vol.21
アーティストが産学官をつなぎ、コレクティブが表現を拡大する
これまでアーティストは個人であることに作家性と独自性を示してきましたが、いまや“コレクティブ”としてプロジェクトに合わせて集団を形成する動きが活発になってきました。
国内外でバイオアーティスト、クリエイティブディレクター、プロジェクトマネジャーとして制作から企画の管理・運営まで一手に手がける清水陽子さんは、そうした現代的なアーティスト像の象徴的存在です。
企業や行政と連携することで、個人のアーティスト活動だけでは実現が難しかったプロジェクトを推進してきた彼女に、組織を動かしてアートプロジェクトを実現させるマネジメント術など、実際の事例をもとに語っていただきました。
タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ): ここ最近、作品制作など個人で活動することが主であったアーティストが、“コレクティブ”、つまり「集団」で取り組むことで、より大きく、よりクリエイティブな作品やプロジェクトに挑戦する動きが増えてきています。
本日お話しいただく清水さんは、アーティストとして個人で活動をしながら、コレクティブでチームとしても活躍されています。なぜ清水さんがコレクティブで作品やプロジェクトを実行するに至ったのか、コレクティブならどんなことが可能になるのか、これまでの事例をとおして伺っていきます。
清水陽子(バイオアーティスト、クリエイティブディレクター、プロジェクトマネジャー/以下、清水):アーティスト、ディレクター、そしてバイオロジストでもある清水陽子と申します。「科学と芸術の融合が新たな可能性と想像を超えた世界を開く」をテーマに、サイエンスとアートをつなぐインスタレーションを国内外で発表しています。現在は自分のラボでバイオテクノロジーなどの先端科学を用いたデザインを研究しながら、ギャラリーやミュージアム、地方自治体などとの協業を重ねています。
以前は個人のアーティストとして仕事をすることが主だったのですが、プロジェクトの規模が大きくなるにつれてプロジェクトマネジャーやディレクター的な仕事を勤めるようになりました。
たとえばプロジェクトのストラテジー&コンサルティング、つまり企画の戦略や方向性の策定なども、作品の制作と並行して自ら行います。また、カンファレンストークやワークショップ、大学との共同研究にグローバルなコラボレーションなども行っているので、アイデア出しから実行までを包括的に行っているわけです。
タジリ:「コンサルティング」という、アーティストらしからぬ言葉が出てきましたが、どのような経緯で現在のような活動形態をとるようになったのですか?
清水:実は、最初の仕事がクリエイティブディレクター兼コンサルタントでした。それ以来、相手の伝えたいことやイベントの目的を正しく理解することこそが、最高の作品につながると考えるようになりました。だからいまでは、私の制作にそういったコンサルティングのプロセスは欠かせません。
清水:多くの人はサイエンスとアートを関連付けて考えることがあまりありません。ですが、私はこのふたつはとても似ていると思います。なぜなら、どちらもアイデアを探求し、固定概念を打ち破ることで新たな発見を目指すという共通の理念を持っているからです。
現代のように飽和した社会で人類がブレイクスルーを起こしていくには、さまざまなテクノロジーをアイデアによって効率的に、わかりやすく昇華する必要があります。私は伝統芸術と自然にあふれた京都で生まれて作家さんや芸術作品に日常的に触れた一方、親の転勤のため移住したニューヨークでモダンアートに出会って「既成概念にとらわれない大胆な発想によって、あらゆる物事が芸術になりえる」ことを学びました。
そして、自然や生物のメカニズムの美しさを研究するべく、生物学と科学を大学で専攻しました。生物学はよくミクロの世界をイメージされますが、実はマクロの世界もとても重要です。フィールドワークで生態系のバランスを知り、ラボワークで自然を分析することでその神秘を探っていきます。
いままでのテクノロジーは工業的で機械的なものが多かったのですが、最近はコンピュータもニューロサイエンスになっていてAIを使用するようになったり、DNAをプログラミングできるようになったりと、バイオロジーの分野も注目を集めるようになってきています。
