#24 シアターコクーンに松尾スズキ時代到来

#42 舞台芸術の理想型――音楽・美術・演劇・映像・身体表現が融合 したオペラ

2016年蜷川幸雄の死去以来空席になっていBunkamuraシアターコクーンの新芸術監督に松尾スズキが決定。その就任記念会見は、大人計画の舞台のワンシーンみたいに濃厚な内容でした。

9月9日のシアターコクーン芸術監督就任会見は、かなりにぎやかで、手の込んだ音楽劇仕立てになっていた。

オーチャードホールの2階ロビーの一角に、青空がのぞく窓が付いた鉄板のような質感の壁をしつらえ、その壁に「シアターコクーン芸術監督就任記念会見」の文字が浮かび上がる凝った美術。生バンド+三味線にコーラスまで入り、タキシード姿の皆川猿時が「このたびは、あってはならないことになったことをお詫び申し上げます」と告げながら司会を始める。まもなく松尾スズキが、天久聖一作詞(および台本)による“We Will Rock You”に似た登場曲の演奏に乗って、ロビーの階段から颯爽と現れ(途中でコケて)、三味線の合方をバックに「不真面目さと色気のある劇場」を目指したいと挨拶した。

「日本の演劇はアカデミズムと人気大事の2方向にはっきり分かれていて、両方が交わっていない。そこを行き来できるには不真面目さが必要」「コンプライアンスで世の中がどんどん窮屈になっている時代に、劇場くらいは倫理や道徳から解放された場所でありたい」と、ここだけは、とても全うに言葉を尽くして説明していたのが印象的だった。

9月9日、台風一過で交通網大混乱のなか行われた松尾スズキのシアターコクーン芸術監督就任記念会見。生バンドとコーラスのメンバー、凝った背景の装置はすべて就任第一作目となる『キレイ』のスタッフによるもの。© 細野晋司

「アカデミズムと人気大事~」は、芸術性のみを重視した、観客を選ぶタイプの演劇と、アイドルやスターの人気に依存した演劇は、まったく方向性も観客層・観客数も異なり相容れないもの。が、双方にまたがる舞台を創ってきた松尾なら、先鋭で多少難解な要素を前面に出しながら、スターのオーラが輝くエンターテインメントを成立させることができる。その確信と使命を、力強く表明したものと聞こえた。映像で活躍するスターをキャスティングするだけでなく、阿部サダヲや皆川猿時といった希有な才能を見出し育ててきた松尾による、演劇発のスター育成の可能性も、期待できそうだ。

「コンプライアンスで~」の発言は、昨今の表現に関する非寛容な動きを危惧するもの。差別や暴力、偏見など、倫理や常識に反する表現を敢えて増幅させながら展開する松尾作品にとって、その場にいる演者と観客の間だけで成立し、あとに残らないことで可能性が広がる舞台の自由度の高さは、格別なものだ。その環境を死守する意識を、高く、切実に抱いている真情がうかがえた。

司会の皆川猿時(左端)に「好きなおむすびの具は」と質問される小池徹平、神木隆之介、阿部サダヲ。『キレイ』の新旧ハリコナ役(神木は今回が初舞台)が勢揃い。© 細野晋司

挨拶の後は、松尾が初めてシアターコクーンに進出した際の作演出作で、以後再演を重ねている音楽劇『キレイ』で、同じ役を演じた(る)阿部サダヲ(2000&2005)、小池徹平(2014)、神木隆之介(2019)が揃って登場。劇中の代表曲を3人で歌うゴージャスなライブで、就任を祝った。

生演奏の音楽が溢れるハレ的にぎやかさと、毒に満ちた笑い、個性的かつメジャーなキャスト、そして、意外と生真面目な意思表明。松尾スズキが芸術監督になったらシアターコクーンはこうなるというポイントを、具体的=演劇的にプレゼンした、実はすごく誠実で志の高いイベントだったのではないだろうか。数日経った今ごろになって、そう思い返している。

公演情報

 

Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画『キレイ―神様と待ち合わせした女―』
会場:Bunkamuraシアターコクーン
日程:2019年12月4日(水)~12月29日(日)
このほか2020年1月13日(月)~19日(日)福岡、1月25日(土)~2月2日(日)大阪公演あり。
作・演出:松尾スズキ
音楽:伊藤ヨタロウ
出演:生田絵梨花、神木隆之介、小池徹平、鈴木杏、皆川猿時、
村杉蝉之介、荒川良々、 伊勢志摩、猫背椿、宮崎吐夢、近藤公園、乾直樹、香月彩里、 伊藤ヨタロウ、片岡正二郎、家納ジュンコ、岩井秀人、橋本じゅん、阿部サダヲ、麻生久美子 ほか
問い合わせ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00ー19:00)
公式サイト:https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_kirei/

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

MEDIA

otocoto