#24
ロンドンでダイメ・アロセナのライブを観た

#24 ロンドンでダイメ・アロセナのライブを観た

10月の頭にイギリスに取材しに行ってきた。その時にロンドンのWorldWide FMを取材に行ったときに、スタッフの木村さんからダイメ・アロセナのライブに招待してもらった。発売されたばかりの彼女の新作も素晴らしかったが、ライブも期待以上のものだった。

2010年代に入ってからキューバ音楽が急速に面白くなっていて、それはキューバの現地でもそうだし、国外にいるキューバ人たちに関してもそうだ。音楽が日を追うごとにどんどんオープンになっているから、でもあると思う。キューバ出身のヴォーカリストのダイメ・アロセナはそれを体現している一人だ。

個人的には2015年の『Nueva Era』のリリースと、来日公演は衝撃的だった。ルンバやマンボなどのキューバのリズムを軸に、ソウルやR&B、ジャズなどの要素を加えたサウンドは、これまでのキューバのボーカリストのイメージを覆すものだったと言ってもいい。

圧倒的な歌唱力が最大の武器で、音域も広ければ、声量もある。キューバ独特の叙情性がありながら、サラ・ヴォ―ンやディーディー・ブリッジ・ウォーターを思わせる高度なスキャットも披露する。ラテン・ジャズ~アフロキューバン的な曲ではそのテクニカルな歌唱が活きて、ライブでは大いに盛り上がる。更にゴスペル出身のシンガーのようにソウルフルでパワフルな歌も聴かせるし、R&Bシンガーのようなスウィートさもある。それはビヨンセあたりを想起させるものにも感じた。かと思えば、キューバの宗教音楽のサンテリアを思わせるようなスピリチュアルな歌を聴かせることもある。

そういった様々な歌唱法を全て兼ね備えていて、それらを的確に歌い分けているのが驚きだった。様々なジャンルを自分のスタイルで歌うだけでなく、曲が求めるフィーリングを意識的に歌い分けながら、そこに自分独自の色を加えていくのが彼女のスタイルで、しかも、そこにはテクニカルでパワフルで、かつ個性的な声そのものの魅力もある。そして、その歌の魅力を活かすようにキューバ音楽の様々なスタイルやリズムを軸にしながら、絶妙にジャズやソウルやR&Bなどを配合した楽曲が用意されていた。こういうハイブリッドさを持っていて、それが歌にも曲にもここまで洗練された形で出ているキューバの音楽を僕は他に知らなかった。2017年には2作目の『Cubafonia』をリリースし、そこではよりオーセンティックなキューバのサウンドの割合が増していたが、それでもその中にそのハイブリッドな個性が出ていた。

2019年の『Sonocardiogram』では一気に進化し、僕は驚いた。繰り返すが、これまでも彼女の音楽はハイブリッドだった。様々なジャンルがナチュラルに入り混じっていた。ただ、ここではそのサウンドが2010年代の演奏やアレンジにアップデートされていた。リズムやハーモニーが2010年代のアメリカのジャズと同じ地平に引き上げられたと言ってもいいのかもしれない。しかも、これまでは割とかっちりとラテンジャズのフォーマットだった。ジャズというにはバックの演奏はかっちりとし過ぎていた部分もあった。ただ、本作からは鍵盤もリズムに縛られずにより自由に演奏していて、バッキングを聴いていてもその自由さゆえにハーモニーはかなり豊かになっている。更に貢献度が高いのがリズムセクションで、ドラマーを聴いているだけでも、リズムパターンをどんどん崩したり、細かく割ったりしながら、自分たちのグルーヴを追及している。これまでのダイメのアルバムとは明らかに違うサウンドが鳴っていた。https://music.apple.com/jp/album/ruinas/1462346369

僕は10月にロンドンのクイーン・エリザベス・ホールでダイメ・アロセナのライブを観た。バンドはキーボードのJorge Luis Lagarza、ベースのRafael Aldama、ドラムのMarcos Moralesというトリオにダイメの歌が加わる編成。『Sonocardiogram』の曲を中心にアルバムよりもはるかに即興性の高い演奏を繰り広げていて、しかも、ダイメがバンドの演奏をアピールする時間が多かったのもあり、メンバーはその実力を遺憾なくアピールすることができていた。中でも目を引いたのがドラマーのMarcos Morales。新作で初めて、ダイメの作品に関わったハバナ出身の新鋭のドラミングが明らかにダイメのサウンドをフレッシュにしていた。彼の演奏には完全にホルヘ・ロッシやブライアン・ブレイド以降、さらに言えば、クリス・デイヴやマーク・ジュリアナ以降も消化している感覚があるのは明らかで、アルバムの中でも時折聴こえていた打ち込みのビーツっぽいサウンドを生ドラムで叩く演奏も実に自然に溶け込んでいた。

そう思って、調べてみると彼はMarcos Morales Quintet名義でアルバム『Ruinas』をリリースしていて、これを聴くとアヴィシャイ・コーエンやティグラン・ハマシアンなどを思わせるサウンドまでもが入っていて、キューバのジャズシーンにここまで世界中の音楽が入り込んでいて、そこにキューバの要素も加わり、想像以上にハイブリッドなジャズが生まれていることがわかる。https://music.apple.com/jp/album/ruinas/1462346369

そんなサウンドがベースにあれば、楽曲はよりチャレンジングなものになるし、バックに歌うダイメもまたこれまで以上にアグレッシブになる。ロンドンのホールで観たダイメのステージは、これまで何度か(日本で)見たことがある彼女のライブの中でも最高のものだったのは言うまでもない。

そういえば、ロンドンではライブを通して、特にアンコールの時に女性からの歓声が大きかったのが記憶に残っている。彼女は様々なインタビューでセクシャリティーに関する発言をすることも多い。中でも女性が自身の体形に対して自身を持つことや、女性が自分自身で選択し意思決定を行うように促すように、ある種、女性を鼓舞するようなメッセージを独特の表現でユーモアを交えて話すことも少なくない。そういった彼女に共感する女性が会場にかなりいて、目立っていたことが印象的だった。ちなみにアンコールの曲中にほぼ下ネタっぽい感じのコール&レスポンスを会場に求めていたが、それにはさすがのロンドンのお客さんたちも照れていて、意外とロンドンの客も大人しいじゃんと思っていたが、ファンの女性たちはがっつりやってました。サイン会の列にも女性が多くて、ダイメ・アロセナがUKで特に高い評価を得ている理由を実感できた気がしました。

『Sonocardiogram』で北米のシーンにもアピールできるサウンドになったこともあり、これからはますます活躍が期待できるダイメ・アロセナ。次の来日もお待ちしております。

PROFILE

柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

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