vol.58
“ナイトタイムエコノミー”が日本経済をブーストさせる|女性が主導する “夜遊び”のビジネスモデル
2018年に訪日観光客が過去最高の3000万人を超えるなど、過去数年で急成長したインバウンド観光需要。新型肺炎による急激な落ち込みはありますが、収束した後は再び拡大することが期待されます。その際、重要になる要素のひとつが、日没から日の出まで(18:00〜6:00)の夜の経済活動全般を指す「ナイトタイムエコノミー」の活性化です。
そこで「H(エイチ)」では2019年10月11に、ナイトタイムエコノミーをテーマにした3部構成のトークセッションを開催。第1部では、A.T.カーニー日本法人会長でナイトタイムエコノミー推進協議会理事の梅澤高明さんをモデレーターに招き、ナイトシーンにおける女性の活躍を後押しするCHICKS ON A MISSION TOKYO(COAMT)共同代表の臼杵杏希子さん、嶋田ミミさんとNaz Chrisさん、そして森ビルの伊藤佳菜さん、渋谷区観光協会の堀恭子さんの豪華5名のクロストークを展開。女性がナイトカルチャーのなかで果たす役割や今後の課題を伺いました。
梅澤高明(A.T.カーニー日本法人会長、ナイトタイムエコノミー推進協議会理事/以下、梅澤):皆さん、こんにちは。第1部「女性が主導する“夜遊び”のビジネスモデル」のモデレーターを務めさせていただく梅澤です。
まず、なぜいま「ナイトタイム」というキーワードが盛り上がっているのかというところで、風営法改正について少しお話させていただきます。従来この法律のもとでは、ダンスクラブの深夜営業は非合法とされていました。実態としては長年、グレーゾーンとして黙認されてきた深夜のクラブ営業ですが、2010年の大阪アメリカ村での摘発を皮切りに、全国で多くのクラブが摘発されました。その結果、日本のナイトシーンが急速に低迷してしまった、というのが2014年までの状況です。
本日の出演者の方々を含め、さまざまな関係者が集まって法改正運動を起こし、私自身もロビー活動に参加しました。民間と行政の関係者と超党派の議連の努力で、2016年に改正風営法が施行されます。その結果、エリアや面積など一定の要件を満たすクラブは、免許を取得すれば早朝まで営業ができるように制度が整いました。この状況を受けて、日本のナイトカルチャーをもう一度発展させるために積極的に活動しているのが、今回の登壇者の方々です。 第1部では、ナイトカルチャーを牽引する女性リーダーの皆さんに集まっていただきました。まずはCOAMT代表の臼杵杏希子さんに、CHICKS ON A MISSION TOKYO(以下、COAMT)が立ち上がった経緯をご説明いただこうと思います。
臼杵杏希子(COAMT代表、TEAL Inc.代表/以下、臼杵):2017年にアムステルダムのナイトメイヤー(夜の文化・経済の増進を図る象徴的な人物や組織)だったミリク・ミラン氏が現地で開催している「CHICKS ON A MISSION」という、ナイトシーンに関わる女性の会議に参加者としてお招きいただく機会がありました。そこではDJやバーなど夜の現場に生きる女性たちが、自分たちにとってより良い環境を目指すためにはどうすれば良いか議論し合っていました。
観客のなかには男性もいましたが、トーク中飛び交う多様な意見に男女問わず全員が耳を傾けている様子を見て、素晴らしいと感じたんです。「日本でも同じことがしたい」と思い、CHICKS ON A MISSIONの東京支部を立ち上げました。最近はナイトシーンで働く女性も増えていますし、DJカルチャーの規模が拡大しているため女性のアーティストも増加傾向にあります。そういった、さまざまな女性が意見を発せられる場をつくりたいと思い活動しています。
梅澤:ありがとうございます。COAMTには、臼杵さんの他にも共同代表がいらっしゃいます。それが嶋田ミミさんとNaz Chrisさんです。おふたりは、どんな問題意識で活動されているのでしょうか?
