ブロードウェイ here and now
キングコング / King Kong

ブロードウェイ here and now キングコング / King Kong

1933年の映画で世界中に反響を巻き起こして以来、1976年、2005年とリメイクの映画が作られ、日本でも1962年に『キングコング対ゴジラ』が制作されるなど、世界のキングコングへの思慕は深いものがある。今回は初めての舞台版で、2013年オーストラリアのメルボルンで初公開後、何度も創作チームの入れ替わりを経て予定より数年遅れて、やっとブロードウェイで開幕した。

映画の大ヒットを舞台化する時、心に残った映画のイメージが邪魔して、すんなりと受け入れられにくい。これは映画の舞台化だけではなく、すでに世に出たヒット作品を基にしたものには、不可避の課題だ。この作品もその例に漏れず、そういうジレンマと大いに戦っている。『キングコング』はそれを打破すべく、現在ブロードウェイで出来うる全ての要素において楽しみを提供する事に重きをおいた。原作の物語を忠実に丁寧になぞるよりも、総合でアミューズメントパークの様な舞台を追求しようとしている演出側の意図を感じる。原作に忠実にしても、あれだけ有名になった映画を凌ぐのは容易ではないので、賢い選択だったと思う。

映画の主役になれると誘われて、ジャングルの髑髏(どくろ)島に着いたアン。蔦に巻かれている1シーンを撮影されしようとしている時、地面に大きな足音が響く。皆はその正体を見極めようとするが、深いジャングルの中でそれも叶わず、その足音だけが次第に近づいてくる。そして轟く雄叫びと共に、奥の暗闇から2階建てのビルの大きさの約1トンのキングコングがステージ中央いっぱいに現れる。観客からは大きな歓迎の拍手が沸き起こる。

この巨大ゴリラはオーストラリアで製作されたが、動物の動きを電子工学を用いて再現する技術アニマトロニクスによる操り人形である。ステージの真上が待機場所になっていて、舞台には上から降りてくる。ステージ上には10人からなる黒のフード付きの上着にパンツを着た黒子達(パペティア)が太い金棒やワイヤーなどを使って手足を動かし、一方ステージ裏では1人がキングコングの顔の表情や胴体の回転移動をコンピューターで操作し、1人が雄叫びなどの声を担い、もう1人はキングコングの本体そのものを登場場面に合わせて退場と登場の操作をしている。その裏方の3人とステージ上の黒子達が阿吽の呼吸で、キングコングに生命を吹き込んでいる。

途中、ストーリーから考えると必要もないのに、キングコングが舞台前方に出てきて手を客席の方に大きく伸ばし、大きい目で観客を睨んでグアーッと吠えるなど、観客へのサービスに徹した場面もあって、こちらも自然と興奮して笑ってしまう。浄瑠璃の伝統を持つ日本人から見ると、人形の指さばきが鈍いとか、走るとき前足がもっと伸びたらなどと思ったり、影のような存在であるはずの黒子役が「ちょっと目立ち過ぎ」などと煩く言いたくなる。しかし「僕も見て!」と言わんばかりに黒子たちが一生懸命にキングコングと共存する姿にもすぐに慣れて、可愛ささえも感じられる。これはこれでアメリカらしい新たな黒子のあり方なのだと、どこか納得すらしてしまうのは、この作品のトータルパッケージとしてのエンタテイメントを追求する姿勢が成功しているからだ。

舞台装置、衣装、照明、音響、映像、振り付け、出演者、裏方など挙げたらキリがないのだが、とにかくどの要素に対しても何かしらのエッセンスを加えて楽しむことに重きをおいている。まるで高級遊園地だ。CGや映画に慣れている若者の視覚を意識したのだろう、ステージを弧の形で囲むLEDスクリーンの画像が非常に鮮明な上、映像とセットのマッチングが絶妙で、3D映画にも似た不思議な感覚に襲われる。

特に蒸気船で映画監督のカール・デナムが率いる一行が髑髏島に向かう船上シーンは、ステージの奥の床が船首の形でせり上がり客席側に向かって傾斜して、背景の映し出された海の波の映像が上下しながら逆方向に動く流背効果で、船が波に向かって直進して上下しているかのような錯覚を起こさせる。

ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(2015)でローレンス・オリヴィエ賞の振付賞をとったドリュー・マコニーの振り付けも、若者が好むような動きを取り入れ、アフリカンダンスの流れを汲んだもので、キングコングの強さと捕らわれた苦しみを表現した作風を視覚的に作り上げていて、観客を退屈させない。音響も映画のように観る側の感情を増長させるために、次に何か起こりそうなハラハラさせる音で煽ったりして、上手に効果音を利用している。照明デザインは奇抜で若々しく、少しばかり前衛的ではあるが過去の映画『キングコング』と差別化するには十分な要素だ。これはあくまでエンターテインメントなのだと割り切って、無心に楽しめるだけ楽しんでほしい。

ブロードウェイでは一週間の上演コストが一作品平均で60万ドルかかる。そのほとんどが人件費だが、『キングコング』は裏方スタッフの人数も多いため、相当の上演経費だろうと推測される。すでに制作費が3千6百万ドルかかっているが、これだけの絡繰が必要な舞台だと簡単にツアー公演もできないので、ブロードウェイでロングランを成功させるのが必須かと思われる。

しかし、さんざんな劇評を受けている。芸術性を求めて満足したい人には薦めないが、挑戦的で新しい試みを手がけた勇気に拍手を送りたいし、中年層の評論家は、世界で最高の傑作ではないながらも、奇抜で新しい作品にもっと寛容でも良いのではないかと思う。

『キングコング』は、子供の頃、親の手に連れられて遊園地に行った時のように、要らぬことを考えずにウキウキワクワクして観れば良い作品なのである。童心に戻れば、いつだってそんな時間は楽しい。そこにあるのは世界最高峰の遊園地じゃないかもしれない、誰もが憧れる修学旅行先じゃないかもしれない。しかし、若い心には十分なアミューズメントの『キングコング』だ。

脚本はジャック・ソーン。イギリス人で、ローレンス・オリヴィエ賞とトニー賞の演劇作品賞を獲得している。

文/井村まどか
photo by Matthew Murphy


Broadway Theatre

1681 Broadway
New York, NY 10019
上演時間:2時間15分(15分の休憩含む)

Broadway Theatre

SCORES

Wall Street Journal 4
NY Times 2
Variety 7

舞台セット 10
作詞作曲 7
振り付け 10
衣装 7
照明 10
ストーリー 6
キャスティング 6
総合 9

井村 まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)

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