日本人にとっては『フランダースの犬』の舞台として有名なアントワープは、まさしくフランダース地方の文化の中心地。街のド真ん中に建つ築180年超の劇場の貫禄に目を奪われ、中に入ってさらにビックリの巻。
アントワープは、ブリュッセルに次ぐベルギー第二の都市で、同国のオランダ語圏、いわゆるフランダース地方を代表する街だ。
16世紀のブリューゲルから20世紀のドリス・ヴァン・ノッテンに至るまでの美術やファッションの人材においても、また、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(ローザス)、イヴォ・ヴァン・ホーヴェ、アラン・プラテル、ヤン・ファーブル、シディ・ラルビ・シェルカウイなど、現代のダンスや演劇の世界においても、「ベルギー」括りで名前が挙がるアーティストは、ほとんどフランダース地方に基盤を持つ人たちだ。ふだん私たちが接するベルギーの芸術文化というものは、ことごとくフランダース地方に偏ったものなのだなと、今回改めて思い知った。
おしゃれなアントワープの街の中央に位置するトネールハウスは、そんなフランダース演劇界を牽引する立場にある名門劇場だ。
その本拠である瀟洒なネオクラシックの外観を持つブルラ劇場は、19世紀前半の木造建築で、なんと現在も当時の舞台機構を使用しているという。舞台の奈落を見学させてもらったら、実に年季の入った木の柱が連なっていて、ちょうど同時期(1836年)に建てられた日本最古の芝居小屋、四国の金丸座(旧金比羅大芝居)を彷彿とさせるものがあった。(金丸座HPの平面図で「奈落」をクリック )
今回の取材でコーディネイトと通訳をしてくださった岡野珠代さんによると、この貴重な奈落の空間を使って、シディ・ラルビ・シェルカウイが作品を上演したこともあったそうだ。世界中を飛び回る人気振付・演出家で、現在はバレエ・フランダースの芸術監督でもあるシェルカウイが、アソシエイト・アーティストとしてトネールハウスに所属していた(2004ー2009)ころのことだ。
2006年からこの劇場の芸術監督をつとめる演出家のギー・カシアス(ヒー・カシールス)は、就任当初から、こうして自身を含めた5~6組のアソシエイト・アーティストによる集団体制で、劇場を運営している。
ひとりのリーダーの下に俳優とスタッフが集い、リーダーが交代すると俳優とスタッフも一緒にそれについて移動する、というパターンが多いヨーロッパの公立劇場において、これはかなり画期的なシステム改革の試みだったそうだ。
その結果、何がもたらされたのか。次回は現在に至るまでのトネールハウスの取り組みについて。
伊達なつめ
伊達なつめ
Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら
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