#21 デヴィッド・ボウイが生み落とした『ラザルス』と、その手を離れた『ラザルス』

#42 舞台芸術の理想型――音楽・美術・演劇・映像・身体表現が融合 したオペラ

デヴィッド・ボウイの目利きぶりは演劇においても遺憾なく発揮され、遺作となった『ラザルス』は、ひとことで言うと、かなりマニアックな舞台でした。が、そのままでは問屋が卸さないようで、大衆が求めるボウイ像を投影した『ラザルス』も上演され始めています。

デヴィッド・ボウイを主人公にした制作中の映画『Stardust』から、ボウイに扮するジョニー・フリンの初画像公開というニュースが目に入った。遺族非公認でボウイの曲は1曲も使えないそうで、プロデューサーは「ボウイの伝記映画ではない」と主張しているとか。

その点、舞台『ラザルス』は、本人プロデュースで新曲4曲を含む全18曲がボウイ作品であるばかりか、脚本にもボウイのクレジットが入っており、世界初演となった2015年12月ニューヨーク・シアター・ワークショップ(NYTW)本公演初日カーテンコールには、本人も登場した。そもそもメインの脚本家エンダ・ウォルシュや、初演演出のイヴォ・ヴァン・ホーヴェも、ボウイ自身の指名によるものだというから、このNYTW版は、翌16年1月に発売された『ラザルス』を含むアルバム『★』同様、混じりっ気なしのボウイ自身の創作物、と言ってよさそうだ。

『ラザルス』は、ウォルター・テヴィスの小説『地球に落ちてきた男』およびボウイが主演した同名映画(’76年、ニコラス・ローグ監督)の後日談で、地球に数十年とどまり続け、いまだ帰れずにいる異星人ニュートンの孤独な魂のありようを、ボウイの新旧楽曲とともに描くミュージカルだ。

イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出の初演NYTW版は、マンハッタンの摩天楼を望む簡素なアパートの一室が舞台だった。ニューマン役のマイケル・C・ホールは、少なくとも見た目や所作においてはボウイを意識することなく、無味乾燥で閉塞感漂う密室の中、現実の焦燥や愛憎に苛まれながら、脳内の記憶や幻影を追う主人公を、リアルな人間として演じていた。

ボウイ逝去の知らせがもたらされた2016年1月10日は、まだその上演の真っ最中だったけれど、この時を境に、『ラザルス』と『★』は、死期を悟ったボウイからの、含意に満ちた最期のメッセージ、ととらえられるようになったようだ。もっとも観劇した1月15日には、難解な舞台を前にした戸惑いが先立ち、ボウイ・ファンのようにニュアンスを感じ取ることは、自分にはできなかったけれども……。

2016年1月15日のニューヨーク・シアター・ワークショップ(NYTW)前。『ラザルス』のポスターの下にボウイを追悼する人々からの花やキャンドルが置かれていた。

その2年後、つまり昨年。『ラザルス』の共同脚本を手がけたエンダ・ウォルシュ作による『バリーターク』が、白井晃の演出、草彅剛・松尾諭・小林勝也の出演で、翻訳上演された。登場人物のせりふや行動は具体的だが、話の脈絡や状況設定の情報が与えられず、観客を煙に巻くような戯曲構成が、ちょっと『ラザルス』に似ていると思った。

閉ざされた部屋で無為な時間を過ごす2人の青年のもとに、突然、大音声とともに壁を倒して1人のメッセンジャーが現れ、どちらか1人にその時が来たことを告げ、「死」へと誘う。この終盤のポエティックなせりふを伴う展開は、人が死を迎える際のシミュレーションのよう。そうおぼろげに感得したところで、妄想が閃いた。ボウイはこの『バリーターク』(世界初演は2014年アイルランド)を観るか読むかしたことで、自分の終活としての舞台の執筆を、ウォルシュに依頼することにしたのかもしれない……と。

NYTW版『ラザルス』は、2016年晩秋から翌年1月にロンドンでも上演されたが、その後は戯曲と楽曲のライセンスを取得した独自の規模・演出・言語・キャストによる『ラザルス』が世界中に広がっており、NYTWのサイトを見ると、現在、なんと13もの都市で上演中、もしくは上演が予定されている。

その中のひとつ、ハンブルク版を観た。昨年10月から上演を続けているハンブルク・ドイツ劇場は、ドイツ語圏屈指の名門公立劇場で、大劇場の客席数も、演劇専用劇場としてはドイツ語圏随一の1200席。レパートリー制なので、『ラザルス』の上演は月に数回単位だが、開幕以来、つねに完売の大人気となっている。

演出は、2008年に小澤征爾指揮のオペラ『オネーギン』(ウィーン国立歌劇場・東京のオペラの森2008共同制作)の演出で来日したこともあるファルク・リヒター(劇作家でもあり、その戯曲『壊れたバランス』が2009年文学座アトリエ公演で上演されたりしている)。『アラジン・セイン』のフェイス・プリントを彷彿させる稲妻型の張り出し舞台を始めとした大がかりな装置と、きらびやかでキッチュなコスチュームなど、主に’70年代のジギー・スターダストの世界に彩られた、派手でにぎやかなステージだ。

ニュートン役は、ドイツで大ヒットした映画『グンダマン』の主演などで有名なスター俳優、アレクサンダー・シェール。オレンジ色の髪に端正な顔立ち、虚無的なたたずまいとヴォーカルなど、すべてが強力にボウイを意識した造形で、全体に、楽曲だけでなくビジュアル的にも、デヴィッド・ボウイへのトリビュートを前面に押し出したジュークボックス・ミュージカル、という印象が強い。

ハンブルク・ドイツ劇場版『ラザルス』の主演は、映画でも大人気のスター俳優アレクサンダー・シェール。見た目も声も歩き方も、ボウイを研究し尽くした役作りが評判。右および背景の映像のアップは日本人女性役の原サチコ。© Arno Declair

客席数200の小劇場で、異星から地球に落ちて40年を経たニュートンの姿に、ボウイの終活を重ねる内省的なニューヨークの『ラザルス』とは、まったくテイストの異なる作品になっている。脚本の変更不可はもちろん、楽曲の別アレンジも禁止と、厳しく制限されている中で、よくぞここまで!と感心しきりだ。

楽曲使用料だけを考えても、大劇場でロングランしなければペイしない事情もあるとは思うが、そもそも、一般的に観客が期待し、満足するのは、明らかにこちらの路線だと思う。それに、主演のアレクサンダー・シェールが、ボウイの真似を超えてとにかく圧倒的に魅力的で、カリスマとしてのボウイに匹敵する存在感を持ち得ているのが、このプロダクション最大の強みだ。

NYTW版とハンブルク版は、気持ちいいほど極端に異なるけれど、どちらもあって然るべきだと思える。ボウイの手を離れた『ラザルス』は、この先いったい何処まで行くのだろう。他の街のプロダクションも、おそるおそる、でもしっかり、観比べてみたい。

公演情報

 

『LAZARUS』
会場:ハンブルク・ドイツ劇場
日程:9月14日(土)、15日(日)、26日(木)※10月以降の日程は随時発表予定
公式サイト:https://schauspielhaus.de/de_DE/stuecke/lazarus.1176562

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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