トニー賞授賞式の宴が終わって、ブロードウェイhere and now

トニー賞授賞式の宴が終わって、ブロードウェイhere and now

6月9日CBSで夜8時から放送された第73回トニー賞授賞式は、例年どおり、日の出をモチーフにした美しいラジオシティー・ミュージックホールで行われ、進行役ジェームズ・コーデンが 映画やテレビも良いけれど、何といっても生の舞台は違うよ〜とユーモアいっぱいの歌でスタートを切った。トニー賞演劇主演男優賞も受賞しており、現在はテレビの『ザ・レイト・レイト・ショー』のホストも務める多才なジェームズは、ダンサーたちに囲まれながら6000人近い観客の大歓声に包まれた。

ミュージカル助演男優賞アンドレ・デ・シールズのスピーチ

それから、いくつかの部門の受賞が行われる合い間に、『エイント・トゥー・プラウド』と『トッツィー』のナンバーが披露された。そして、その後ミュージカル助演男優賞に輝いたのは『ハデスタウン』でヘルメス役を担ったアンドレ・デ・シールズだ。50年のキャリアを持ち数々の賞を受けてきた彼も、トニー賞は初めて。


ミュージカル助演男優賞は『ハデスタウン』のアンドレ・デ・シールズ 
photo by Matthew Murphy 2019

メリーランド州ボルティモアの貧困街で11人兄弟の9番目として生まれた彼が25歳になった時、周りには3人の兄弟しか生き残っていなかった。厳しい生活の中、若い頃に歌手を目指していた両親や周囲の夢を引き継いでニューヨークに出てきた過去を持つアンドレ・デ・シールズは、受賞スピーチで言っている。「ボルティモアのみんな、聴いているかい? 僕は約束を守った。ニューヨークで「彼はボルティモア出身なんだ!」と誇ってもらえる人になったよ」 。

小さい頃から寡黙で哲学的に物事を考える彼は、続いてこんなふうにスピーチを締めた。「73歳になる僕がこんなに長く続けられた3つの方法を、この機会に皆さんとシェアしたい。一つ、自分を見た時、目を輝かしてくれる友達の中に身を置くこと。二つ、本当にやりたいことに辿り着く一番の方法は、時間のかかる道だと知ること。三つ、辿り着いた山の頂は、次の山の麓。だから常に登り続けること」。

ミュージカル主演女優賞のトロフィーは、ステファニー・J・ブロックの手に渡る。彼女が演じたのは、「ポップスの女神」として君臨する大御所シェール。その生涯を描いたミュージカル『ザ・シェール・ショー』で現在46歳のステファニーは、成熟したシェールを見事に演じている。シェールの特徴のある太い声を出すのは難しい。 白くするために歯に貼るシートも使ったという話もある。トニー賞ノミネートが3度目というベテランの彼女だからこそ、その声をマスター出来たのだろう。 


Cher Shミュージカル主演女優賞は『ザ・シェール・ショー』のステファニー・J・ブロック
photo by Joan Marcus

ミュージカル助演女優賞は、車椅子の俳優としてトニー賞受賞が初めてとなるアリ・シュトレーカーが取った。2歳の時交通事故に遭遇し、胸から下が麻痺していたにも関わらず、小学4年生の時、学校で催された劇「オズの魔法使い」の主人公ドロシーを演じた。そこで輝く娘の姿を見た両親はその才能に驚き、身体障害者としてこの道に進ませるためにはどうしたらいいかと考えたと言う。彼女は『オクラホマ!』(のちほど紹介)で、男性にノーと言えず、キスをされるとキスを返してしまうキャラを見事に演じている。 

ミュージカル主演男優賞サンティノ・フォンタナの歌唱

途中、ジェームズ・コーデンが、ラジオシティー・ミュージックホールのトイレで 歌い始める。ミュージカル『ビー・モア・チル』の中で、パーティーに行ったものの、自己嫌悪でトイレから外に出れなくなる高校生が歌う「Michael in the Bathroom」をひねった替え歌だ。この「James in the Bathroom」は、「僕にはトニー賞の司会者なんて、無理 。 怖くてトイレから出られない」と歌う。途中で、去年のトニー賞の司会を務めたサラ・バレリスとジョシュ・グローバンも「僕らも去年からずっと、トイレから出られない」と歌に加わって、笑わせてくれた。 

『ビー・モア・チル』は日本発祥のオタク文化の影響を受けている作品だが、その中の 「Michael in the Bathroom」を含めた楽曲がSNSを介して瞬く間に世界中に拡がった。しかし10代、20代の若者を中心に大ヒットしたこの作品は、トニー賞オリジナル楽曲賞のノミネートの一つだけで、授賞もなかった。番組の構成を担う誰かが受賞式で替え歌を唄うことで、この作品に敬意を表したのだろう。それにしても昔から若い客層を増やそうとしてきたブロードウェイだが、SNSなどによる拡散や、それを見事にしてみせた若者達を受け入れる心の準備は、まだ出来ていないようだ。