IT時代を切り拓いてきたビル・ゲイツ氏やスティーブ・ジョブズ氏も「バイオロジーに注目している」という趣旨の発言をしており、次はバイオロジーのビッグバンがくると言われています。
バイオの実験では何も見えないところから小さな生命が現れ、微生物の培養に用いるシャーレという浅いガラス皿の小宇宙のなかで繁栄と衰退をします。その過程で自分の手を離れ、さまざまな模様を描いていく姿がすごくきれいです。また、単体では極小の細胞が連なって地形のように大きなかたちを形成して、ミクロとマクロの世界が交差する様子が魅力的です。
微生物は人間が誕生するはるか以前から存在し、空気中、水中、そして体内などあらゆるところにいます。現在発見されているのは、天文学的な単位の数の微生物のうち数パーセント程度だと考えられており、生物資源として大きな可能性を秘めています。
その他、重力屈性という植物のもつ性質を生かしたインスタレーションも過去に手がけました。人間が別の惑星に移住する未来が現実になるのもそう遠くないいま、重力と生物との関係性を考えるきっかけになるような作品をつくりました。
植物には筋肉がないので、環境が変わったからといって移動することができません。代わりに植物ホルモンがあって、形態を変えて環境に順応します。その性質を活かしたインスタレーションです。
清水:それでは、個人のアーティストがどのようにしてプロジェクトをつくり上げるかをご紹介します。最初の事例は、オーストリアのグラーツで毎年秋に開催されている「Steirischer Herbst(シュタイリッシャーヘルプスト)」をご紹介します。美しい宮殿で行われる芸術祭で、その空間にバイオデザインラボを出現させる展示を企画しました。
この展示では、先行して4月に日本国内でプレエキシビションをギャラリーで行い、9月からグラーツで本番を迎えました。1年前からコンセプトを固め、プランニングをし、プロダクションのテストを行います。今回は1月ごろから図面の作成やコストの見積もりを立てました。
ベースとなる図面を本国のエンジニアチームが用意してくれるので、それに私がプランに必要な電力供給や施工の指示などを追加します。カタログやウェブなど制作物に必要な素材も用意し、本国運営チームに提供します。
同じ時期に大型作品用の培養を開始します。私のように生物を扱う場合は、地元の大学や農場との連携が必要になります。さまざまなチームとウェブカンファレンを行い、リモートで連携を取ります。
日本から持ち込む制作物もありますが、培養の様子をライブで見せたい展示は、地元大学と協力しながら現地入り後に培養を開始します。
バイオ系の展示で重要なのがメンテナンスです。会期中も刻々と変化する生物をベストな状態に維持しなければいけません。ここにも地元の農家や大学との連携が欠かせません。
このようなインスタレーションの実施の際には、遠隔的なコミュニケーションがかなり重要です。過剰とも思えるほどのしつこいやりとりが必要です。また、今後広がるであろうバイオアートでは、現地の環境による発生状態の変化を予測し、綿密な準備もしなければいけません。テストでも、別の出展時でも問題なく発生に成功した培養でも、ところ変わればうまくいかないことがありますので。
次に企業とのコラボレーション企画の参加事例として、「資生堂ギャラリー」で行われた『LINK OF LIFE 2017 まわれ右脳!展』をご紹介します。創業から145年間、「新たな価値の発見と創造を目指す」というビジョンのもと、時代とともに”新しい美”を生み出しながら社会に提案し続ける資生堂が、その想いや文化の発信の場として「LINK OF LIFE」を毎年開催しています。資生堂の研究員の方々とアーティストやデザイナーがコラボレーションする企画展で、私は研究員と一緒に《The Scent of Life》という作品を手がけました。
今回は「五感を使って美しくなる」というテーマだったので、視覚的に美しいだけでなく、資生堂が研究しているフレグランスやフレーバーの技術を生かして嗅覚や味覚にも訴えかけるようなインスタレーションをつくりました。
壁面に8つのガラス製実験器具が並び、それぞれの最上部には製品の原料に使われている天然の草花や果実が入れられています。下にいくにつれてさまざまなフレグランスやフレーバーの成分が抽出され、最下部から滴となって摘出され、板の上をつたって最終的に茶色い小瓶の中に集約されます。8つの摘出液の配合率の差異によって、無限の女性の姿を表現することを目指しました。