嶋田ミミ(MiMi Shimada LLC代表/以下、嶋田):私たちは単純に女性の在り方を考えるのではなく、「ナイトシーンにおいて女性がどう能力を生かし、どう活躍できるのか」について、意見交換できる場をつくるために活動をしています。海外にいたころ、「肌の色や性別で差別せず、年齢も関係なくキャリアが一番大切」という合理的な考え方が社会に浸透していました。ですが、日本に帰ってきて「女の子はこうあるべき」とか、ナイトシーンで言えば「女の子の夜遊びは良くない」といった考え方が強いと感じました。だからといって、日本を海外と同じ傾向にしたいというわけではなく、「どんな環境でもその人が自分らしく働ける」ことが理想だと思っています。COAMTはそのひとつの発信源だと思っています。
Naz Chris(DJ、プロデューサー、エージェント):Naz Chrisと申します。普段はDJやラジオディレクター、放送作家をしているロンドン生まれの帰国子女です。私も嶋田さんと同じで海外の方法論だけが良いと思っているわけではありませんが、グローバルな視点で見ると、議会の半分を女性議員が占める国があるなど、女性視点の考え方が浸透している国が世界には多くあります。また、ジェンダーが関わる話の場合、当事者の意見が見えるような場所づくりはとても大切だと思っていて、そこで「日本のナイトシーンで活動する女性はもちろん、LGBTなどセクシャルマイノリティの方や、これからを担う若者世代の活躍の場を整え、おもしろいことを実現していきたい」という想いでCOAMTの活動をしています。
梅澤:3人は、ライフステージもそれぞれ違うそうですね。
Naz Chris:「CHICKS ON A MISSION」の「CHICKS」とは、「ひな・ひよこ・若い女性」という意味です。そこでCOAMTでは、子育てを終えた世代/子育て中の世代/子育て前の未婚世代、と女性のライフステージを3段階に分け、3世代の共同代表で運営しています。臼杵さんは既に子育てを終えられている世代で、嶋田さんは育児をしながらナイトシーンで働いています。そして私は未婚で子育て前のライフステージです。だからこそ、さまざまな視点からの意見を反映させて、多角的な活動ができる部分もあると感じています。
梅澤:一方で、伊藤さんと堀さんは、普段はナイトシーンを中心にお仕事をされている方ではありません。今回、どのような問題意識でセッションにご参加いただいたのでしょうか?
伊藤佳菜(森ビル株式会社/以下、伊藤):森ビルは六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズなどの街づくりをしているデベロッパーですが、今日は「ナイトタイムを盛り上げたい」と思うひとりのサラリーマンとして参加しています。今回「女性とナイトタイム」がテーマになっていますが、ナイトタイムエコノミー推進協議会や観光庁の取り組みなど、現状ナイトタイムエコノミーに関わっている方の多くが男性なので、自分のような立場の人間の想いも伝えられたらと思います。
梅澤:伊藤さんは、「Creative Footprint Tokyo」のコアメンバーとしても活動されています。東京という都市の音楽を中心とした文化生態系の質を分析することで、クリエイターと行政、観光や都市開発の懸け橋となることを目指すプロジェクトですね。堀さんはいかがですか?
堀 恭子(一般財団法人渋谷区観光協会PRマネージャー/以下、堀):渋谷区観光協会の堀と申します。渋谷区は現在ナイトタイムエコノミーを推進していまして、観光協会としても、2016年の風営法改正をきっかけにさまざまな取り組みを始めています。まず、2016年にはZeebraさんに渋谷区のナイトアンバサダーへ就任していただきました。
またその翌年、渋谷区の観光案内所が18時に閉まってしまうので、区内のお勧めのナイトスポットを紹介する渋谷の「ナイトマップ」を作成しました。2019年からは渋谷区のナイトガイドツアーも始めています。そうした施策を進めるなかで、実際にナイトシーンで働く方々と行う会議では男性の出席者が圧倒的に多いため、女性の意見が見えづらいと感じていました。今日は皆さんとのお話を楽しみに参加させていただきました。
梅澤:クラブシーンで働く方々についてのお話を聞く前に、より一般的なことを伺ってみようと思います。そもそも、いまの日本の女性は夜遊びを活発にしているのでしょうか。そうではないとしたら、どんなことがハードルになっていると思いますか?
