#19 ジャズのベスト100を選ぶ企画に参加したこと

#25 バーレーン×ジャズ×電子音なUKの才能を観た

最近、ジャズのベスト100を選ぶ雑誌の企画に参加した。名盤を選ぶ作業は楽しいのだが、やり始めると意外と難しい。名盤はずっと名盤なのか。評価は変わらないのか。そんなことを考えていたら一向に終わらなくて大変だったのだ。

先日、老舗音楽専門誌『ミュージックマガジン』 が2019年9月号で「2020年代への視点 50年のジャズ・アルバム・ベスト100」という企画をやるから、そのために僕が考えたベスト30を送れと言われたので、あれこれ考えていた。

ここ50年のジャズなので、1969年以降、つまりマイルス・デイヴィスが『In A Silent Way』をリリースして、エレクトリックな楽器がジャズの中でも一般化し、ジャンルの融合が一気に進んだ時代以降、という感じになる。よく「モダンジャズ黄金期」と言われる1950~60年代はほとんど入らない。ちなみにその企画は30~40人くらいのライターが選んだベスト30を集計して、ベスト100を出すという多数決方式。

そのために家のCDやレコードを漁ったり、AppleMusicを弄ったりしながら、69年以降の重要作を探してはメモをして、を繰り返して、100枚をはるかに超えるタイトルをリストにして、そこから優先順位を決めて、30枚に絞り込んでいった。ちなみに1969年以降の50年間の中から30枚なので、一年一枚以下の枚数しか選べない。本音を言うとちょっと無茶な企画でもある。

ここで作品を選ぶ際に「現在のジャズシーンへの影響力がある作品を優先するようにして、今の新譜を聴いているリスナーにも読む意味があるようなリストを選ぶ」という基準を自分に課した。つまりこれまでに山のように出版されているジャズの名盤ディスクガイドに載っているような定番を優先的に選ぶのではなく、ここ30年程のジャズシーンに起こった評価や歴史の再編みたいなものをできるだけ盛り込むように選んでみた。なぜならジャズ史はその時々に生まれた作品や演奏法、理論、または政治や社会の状況の変化によって常に書き換えられているからだ。

と、口で言うのは簡単だが、そんなことを考慮しながら選盤するのは実に難しい。評価が安定していたはずの名盤がしっくりこず、今のシーンへの影響力をベースにこれまでにはそこまで大きく扱われていなかった作品を選ぶとなんだか地味に思えたりもする。定番とされているもの、これまでにもよく掲載されていたもの以外を並べた時の視覚的な違和感は自分の中の固定観念がわかる瞬間でもある。

それ以外にも80年代以降のパンク〜ニューウェイブ、もしくは90年代以降のヒップホップやテクノ~クラブジャズ、オルタナティブ・ロック~ポストロックなど、ジャズ以外のジャンルの隆盛をきっかけに再評価された作品群がしっくりこなかったりするのも難しかった。自分が10~20代だったのころにジャズを聴くための新しい価値観としてフレッシュだったそれらの文脈も今だと全然ピンと来なかったりしたため、そこから選べる作品がかなり少なかった。あのころ、重要だと思っていた作品が、改めて振り返ってみるとそうでもなかったみたいなことの連続なのだ。

そして、あれこれ選んだ後に何かのヒントがないかと90年~00年代に発売されたディスクガイドやジャズ特集をやっていた音楽雑誌をぱらぱらとめくってみたが、これがほとんど参考にならなかった。その時代の基準で選ばれたものや、その記事がつくられたタイミングでの話題作や新譜は10年経つともはや文脈が変わっているので、それらの記事は古い文脈に依存したものになっていたり、今となってはどんな文脈なのかさえ読み取れないものさえあった。テキストを読んでみると、その時代のトレンドによって過大評価されているものだけでなく、不当に過小評価されていると思われる作品やスタイルがいくつもあるのがわかった。そういう評価や意味の変化ばかりで、10年という時間はここまで大きいのだと感じさせられた仕事でもあった。

そんなことを考えながら、自分のベスト30を選んでみたわけだ。かなり悩んで考え込んだリストなので、ぜひ本誌を見て、確認してもらいたい。

『ミュージック・マガジン』2019年9月号

この仕事をやり終わってから思ったのは、ディスクガイドというもの自体が、後々参考にならなくなるくらいには作られた時代の雰囲気や価値観が強く反映されてしまうものだということだ。逆に言えば、その時代の空気がしっかり刻まれてしまうフォーマットだとも言えるということだ。つまり、これは時代性を織り込むための企画でしかない。ただ、そこに先を読んだり、過去の歴史を鑑みたりしながら、不毛な抵抗をする企画でもあるのかもしれないなとも思った。

おそらく今回、僕が作ったリストも10年後に誰かが振り返った時には古くせぇなと思われたり、役に立たねぇなと思われたりするのは避けられないのだろう。でも、僕の作ったリストが使い物にならないくらいにジャズ史が大きく書き換えられた未来なら、僕も本望だとも思う。

普遍性はなくとも、その時代に何が起きていて、どんな価値観が流布していて、どんなことが考えられていたのかを残すこともメディアの役割だよなと思った仕事でもあった。ただ、その時代の空気をどれだけ鮮明に、丁寧に残せるかどうかはそれについて書く側の仕事のクオリティに委ねられている。

PROFILE

柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

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