ここ10年ほど、次々に建築される中国各地の劇場の規模の大きさには圧倒されるばかり。ハードだけでなく、ソフトにも若い世代が台頭して、新たな次元に突入している中国レポートその2です。
中国には2~3年に1回くらいのペースで行っているけれど、近年は来訪するたびに、新しく大きな劇場を目の当たりにすることになって、いちいちビックリしている。
上海大劇院(1998年オープン)など、15、6年前に訪ねた際には、じゅうぶん画期的なモダン建築の大劇場だった。が、ロビー内に噴水がある上海文化広場や、ザハ・ハディド設計の異形ともいえる大胆な造型の広州大劇院など、ここ10年ほどの間に観劇に訪れた劇場やホールは、それまでとは次元が違う規模の大きさだ。
たとえば東京の劇場と比較すると、オペラハウスから小劇場まで、3つの劇場を擁する初台の新国立劇場の総敷地面積は28,688㎡。中国の各劇場は、資料によって表記が建築面積、敷地面積、床面積などバラつきがあるので、とりあえずグーグルアースでごく大ざっぱに敷地面積を把握してみたところ、上海大劇院が約20,000㎡で、上海文化広場が約60,000㎡。広州大劇院は測定不可だったが、目測では威圧感も手伝ってか、上海文化広場より大きく感じられる。
そして今回、上海の次に訪ねた南京で、これらを遙かに上回る、超ド級の現代劇場建築に出くわした。
江蘇大劇院は、南京市の繁華街から10㎞ほど南西に下った、オリンピックスタジアム(南京オリンピックスポーツセンター)などがあるエリアに、2017年にオープンした巨大な芸術文化複合施設。
蓮の葉のしずくをイメージしたという4つの楕円形の建物の中に、オペラハウス(2037席)、劇場(1014席)、コンサートホール(1476席)、多機能ホール(325席)、大ホール(2540席)、国際会議場(746席)、美術館などが入っている。「占地面積」とあるのを総敷地面積と理解すると196,600㎡(グーグルアースでの計測も同じくらい)。よくある換算をするなら、東京ドーム約4個分にあたる。夜になると建物全体が電飾で点滅するように光り、入口は宇宙船のよう。外周を車で走っていると、もはやひとつの街みたいな広大さだ。最寄りの入口を間違えたら、開演時間に間に合わなくなること必至だと思う。
このとんでもないスケールの複合施設のオペラハウスで、上海歌舞団の話題の新作『永不消逝的電波(永遠に消えない電波)』を観た。
国民党と共産党の内戦時代。1938年から12年間にわたって身分を偽装して潜伏し、国民党の情報を傍受して味方に送り続け、最期は自身の生命と引き換えに重要情報を本部に送信して上海解放に貢献したという、実在の人物をモデルにした舞劇だ。
1930~40年代の魔都上海のミステリアスな雰囲気を背景に、スパイ活動を行う男と、偽装結婚ではあったが真の愛情で結ばれてゆくその妻のスリリングな日々が、ドラマティックに描かれる。
古典的な内容の作品が多い上海歌舞団としては初めての、チャレンジングな近現代物。全編にわたって、非常にスタイリッシュで洗練された美意識に貫かれている点に、まず圧倒される。小顔長身で技術も確かな、粒ぞろいの女性ダンサーの魅力を活かした絵画的な群舞に、女性が床と平行に横になった状態でのリフトなど、難易度の高いリリカルなデュエット。
振付・演出は、ともに’80年代生まれの韓真と周莉亜。上海歌舞団の陳飛華団長が、自身が審査員を務めたコンクールで金賞を獲得した新人を抜擢したそうだ。
「若い者たちに好きなようにやらせたら、こんなの創ってきたよ」
と陳団長が半分ぼやき、半分うれしそうに語るこの作品は、2018年12月に上海で初演されると大評判になり、2019年には、3年に1度、中国全土の各省から推薦された舞台芸術51作品の中から10作品を選ぶ「中国芸術フェスティバル」で、最高賞の文華賞を受賞。各都市を巡演中の現在も、チケット入手困難な大ヒット作品となっている。
ハード(劇場)もどんどん発展してすごいことになっているけれど、ソフトについても、才能ある若いアーティストやスタッフがチャンスを与えられ、しっかり結果を出している。経済成長は減速気味とはいえ、まだまだ躍進が続く中国は、やっぱり相当おもしろい。
伊達なつめ
伊達なつめ
Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら
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