ブロードウェイ here and now
ハリー・ポッターと呪いの子/ Harry Potter and the Cursed Child

ブロードウェイ here and now ハリー・ポッターと呪いの子/ Harry Potter and the Cursed Child

未だかってこれほど注目を浴びた芝居はなかっただろう。ハリー・ポッターシリーズの最後の本、『ハリー・ポッター 〜死の秘宝〜』が出版されたのは2007年、ハリー・ポッターの映画シリーズ最後の『死の秘宝 2部』がリリースされたのは、2011年夏。それから7年を経てブロードウェイに上陸した『ハリー・ポッターと呪いの子』に、アメリカのポッタリアンは飛びついた。

この作品は2部構成で第1部と第2部の両方を観て初めて完結するので、2日に分けて劇場に足を運ぶか、マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)を丸一日かけて観劇する必要がある。つまり切符も2枚必要となる。それにも関わらず、2018年にオープンした当初、ブロードウェイ史上で最もチケット入手が難しい演劇と言われた。

ハリー・ポッター・シリーズの原作本は5億冊売れ、映画版は8400億円という莫大な利益を出したとあって、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の制作費はなんと約75億円。普通のブロードウェイの芝居の制作費が3億〜5.5億円。大規模のミュージカルでも稀に28億円を超すか超さないかということを考えると、その額が尋常でないことがわかる。そして、その予算の半分が上演劇場そのものの大改装に使われた。屋内の仕切りを変え、二階席と三階席を弧の形に変え、物語の舞台ともなるロンドンのキングス・クロス駅とホグワーツ魔術学校を模した舞台装置のアーチを、客席の天井に設置。更にはロビーの照明や壁などいたるところに、作品の世界観を示す装飾を施した。 そして上演を開始した2018年4月の最初の週だけで2.3億円もの収益を上げた。

2016年のロンドンで初演され、演劇界で最高峰のローレンス・オリヴィエ賞を、作品賞も含め9部門で獲得した。そしてアメリカに上陸し、2018年のトニー賞では、演劇作品賞をはじめとする6部門でのトニー賞を受賞している。

魔法使いの少年の冒険と成長を描き、全世界の若者の間で爆発的な人気を誇る 『ハリー・ポッター』シリーズの正式な続編として書かれたこの戯曲は、設定がシリーズ最終巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』の19年後となっている。家庭を築き、父親として子育てに悩むハリー・ポッターと次男アルバスとの親子関係が軸になっている。ハリー・ポッターの第1巻が発表された1997年頃にファンとなり、今では社会人になったミレニアム世代を意識したのだろう。

オリジナル・キャストによって表現された役柄の話となるが、若いながらも男らしさのあったハリーは、子供に気を遣ってハラハラし、泣いては妻に慰められる神経質で頼りない父親になっていた。そして華奢で繊細な女の子らしさを感じさせながら、時折見せる芯の強さが魅力だったハーマイオニーは、国連の代表者のような自信のみなぎる大柄な女性になっている。「美しい」と書かれていたジニーも、中年太りで普通の人。最初から3枚目のロンだけが本や映画のイメージに近い。ハーマイオニーとロンの娘は肥満。

映画の成功は、若者が理屈抜きに惹かれる青年や少女を、原作以上に魅力的な子供を使ってキャスティングしたところにあった。普通の人に成長したファンに親近感を感じさせようとしたのかもしれないが、 ポッタリアンが『ハリー・ポッター』シリーズの未来としてイメージしていたものとは違ったような気がする。夢を売るエンタテイメント界が、ファンタジーの作品に現実を投影するのは、興行的に良い選択かどうか疑問だ。

しかし、全74場面もあるシーンは目まぐるしく展開し、そのスピード感は若い観客をも飽きさせない。プロジェクション・マッピングを使った映像の見せ場もなかなかだ。パイロテクニクス(火工術)やラスベガスなどで、お馴染みのマジック・ショーを想わせる古典的な舞台表現法を用いながら、『ハリー・ポッター』の劇中の魔法や悪霊をあそこまで上手く表現しているのは見事だ。

ちなみに、日本ではハリー・ポッターの大ファンを「ポッタリアン」というかわいらしい愛称で呼ぶが、アメリカでは「Potterhead」と呼ぶ。 俗語でマリファナは「Pot」と呼ばれ、その常習者を「Pothead」と呼ぶが、その洒落でハリー・ポッターに病み付きになった熱狂的なファンは「Potterhead」と呼ばれている。

文/井村まどか
photo by Manuel Harlan


Lyric Theatre

214 W 43rd St
New York, NY 10036
上演時間:第1部2時間40分(20分の休憩含む)、 第2部2時間35分(20分の休憩含む)

Lyric Theatre

SCORES

Wall Street Journal 7
NY Times 8
Variety 9

舞台セット 10
振付 9
衣装 9
照明 9
総合 8

井村 まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)

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