五代藩主を中心にチェック。その後5階の天守閣から街を一望して、気分をアゲておいた。後で知ったのだけど、平成中村座の観劇チケットを持参すると、この小倉城と小倉城公園、松本清張記念館の3施設への入場が無料、という特典が設けられていた(知らずに700円の3施設共通入場券を購入)。演目への関心はもとより、観客にこの街の歴史について知る機会を提供する、素晴らしい姿勢に感銘を受けた。

(そんな程度の)予習の甲斐あって、『小笠原騒動』は序幕から、従者の掲げる提灯の家紋が昨日展示で見た「三階菱」だったことくらいでもうれしくなり、幕間には、前夜小倉駅前で見かけた「祇園太鼓」の銅像と同じ恰好をした、地元の社中が登場してビックリ。ライブで祇園太鼓を披露するおまけ付きだった。大詰の「小笠原城内奥庭の場」では、舞台後方の壁が開け放たれて、漆黒の闇に、本物の小倉城の天守閣が白く浮かび上がった。これまで平成中村座で見たどの天守閣の借景よりも、近く大きく見え、圧巻の効果を生んでいた。

ご当地狂言『小笠原騒動』のクライマックス。御家乗っ取りを企む犬神兵部(中村勘九郎:左)と、濡れ衣を着せられた恩人のために、霊力で兵部を懲らしめる白虎(中村獅童)。舞台となる本物の小倉城が闇に浮かぶ。(c)松竹株式会社
ご当地狂言『小笠原騒動』のクライマックス。御家乗っ取りを企む犬神兵部(中村勘九郎:左)と、濡れ衣を着せられた恩人のために、霊力で兵部を懲らしめる白虎(中村獅童)。舞台となる本物の小倉城が闇に浮かぶ。(c)松竹株式会社

夜の部の『小笠原騒動』だけでなく、昼の部の『お祭り』でも、後方が開いて小倉城が姿を見せた。まだ15時前で周囲は明るい。舞台の向こうに大勢の人たちが待ち受けていて、機嫌よく踊る勘九郎の、後ろ姿を見守る様子が目に飛び込んできた。
勘九郎はときどき後ろを振り向き、扇を持つ手を振って、声援にこたえている。その両者の交歓が、実にあったかく和やかで、いい風景になっていた。彼らの方から見える小屋の中の観客も、きっと幸せそうな顔をしていたと思う。

昼の部『お祭り』は、ほろ酔いかげんの鳶頭(勘九郎)のいなせな風情を見せる舞踊。最後に後方が開くのを知った人たちが集まるようになり、公演序盤のこの画像にはまだ見えないが、観劇した日は200人近い人たちが勘九郎を待っていた。(c)松竹株式会社
昼の部『お祭り』は、ほろ酔いかげんの鳶頭(勘九郎)のいなせな風情を見せる舞踊。最後に後方が開くのを知った人たちが集まるようになり、公演序盤のこの画像にはまだ見えないが、観劇した日は200人近い人たちが勘九郎を待っていた。(c)松竹株式会社

聞けば、この場面では小倉城の天守閣から、出演中の俳優が顔を出す日もあるという。実は観劇した日も、中村鶴松が手を振っていたそうなのだけど、不覚にもぜんぜん気づかなかった! まったく、どこまで寸暇を惜しまずに、お客を喜ばせようとする人たちなんだろう。

大都市福岡ではなく、北九州小倉での1か月興行ということで、当初は集客を心配する声もあったが、蓋を開ければ、連日満員御礼。ご当地狂言があったことも強いけれど、それを活かす行政を含めた街ぐるみの柔軟な協力体制が、功を奏した面も大きそうだ。 

有力大名のいた地だけあって、歴史的エピソードにこと欠かず、地政学的にも、さまざまな経済・文化の発展に寄与している。ザッとではあるけれど各施設で学ぶことも多く、複合的に楽しかった。

これからも平成中村座には、こうやってご当地とていねいに関わって、その地への関心を喚起する触媒でもあってほしい。

公演情報
小倉城天守閣再建60周年
平成中村座 小倉城公演

日時:2019年11月1日(金)〜26日(火)
会場:小倉城勝山公園内特設劇場
演目:昼の部『神霊矢口渡』『お祭り』『封印切』、夜の部 通し狂言『小笠原騒動』
出演:中村獅童、中村勘九郎、中村七之助、中村橋之助、中村虎之介、中村鶴松、中村歌女之丞、片岡亀蔵、坂東彌十郎ほか

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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