ミュージカル主演男優賞は、受賞まちがいなしと言われていた『トッツィー』のサンティノ・フォンタナが獲得した。彼は3年前、演出家のスコット・エリスと、ステージで2週間程仕事するうちに意気投合し、その1週間後にスコットから送られてきたのが、『トッツィー』の台本だった。それから3年間、サンティノはあらゆる努力を拒まなかった。映画が元となったミュージカルだったが、舞台ゆえに撮り直しや編集はできない上、歌わなければならない。主演の彼がハイヒールで歩くのは当然だが、立ち方、座り方などの所作を習得し、舞台上では瞬時に男女を切り換えて演じなければならない。


ミュージカル主演男優賞は『トッツィー』のサンティノ・フォンタナ
photo by Matthew Murphy 2019

彼は自宅で、最初は1日30分、次の日は40分、というふうに徐々にヒールでのいろいろな姿勢やジェスチャーに自分を慣らしていった。また、歌のコーチと一緒に女性の声の出し方と呼吸の仕方を観察し、男性の声帯との違いもリサーチしていた。男性の彼には音域に限界があるので、女性の声質らしくするために唇、舌、喉頭、顎、横隔膜の使い方を考え抜いて練習したそうだ。だから彼が演じる男性マイケルと女装したドロシーとは、呼吸の仕方も声の共鳴の仕方も違う。その努力に拍手を送りたい。

ミュージカル作品賞には大本命の『ハデスタウン』が輝いた。彼らは他にも助演男優だけでなく、演出、オリジナル楽曲、編曲装置デザイン、照明デザイン、音響デザインまでも持っていった。(『ハデスタウン』についてのレビューはこちら

ミュージカル作品賞には大本命の『ハデスタウン』
photo by Matthew Murphy 2019

リバイバルミュージカル作品賞『オクラホマ!』

リバイバル・ミュージカル作品賞で『キス・ミー・ケイト』 を退けて受賞した『オクラホマ!』にも注目したい。

『オクラホマ!』は、『回転木馬』『王様と私』などの名作を続けて世に出したロジャースとハマースタインによるミュージカルで、1943年当時、額面が5ドル弱のチケットにプレミアがつき、50ドルまで高騰したという。


今回、ブロードウェイ史上初の大ヒットだった同作品の6回目のリバイバルとなる。斬新な手法で知られる演出家ダニエル・フィッシュのブロードウェイ・デビュー作品だけあって、一味も二味も違う。世に知られている作品なのであらすじは触れないが、ストーリー展開は工夫されている。 例えば従来の第一幕の最後にあるカーリーが夢を見るシーンは、完全に省かれて、その代わり二幕目が黒人女性のダンスで始まる。彼女は「Dream My Dream」と書かれた白いTシャツを着て、緊迫した雰囲気を醸し出す振り付けと音楽で踊り続ける。そのダンスの合間にブーツが何足も天井から降ってくる。

終盤の見どころは、恋敵のジャッドが、カーリーとロリーの結婚式場に乱入してカーリーをナイフで襲う場面だが、今回はナイフが銃に代わっている。しかもジャッドがそれをカーリーに渡し、自分を撃たせ、カーリーはその返り血を浴びて、一瞬誰が撃たれたのか良くわからない緊張が走る。大団円では正当防衛となったカーリーが、やはり返り血を浴びた花嫁や村人達と楽しそうに楽曲『オクラホマ!』を歌う。超現実的で不気味なラスト・シーンだ。

この作品は好き嫌いがはっきり分かれるだろう。古典的な名作を期待するのではなく、ブロードウェイ作品の創り方のスタイルのひとつを観る感覚で、鑑賞に行かれることをお勧めする。千秋楽は2020年1月19日に予定されている。


演劇 『フェリーマン』、『真夜中のパーティー』も見逃せない

ミュージカル部門から演劇部門に目を向け、演劇作品賞を見事獲得した『フェリーマン』、そしてリバイバル演劇作品賞を取った『真夜中のパーティー』の2作品を紹介したい。

新作演劇作品として今年、王座の地位を得た『フェリーマン』は、2017年春以来、英国ロイヤル・コート劇場でのチケット完売記録更新と、延長公演を繰り返した後、ようやくブロードウェイにやって来た作品だ。

舞台は1981年の北アイルランド。かつてIRA(アイルランド独立闘争を繰り返してきた武装組織)の幹部だった主人公クインは、弟の行方不明を期に組織を脱退し、今では代々引き継いてきた田舎農場の主人として、大家族と供に質素な生活を送っている。しかし長い闘争の歴史は容赦なく彼を、醜い争いへと巻き込んでいく。正義を唱える団体が、そのために悪を犯し、そこから生まれる恨みと憎しみが、さらなる暴力を生む。その繰り返しが、守る筈だった身近な人々の生活を根底から破壊していく。