Naz Chris:正直に言いますと、海外の主要都市と比べ、人数は多くはないと感じます。「行きたい気持ちもあるけれど、どうしても二の足を踏んでしまう」という方が多い印象ですね。夜に出掛けるとなると、やはり終電の問題があります。景気が良い時代ならタクシーで帰ることも気軽にできましたが、いまはそうではありません。ですから、もう少し夜でも気軽に出歩ける環境が整えば、ナイトシーンで遊ぶようになる方は増えるのではないでしょうか。
臼杵:そのためにも、ギリギリ終電で帰れるようなイベントが増えても良いかもしれませんし、終電を過ぎても自宅の近くまで帰れる交通インフラが整っていれば、遊びやすくなるかもしれません。バブルの頃のように女性が気軽に夜遊びに行ける環境は大きな経済効果も期待できるので、ナイトシーンで活動する側としてももっといろいろな遊び方を提供する必要を感じます。
梅澤:普段ナイトシーンで働いていない伊藤さんや堀さんは、どう感じますか?
伊藤:メディアなどで一般的に言われている「若者が夜遊びをしなくなった」ということについては、そうではなく、膨大な情報が手に入る時代なので個々人の趣味が多様化しているのだと思っています。というのも、いまの若い人たちも夜遊びが好きな人は遊んでいますし、音楽好きの人はナイトクラブにも行きます。一方で、外に出るよりも家でネットフリックスを見ていたい人もいるし、日によって両方やりたい人もいるわけです。ニーズが多様化する世の中に合わせて、ナイトシーンにも多様性が必要なのかもしれません。また、現在の日本は少子高齢化が進み、バブルの時代とは人口ピラミッドのかたちが異なっているので、ただ社会全体から見た若者の数が減少したことも、若者に勢いがなくなったと見えることに関係しているのではないでしょうか。
堀:実際に渋谷区の場合、夜中の3~4時に出歩いているのは若い人のほうが非常に多いです。ですから、若い人が夜遊んでいないかというと、少なくとも渋谷区はそうではないという実感があります。若い人のなかでも、社会人になりたての人たちが夜遊びに出歩くことが少なくなっているという状況はあるかもしれません。
伊藤:私も社会人として昼間働いていると、次の日の仕事のためにある程度ケアを考えて行動することは大事だと感じます。あと、特に女性の場合は、一度でも夜遊びで嫌な経験をしてしまうとなかなか再び出ることを躊躇してしまうものだと思います。
臼杵:ナイトクラブを運営したり、場をつくったりする仕事をしている立場としては、そうした女性の気持ちに配慮した環境をより整えながら、同時に「何としてでも遊びに行きたい!」と思えるようなお店やイベントをつくっていくことが一番大切だと感じています。今年初めてフジロックフェスティバルに参加しましたが、行ってみるとすごく楽しかったんですね。近年、野外の音楽フェスは日本でも非常に盛り上がっていますが、実際に体験して、室内で音楽イベントをつくっているクラブ側の努力が足りないと感じる部分も見えました。そういう意味でも、企画・運営側に女性がさらに参画していくことで、女性目線のポイントを押さえたお店やコンテンツ、導線づくりができるなど、新しいアイデアが生まれると思います。
Naz Chris:この10~20年ほどの間に、ファッション業界ではカリスマ店員やブランドプロデューサーのブームがありましたが、彼女たちの持つ女性ならではの視点があのブームを支えていたと思います。そうした女性だからこそできることが、夜のシーンにもあるのではないでしょうか。また以前、アメリカのブルーノート・レコードのドン・ウォズ社長が「音楽産業から本当の音楽ラバーがいなくなってしまうと、後から入ってきたビジネスマンがシーンをつくるようになり、大概がおかしなことになる」という趣旨の発言をされていました。逆に言えば、本気で何かをつくろうとする人たちが集まる場所であり続ければそこはおもしろい場所になるはずですから、本当にナイトシーンを愛する人たちが集まり、ホスピタリティをもって環境を整えていくことが大切なのです。
梅澤:女性がプレーヤーとして実際にナイトシーンで活動するにあたって、課題に感じていることはありますか?
