昨年初めてベルギーのゲントを訪ねて、その伝統と洗練を極める街の魅力に目覚めたつもりだったのですが、今年再訪したら、去年はとんでもない見落としをしていたことに気づいて愕然とした!という話。
初めてゲントを訪れたのは、昨年2月。シアターコクーンの『PLUTO』(浦沢直樹×手塚治虫 長崎尚志プロデュース、シディ・ラルビ・シェルカウイ振付・演出)のヨーロッパ・ツアーの取材でアントワープに行った際、急行で50分足らずのこの街まで行けば、『PLUTO』と同じシェルカウイ振付・演出(共同振付・演出:ダミアン・ジャレ)のオペラ『ペレアスとメリザンド』が観られると知ってのことだった。
ブリュッセル、アントワープに次ぐベルギー第3の都市、ゲント。そう聞いて、まあちょっと大きめの教会と劇場があるくらいの、よくあるヨーロッパの地方都市を想像していたのだけど、大きな間違いだった。まず街の南にある駅から中心に向かう街並みが、なんだか代官山みたいにファッショナブルであることに驚き、続いて行き着いたオペラハウスの内装が、ヴィスコンティの映画の一場面のような壮麗さと、時間の堆積を感じさせるくすんだ輝きに満ち、息を呑む美しさであることに、言葉を失うほど魅了されてしまった。
しかもそこで上演されていたのは、パリ・オペラ座バレエからビヨンセまで、コンテンポラリーダンスの枠を超えて世界を席巻するシェルカウイとジャレによる、審美的に洗練され尽くした『ペレアスとメリザンド』だったのだ。
さらに街の中心に歩みを進めると、ゴシックだのルネッサンスだのバロックだの、さまざまな時代の様式を反映した歴史的建築物が顔を突き合わせるように集合している広場に出る。白い塔がそびえる聖バーフ大聖堂には、15世紀にファン・アイク兄弟によって描かれた世界最古の油絵といわれる祭壇画「神秘の子羊」が収蔵されている(現在修復中)。向かいには、裕福な自由都市の証として14世紀に建てられ、街を見下ろしている世界遺産の鐘楼。その下の建物は、15世紀に建てられた繊維会館。
ゲントのこうした繁栄は毛織物職人によってもたらされたもので、「神秘の子羊」の制作も、毛織物で富を築いた商人の寄進によるもの。子羊=キリストという意味に加え、自分たちの商売を支える動物への感謝が込められた絵だったことを理解できるのも、このロケーションならではだ。
鐘楼+繊維会館の奥にある市庁舎は、15~18世紀にかけて建てられたもので、ビルの側面だけ見てもゴシック、ルネッサンス、バロックとそれぞれくっきり分かれている不思議な代物だ。
それぞれの建築物が半端ない迫力をまとっており、広場に立つと360°上方を見回すだけでボーッとしてしまう。
昨年の来訪時は、そんな驚きで聖バーフ大聖堂にだけ入ったのだけれど、今回、一年ぶりに訪ねて同じ広場の真ん中に立った際に、大変なものを見逃していたことに気づいた。大聖堂と鐘楼に挟まれた場所に建っているゴージャスなファサードの建物は、なんと演劇の劇場だったのだ!
これ自分の職業を考えると、気づかなかったことは、かなり致命的にまずい。しかもこの劇場の芸術監督(インテンダント)は、いまヨーロッパ演劇界でもっとも注目されているアグレッシブな演劇人、ミロ・ラウではないか。就任したのは昨年3月とはいえ、伝統も実績もあるヨーロッパの有力劇場を見逃し、その前のカフェにしか目がいっていなかった自分の不注意力の凄まじさに、暗澹たる気持ちになった。
というわけで、次回はこの伝統と洗練の街ゲントで、ヨーロッパ演劇の台風の目になっているミロ・ラウにばったり逢えたことと、彼が率いるNTゲントについて。
(★)ゲントの広場に立った時に目に入る風景を撮ってみました。白い彫像の右にちらっと目に入る黒い建物が市庁舎の端部分。その左が世界遺産の鐘楼と、繊維会館。道路とふつうのビルを挟んで、「神秘の子羊」の祭壇画で有名な聖バーフ大聖堂。その左のカフェ群を経て最後にそびえる堂々たるファサードの建物が、1899年に建てられたロイヤル・ダッチ・シアター。
伊達なつめ
伊達なつめ
Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら
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