#31
カナダの人気劇作家ニコラス・ビヨンの最新作が東京で世界初演された訳――『隣の家-THE NEIGHBERS』――

#31 カナダの人気劇作家ニコラス・ビヨンの最新作が東京で世界初演された訳――『隣の家-THE NEIGHBERS』――

カナダの人気劇作家が、100人ほどの小空間で上演される自分の作品を観に、自主的に東京にやって来たのも意外なら、観劇後、その日本のカンパニーのために新作を書き下ろしたいと発言し、有言実行したのもあっぱれ。そして、そんな経緯で世界初演された舞台が素晴らしかったという、ちょっといい話です。

映画監督と俳優、双方の活躍で才能を発揮している美しき鬼才グザヴィエ・ドランが主演した映画『エレファント・ソング』(日本公開2015年)の原作は、ドランと同じカナダ出身の劇作家、ニコラス・ビヨンによる同名戯曲だった。1978年生まれのビヨンは、いまカナダ演劇界でもっとも勢いのある劇作家で、『エレファント・ソング』は、彼の名を一躍有名にした、その出世作。

そんなことを知ったのは、日本では『エレファント・ソング』を始め、新進気鋭の人気劇作家であるビヨンの戯曲が、吉原豊司の翻訳と名取事務所のプロデュースによって、すでに3作品も上演されているからだ。

『エレファント・ソング』映画版公開から2年後の2017年に原作の舞台版の本邦初演となった。左から安藤みどり、藤田宗久、佐川和正。撮影:坂内太
『エレファント・ソング』映画版公開から2年後の2017年に原作の舞台版の本邦初演となった。左から安藤みどり、藤田宗久、佐川和正。撮影:坂内太

最初が2017年3月の『エレファント・ソング』(演出:扇田拓也)、次が同年6月の『屠殺人ブッチャー』(演出:小笠原響)。この初演は評判になったのに、ともに見逃していて、『屠殺人ブッチャー』が読売演劇大賞で4部門受賞したのを知って、逃した魚の大きさを思い知った記憶がある。

この秋、2年ぶりに演出(扇田拓也)とキャストが一部替わって、『屠殺人ブッチャー』の再演が実現。やっと観ることができて、遅ればせながら、ビヨンの謎と仕掛けに満ちた作劇術にまんまとハマってしまった。

新演出と4名中2名新キャストにより10月に再演された『屠殺人ブッチャー』。左から斉藤淳、西山聖了、渋谷はるか、髙山春夫。撮影:坂内太
新演出と4名中2名新キャストにより10月に再演された『屠殺人ブッチャー』。左から斉藤淳、西山聖了、渋谷はるか、髙山春夫。撮影:坂内太

トロント警察の分署に、意識朦朧として、聞き慣れない東欧語しか話さない高級将校の軍服を着た老人(髙井春夫)が運び込まれ、持っていた名刺から、弁護士ハミルトン(西山聖了)が呼び出される。ラム警部(斉藤淳)の問いに、心当たりはないと関わりを否定するハミルトンだが、老人の話す言語を理解し、次第にある記憶に思い当たる。一方、警部から通訳として呼び出されたエレーナ(渋谷はるか)は、老人の正体が、ある民族紛争における重要な戦争犯罪人の生き残り、通称「屠殺人ブッチャー」であることを突き止めてみせる。が、実は――。

と、大がかりなどんでん返しと、壮絶な復讐劇が展開する。まるで『ミッション・インポッシブル』のような大胆かつ周到なトリックと、戦時における人間の異常さ残虐さをリアルに追体験させるストーリー。その衝撃と巧妙さは圧巻だった。『エレファント・ソング』に続いて、やはり映画化の話が進んでいるというのも、至極納得がゆくところだ。

さらに今回は、この作品と日替わりで、日本で3作目となるビヨンの最新作『隣の家-THE NEIGHBERS』が初演された。これは本邦初演というだけではなく、なんと世界初演。2年前の『屠殺人ブッチャー』日本公演をわざわざ観に来たビヨンが、「このグループのために一本芝居を書いてみたい」と漏らし(当日公演パンフの翻訳者・吉原豊司氏の寄稿文より)、彼らのために書き下ろした、ホヤホヤの新作だというからびっくり!

内外の優れた現代戯曲を上演している名取事務所は、特に、本邦初演となる海外の同時代作家と作品の紹介に積極的で、客席数100人ほどの小劇場で行われるその質の高い舞台づくりは、演劇愛好者から厚い信頼を得ている。ビヨンにも、それが伝わったのだろうか。彼はその小規模な日本での公演を観るために、自らカナダ政府に助成金を申請して来日を実現したそうで、執筆発言も、日本側の依頼に応じたわけではなく、自発的なものだったというから、なんだかいい話だ。

世界初演となった『隣の家-THE NEIGHBERS』。左から吉見一豊、森尾舞、藤田宗久。撮影:坂内太
世界初演となった『隣の家-THE NEIGHBERS』。左から吉見一豊、森尾舞、藤田宗久。撮影:坂内太

『隣の家-THE NEIGHBERS』は、ある中規模都市の住宅街に住む夫婦(吉見一豊・森尾舞)が、顔見知りの隣の家で、10年間にわたって、彼らの娘の幼なじみでもある少女が監禁されていたという、衝撃的な事件について語る話。日常生活における近所づきあいや、隣人に関する不確かな情報や先入観、偏見といったものが、何気ない会話からあぶり出され、夫婦にとって、あらゆる意味で他人事でない事態が露見してゆく。

戯曲設定では、地区の住民たちは白人、ラテンアメリカ人、日本人などさまざまで、妻の言動に先住民族系の音楽が流れる暗示的な瞬間もあって、モザイク国家カナダの縮図のよう。それを、同系色の肌色の俳優しかいない日本のグループのために書き下ろしたビヨンには、これが特定の人種や宗教のバックグラウンドを持つ人だけのものではない、普遍的な問題であることを訴える意図があったのではないだろうか。このワールドプレミアは、それを見事に実証してみせる、刺激的な舞台だった。

ビヨンはこの世界初演に駆けつけることはできなかったそうなので、彼を始めとする初演を見逃した人のためにも、ぜひ早いうちに再演してほしい。

公演情報
名取事務所公演 現代カナダ演劇 ニコラス・ビヨン 2作品上演『隣の家-THE NEIGHBOURS』『屠殺人ブッチャー』

日程:2019年10月17日(木)~29日(火)
会場:下北沢 「劇」小劇場
作:ニコラス・ビヨン
翻訳:吉原豊司

 

『隣の家-THE NEIGHBOURS』
演出:小笠原響
出演:吉見一豊、森尾舞、藤田宗久

 

『屠殺人ブッチャー』
演出:扇田拓也
出演:西山聖了、渋谷はるか、髙山春夫、斉藤淳

 

公式サイト:https://www.nato.jp/topics.html#topi_1

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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