ガラスを持ち上げるとふわっと漂う香りが来場者の嗅覚を刺激し、人間の本能的な感情や記憶に訴えかけます。鼻だけでなく口からも香りを吸うことで、同時に味覚にも刺激を与える意図もありました。通常のインスタレーションや美術展では、視覚的な刺激を得るだけですが、アートとサイエンスがコラボレートすることで五感に訴える、これまでにない展示を実現することができました。
展示のコンセプトは、研究員の方々のフレーバーやフレグランスに関する研究内容や表現したいこと、色などの好みを共有しながらアイデアを出し合い、目的の表現の実現を模索しました。ここでは、「新しい美の創造」と「五感を刺激して美しくなる」という展示テーマと、資生堂の持つ歴史と革新的なブランドイメージの両方をどう落とし込むかがポイントとなります。
タジリ:クライアントが求めるメッセージをどう表現するか、広告制作と進行の流れが似ていますね。
清水:そうですね。新たな表現に挑戦する過程は、自分とは異なる知識領域に従事する方とコラボレーションできることがおもしろいと思っています。今回の場合、私の知らないフレーバーやフレグランスの技術と、香りや匂いという抽象的な要素をアートに融合することで、これまでにない表現を切り拓くことができました。
その一方で、コラボレーションは楽しいアイデアを出し合ったり、白熱した議論を交わしたりと、お互い濃密な時間を共有します。コラボレーター同士が相手のことをいかに理解するかが重要です。また、コラボレーションは初めてのチームで新しいことに挑戦するので、スケジュールやコストの管理は厳密に行う必要があります。
その他、プロジェクトに最適な協賛企業を早めに選定し、シームレスな連携ができる関係性を整えることも欠かせません。たとえば、今回のインスタレーションは巨大なガラス容器が必要で、協賛企業を探さなければいけませんでした。幸運にも、以前からお知り合いだったある理化学機器メーカーさんに早い段階でご相談して、ご協力いただくことができました。
タジリ:第三の企業に協賛してもらうのは、そう簡単なことではないと思います。協力を得るために何か秘訣はありますか?
清水:普段から広範に良好な人間関係を築いておくことと、周囲を巻き込む勢いや情熱が大切だと思います。
タジリ:企業とコラボーレーションする場合、自身の表現を追求するアーティストという立場である一方、企業の意図も取り入れなければなりませんが、アーティストとしてのジレンマのようなものはないのでしょうか?
清水:もちろん相手のテーマを最大限にくむことがインスタレーションの前提ですが、自分がいままでやってみたかったことにもたくさん挑戦させていただきました。なので、自分としても素晴らしい体験になったと考えています。
より多くのステークホルダーと巨大プロジェクトを実現するコレクティブの事例として、『東京外かく環状道路松戸ICの開通記念イベント「未来トンネル」』をご紹介します。これは、先端科学を社会に役立たせるため、いかにクリエイティブに実装するか、それによって社会をいかに変革するかを考えるプロジェクトです。
5月に神奈川、埼玉、千葉をとおり、東京の周囲を回る「東京外かく環状道路」の千葉側が開通しました。合わせて行われた松戸ICの開通式イベントでクリエイティブなプロジェクトを実現するご依頼を松戸市からいただきました。巨大なトンネル空間を歩行者天国にし、先端科学を用いて音と映像があふれる体験型インスタレーションを制作することになり、松戸市の思い描く「自然や科学、文化をつなぐ未来の創造都市」を表現するためのパートナーとして東京大学の科学系そしてデザイン系の研究機関とコラボレーションを行いました。
東京大学では人工知能(AI)やIoTなどの最先端技術を活用し、自然や動物の状況を分析するために、さまざまな森林とリアルタイムに通信できる研究用のデバイスを日本各地に設置しています。それによってトンネルの中と自然界をリアルタイムにつなぎ、自然界からの音がトンネルに届くのと同様に、トンネルからの音もデバイスの設置してある森林に届きます。同時にトンネル内では森林からの音に共鳴して、インタラクティブなプロジェクションが展開されます。
生態系の調査のためとはいえ、自然界に人間が足を踏み入れるとそのバランスを崩してしまう危険性があります。そうした問題もAIやIoTの技術を搭載したデバイスの導入によって解決することができます。こうしたデバイスを活用して、未来を担う子どもたちが楽しみながらテクノロジーと自然の共生を考えるきっかけづくりになったと感じています。
