#30 ちょっといいカタチが見えてきた東京芸術祭 ――世界に誇れる国際舞台芸術祭への道――

#42 舞台芸術の理想型――音楽・美術・演劇・映像・身体表現が融合 したオペラ

アヴィニョン演劇祭やウィーン芸術週間のような、国内外のすぐれた作品を集めた舞台芸術フェスティバルが、なぜかこれまで不発だった日本。ここ数年の改革によって、ついに東京芸術祭が、その任を負える存在になるかもしれません。

近年、海外の有力アーティストやカンパニーの公演が、日本を飛ばして、中国や韓国や台湾など、他の東アジアの都市で上演される事例が急増している。ただ、こうなる以前、つまり’90年代前後の、「アジアの公演地といえば東京か香港」といったイメージが定着していたころにも、個々の来日公演は多くても、世界中の話題作を集める国際的な舞台芸術フェスティバルは、(香港にはあるのに)東京には根付いていなかった。

実は、1988年秋に、池袋地区を中心とした隔年開催の「東京国際演劇祭」というのが始まり、’90年の開催時には、開場したての東京芸術劇場周辺を中心に、舞台芸術愛好者の間でも、けっこう盛り上がった記憶がある。が、その直後のバブル崩壊とともに規模は縮小され、形態や名称も変質してゆき、いつのまにか、部外者にはよくわからない状況になってしまっていた。

2016年に新たにスタートした「東京芸術祭」は、そんな風にさまざまな形で個々に開催されるようになっていた、豊島区エリアの舞台芸術公演や演劇祭を、各々の個性と独立性はそのままに、ひとつの傘の中におさめて、わかりやすく提示していこうとしたものだ。

初年度からしばらくは、そう言われても、やっぱり内実はよくわからないままだったけれど、昨年、静岡で「ふじのくに世界演劇祭」を成功させるなど、数々の実績を持つ宮城聰が総合ディレクターに就任。包括的なテーマや方向性の明確化を推進するようになって、やっと停滞から脱し始めた感がある。

たとえば、東京芸術劇場前の広場で、ワンコインで観られる野外劇を上演する企画(今年は総勢70名超のキャストによる『吾輩は猫である』)では、通行者はリハーサルを見放題だし、本番も立ち見席は無料と太っ腹なうえに、「池袋駅前で何かやっている」ということを広く周知できて、着実な成果を上げているようだ。

スマホが大活躍のろう者のコミュニティーで展開する、ロシアのレッドトーチ・シアターによる『三人姉妹』。若き芸術監督ティモフェイ・クリャービンの大胆かつ精密な演出といきいきとした俳優たちの名演が強く印象に残った。photo:Atsushi Goto

そして今年は特に、海外からの招聘公演のクオリティが素晴らしい。トーマス・オスターマイアー演出、ベルリンの名門劇場シャウイビューネ『暴力の歴史』のように、すでに世界的に評価の高いアーティストの作品を、日本でもコンスタントに上演する(オスターマイアーは過去3作品を日本で上演している)という重要な使命を果たす一方、初来日の若き鬼才ティモフェイ・クリャービン率いるロシアのレッドトーチ・シアターの『三人姉妹』のように、たぶん多くの日本のロシア演劇関係者にとっても初見であろう、新進気鋭のすぐれた才能をいち早く紹介するという責務も、しっかり果たしている。

ブラジル出身のデューダ・パイヴァが、自身の失明体験をもとに語り、歌い、パペットと格闘し、<br>共存する『BLIND』。photo: bozzo

やはり初来日のデューダ・パイヴァ カンパニーの『BLIND』も、人間の身体と病いの関係をパペットで可視化しながら、親しみやすく、かつ深遠で、美しくもグロテスクな独自の世界に観客を誘う、魅惑的なパフォーマンスだった。

この野外劇『吾輩は猫である』と『三人姉妹』『BLIND』は、続けてはしごで観ることも可能な時間設定になっていた。こうした効率的な楽しみ方ができるのも、フェスティバルのいいところ。総じて、世界の優れた舞台芸術を紹介する、<国際フェスティバル>の名に恥じないラインナップになってきたのではないかと、ちょっとうれしい気分になっている。

さらに今年から、次代を担う世界的才能を発掘できそうな、「ワールドコンペティション」が開催されることにも注目したい。世界の各地域の国際芸術祭のプロデューサーが推薦する、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの5地域6組のアーティストが作品を発表し、最終日に審査員たちが公開審査により議論を尽くして、「アーティスト審査員賞」「批評家審査員賞」「観客賞」の各賞を決定。最優秀作品賞は、来年の東京芸術祭で再演される、というものだ。ちなみに、アーティスト審査員の審査委員長は、ジュリエット・ビノシュ!

実は審査委員長をつとめる予定だったジャック・ラング(アラブ世界研究所所長・フランソワ・ミッテラン政権文化大臣)のピンチヒッターで審査委員長をつとめることになったジュリエット・ビノシュ。イヴォ・ヴァン・ホーヴェやデヴィッド・ルヴォーらの演出で舞台に立つバリバリの演劇人でもある。(c)Angelo Crichton

11月4日に開かれるビノシュらによる公開審査は、無料で誰もが観覧・傍聴可能(先着順)。観客は、世界のあらゆる地域の未知の才能に出会い、その作品を世界のプロフェッショナルたちがどのように批評するかを間近で聞けて、授賞式まで見届けることができる。これは相当に、刺激的かつ有益な体験となることは間違いない。  

参加作品は、ほとんどが60~75分と短めで、はしご観劇もしやすい。ぜひ、いくつかの作品を鑑賞して、審査員の議論と、賞の行方を見守りたい。将来の世界的アーティスト誕生の瞬間に立ち会えるかもしれない、貴重な機会というだけでなく、<批評>や<議論>に費やす言葉や態度について観客も学ぶことができ、フェスティバル自体への関心を、より高めていけそうではないか。

よきフェスティバルは、観客が育てるものでもある。積極的に参加して、東京芸術祭を観に行けば、世界の舞台芸術のヴィヴィッドな潮流をキャッチできる。そんなワールドクラスの芸術祭に成長させてゆきたい。

公演情報

 

東京芸術祭ワールドコンペティション2019
日程:10月29日(火)〜11月4日(月休)
会場:東京芸術劇場(プレイハウス、シアターイースト、シアターウエスト ほか)
参加作品はこちら→https://tokyo-festival.jp/2019/world-competition/

 

公開審査会と授賞式
推薦人プレゼンテーション
日時:10月29日(火)14:00~16:00
会場:東京芸術劇場 シンフォニースペース

 

推薦人トーク
日時:10月30日(水)16:00 / 17:00 10月31日(木)15:30 / 16:30 / 19:30
会場:東京芸術劇場 アトリエウエスト

 

アーティスト審査会
日時:11月4日(月・休)10:00~15:00
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト

 

批評家審査会
日時:11月4日(月・休)10:00~15:00
会場:東京芸術劇場 アトリエウエスト

 

授賞式
日時:11月4日(月・休)17:30~18:30
会場:東京芸術劇場 プレイハウス

 

各審査会は、入場無料・予約なしでの入場可能(先着順)

 

東京芸術祭公式サイト
https://tokyo-festival.jp/2019/

PROFILE

伊達なつめ

伊達なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。“The Japan Times”に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

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