北アイルランドの歴史的背景を基に練り上げらたこの作品が、かつてIRAのテロに怯えていたロンドンのウエスト・エンド(ニューヨークのブロードウェイにあたる)を中心に人気を博したのは当然といえば当然だ。歴史的事実に立脚したミステリードラマの緊迫感は凄まじい。IRAが関与した失踪事件のサスペンスとして観るのもいいし、大家族の農民家庭を背景としたヒューマンドラマとして観るのも楽しみ方の一つだろう。老若男女、赤ん坊や動物に至るまで、キャストの多様さも見所で、出演者一人ひとりにそれぞれの設定が与えられ、個性あるキャラクター作りとなっている。その中の人間模様とドラマを楽しむのも悪くはない。


しかしこの作品を観に行かれるかたには、簡単でいいので、背景となっている歴史的事実の予習をお勧めする。「ブロードウェイ交差点」ではそのあたりを簡単に紹介しているので、観劇前には是非読んでいただきたい。 なお、フェリーマンとは、ギリシヤ神話であの世とこの世を隔てている川を渡る船の船頭のことだ。千秋楽の予定は2019年7月7日。

今回のトニー賞で一番の大穴だったのは、リバイバル演劇作品賞をとった『真夜中のパーティー』だ。すでに昨年8月に千秋楽を迎え、誰の優勝予想にも挙がっていなかった。これだからトニー賞は面白い。

初演は1968年オフ・ブロードウェイ。当時大ヒットして映画化もされた。ゲイであることをオープンにすれば疎外され、偽って生きていけば孤独感に苛まれ、それらのために傷つき、そして深い自己嫌悪に陥る彼ら。しかし自分を偽って生きて苦しむのは、程度の差こそあれ、全ての人にとっての普遍的な経験であり、それが凝縮されているからこそ多くの人にこの作品は認められるのだろう。

初演からの50余年を経た本作品が今回受賞した時、作家マート・クロウリーは、トロフィーを固く握り締め、涙を流して語った。その姿から50年前ゲイとして生きる厳しさや、上演にこぎ着けるまでの当時の世間の風当たりの強さが伝わってくる。あの時創作に関わった勇気ある人たちのおかげで、今のLGBTの存在があることを忘れてはいけないという隠れた願いが込められて、この作品は賞をとったのかもしれない。興味のあるかたは1970年に創られた同名の映画版の鑑賞をお勧めする。印象的な音楽もあいまった、いい作品だ。


ブロードウェイ作品の収益について

さて、プロデューサー達にとっては、資金を回収し利益を上げるのが、一番の課題となる。そこで最後に、ミュージカル作品賞のノミネートされた直近の収益を紹介しようと思う。

ブロードウェイの今シーズン(5月から4月) の切符の売り上げは、2000億85万円という数字が出て記録が更新された。今年はスター・ウォーズのアダム・ドライバーをはじめに、ジェフ・ダニエル、トム・スターリッジ、ジェイク・ジレンホール、ブライアン・クランストン、ローリー・メトカーフ、アネット・ベニングと、ハリウッドでも活躍する俳優が数多く出演したことにも理由はあると思うが、今までになくYouTubeでブロードウェイの情報が広域に渡って露出されたこともあるだろう。

では、個々の作品はどうだろう。『ハデスタウン』の6月9日の週の収益は、約1億2800万円($1,181,102)。『エイント・トゥー・プラウド』が 約1億6400万円($1,513,346)。『トッツィー』は、6月9日の週、約1億1700万円($ 1,086,945)の収益をあげている。トニー賞を受賞した『ハデスタウン』は、きっとこの優勝を受けて需要が上がり、切符の値段も上がって収益も増えるだろう。しかし面白いのは、これだけの収益も、 『ハミルトン』の6月9日の週の約3億4100万円($ 3,153,319)という数字には届かない。

どちらにしても凄い額だが、何しろブロードウェイでは舞台を1週間見せるだけでも、約6700万円の運営コストがかかる。開幕に辿り着けるまでの費用を完全に回収するのにも時間がかかるので、損を抱えたまま千秋楽を迎える作品も少なくない。そこで「ブロードウェイの作品」という看板を掲げて全国ツアーする作品もある。とにかく莫大な費用がかかりリスクも大きいので、ディズニーなどの大手企業や、代々続く大資産家でないと利益が出るようになる前に息が切れてしまう。一方成功すれば、かなりの大金が長期間にわたり懐に舞い込んでくるので、それを使って次のリスクを背負って彼らは進む。そんなことから5月のノミネートの発表から授賞式までの間、各作品のプロデューサー達は懸命にPR活動に走り回っていた。彼らは授賞式が終わり、ひと時の休みを取っていることだろう。お疲れさまでした。

文/井村まどか

PROFILE

井村まどか

井村まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)

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