嶋田:やはり、まだまだ発言の場に参加する女性が少ないことです。20人ほどが集まる夜のエンターテインメントに関する定例会議に毎週出席していますが、3つの会議のうち2つでは女性は私ひとり、もうひとつは私を含めた2人だけしかいません。そういう意味では、まだまだ女性が自分自身の意見を言いづらい環境なのかもしれません。
臼杵:DJとしてブッキングされる女性アーティストの割合は増えてきていますが、女性がクラブシーンで働く場合、顔が見えるキャッシャーやドリンカーのような役割で働くことが多く、クラブのオーナーを務めるようなことはとても少ないのが現状です。もちろん、古くから女性がオーナーのおもしろいお店もあります。ですが、もっと女性が参入できれば、いまとはまた違う視点やジャンルのお店がたくさんできるのではないかと思っています。ナイトタイムエコノミーの盛り上がりを通じて、「じゃあ、私がやってみよう」と多くの女性が参入してくれるようなインセンティブになれば良いと心から感じています。
嶋田:とはいえ、男性が多いからといって働きづらいかというと、そうではありません。ナイトタイムのエンターテインメント業界では、音楽やエンターテインメントが好きな方々が拘りを持って働かれているので、皆さんいろいろな面で理解がありますし、「何を整えれば良いか」という意識のある体制も用意されています。私自身、結婚や出産を経験しながらナイトシーンで働いてきましたが、「働きにくい」と感じたことは実は一度もありません。
ただ、ナイトシーンの現場以外の場所で、イメージを変えていくことは必要かもしれません。女性DJのなかには、自分がDJをしていることをお子さんの通う学校には伝えていない方もいるそうです。「女性が夜に働いている」となると、周囲に誤解されるかもしれないと不安になり、なかなか言い出しづらくなってしまう。ですが、実際に「職業はDJです」と話してみると、周りはそれほど気にしておらず、そこから会話に繋がるという場合もあります。そういう意味で一番気にしているのはナイトシーンで働く女性自身なのかもしれませんが、昼の仕事と変わりなく堂々と公表できるようなイメージづくりはしていきたいです。
伊藤:私はいま、ナイトシーンで働いているわけではないですが、女性が自分自身を縛ってしまっていることはどの仕事でも同じように思います。ですが、実際には自分さえ踏み出せば、男性中心の社会のなかでも女性の視点や意見が必要だったり重要だったりする場面は意外と多いのだと感じています。
嶋田:やはり、「男性だから/女性だから」ということではなく、それぞれの個人を見て、よりフラットに働けるような環境が広がれば良いですよね。
臼杵:そうですね。ナイトシーンではありませんが、最近は企業面接でもみんな同じような髪形をしなくて良いという流れが進んでいるなど、ジェンダーに幅の広がりがでてきているように思います。そうやって「いろいろなかたちがあって良い」ということと同じように、ナイトシーンでもより多様化が広がっていくと良いです。社会的な枠を超えてどんな人でも楽しく遊べる場所をつくることが大切だと思いますし、シーンに関わる女性が実際に顔を突き合わせて意見交換をできる機会があれば、気持ちが楽になる部分もあると思います。COAMTでは、今後もそういった場所づくりを大切にしていきたいです。
梅澤:女性のニーズに細やかに対応し、女性の視点を生かした遊ぶ環境や働く環境が整うことで、ナイトシーンがより盛り上がっていくことを期待しています。本日はありがとうございました。