プロジェクトは現場調査から始めました。調査結果と国土交通省のトンネルの図面をもとにプランを練ります。その後アイデア創出、企画案作成、予算調整を行いました。初めのうちは本当にラフなアイデアスケッチなどからスタートし、具体性を高めていきます。
開通日直前まで建設工事が行われていたため、当日まで想像以上に制約や課題が多く、一つひとつ解決していかなければいけませんでした。たとえば、遠隔で音の分析器の設置場所と通信を行うこの企画では電力網と通信インフラが必須でしたが、トンネル内はまだ設備も整っていないのですべてを自分たちで手配する必要があり、NTTや電力業者などさまざまなステークホルダーの協力も必要でした。
デバイスやプロジェクションのテストもイベント開催の2カ月前にようやく現場に入って行えるようになりましたが、本番実施の前にできたテスト回数はわずか2回でした。さらに、建設中のトンネルでの作業だったので、利用可能な入り口や使用可能範囲が本番まで刻一刻と変化します。だからこそチーム全体でのスケジューリングなどが非常に重要でした。
東京大学のラボではデザインチームが日々シミュレーションを重ね、本番に備えました。広大な空間なので本番前の機器の設置には十分に時間をかけたかったのですが工事の関係で与えられたのはわずか2日間だけ。非常にリスキーでハラハラドキドキしていましたが、優秀なチームのおかげで無事実装することができました。
このプロジェクトは官民学が協力したモデルケースと言えるでしょう。国土交通省や地方自治体をはじめとした「官」と、私たちのような「民」、そして東京大学の「学」、この三者がうまく連携できたことでこれまでにないものをつくり上げることができました。
インターナショナルなメンバー編成で、密なコミュニケーションを取ることに気をつけました。大きな組織との複雑な調整もあり、あらゆることが一筋縄ではいきませんでしたが、見事成功することができたのは、みんなが目標に向かって全力を尽くしてくれたからです。
これだけ多くの組織や人員が関わるので、効果的な人員配備やスケジューリング、そして綿密な予算管理がカギとなります。あらゆるリスクを想定したマネジメントを行うことも欠かせませんでした。
タジリ:どのような経緯で、このプロジェクトのディレクターという立場になられたのですか?
清水:松戸市でこの企画構想があがった際に、未来的な幻想空間を演出されたいということで、先端科学を用いたクリエイティブなインスタレーションを企画させていただくことになりました。
2020年に向けて全国の地方自治体がクリエイティブなイベントやプロジェクトで街の活性化を試みていくなか、先端科学に多くの人が触れる機会を設けることは大事です。社会性生物であり、集団で発展する人間だからこそ、さまざまな団体が協力することで未来につながるような活動をしていくことが肝要なのではないでしょうか。
今回のような前例のないプロジェクトをマネジメンとする場合に忘れてはならないポイントが、「作業/責任範囲を明確にする」「品質の高いものをつくる」「人材を適切に配置する」ことです。しかし、前例がないプロジェクトでいちばん注意すべきことは「スケジュール」と「予算」です。これまでも綿密なシミュレーションを行って計画してきましたが、何が起きるかわからないので、管理が非常に重要になってきます。思いもよらない事態が発生するリスクが高いぶん、複数のプランやリスクを考えておく必要があります。また、多くの人と関わるので「コミュニケーションを密にしていくこと」もとても大切です。
また、前例のないプロジェクトをマネジメントするために個人的に心がけていることとして、「勇敢であること」「素早い反応、判断、対応」「必ず解決策があると信じること」「世界標準で考えること」「相手を理解する、助ける、任せる、信じる」「ときにはワイルドなアイデアも!」を挙げたいと思います。つまり、誰がどんな意見も出せるようなフラットな関係構築を目指し、自分自身も素早い反応を心がけ、理想のコミュニケーションができる模範になるメンバーを核として数名立てることで、いい組織が育まれます。
最後にプロジェクトマネジャーの役割を一言でうまく表現している言葉をご紹介します。
「(プロジェクトマネジャーは)世界中のどのような場所や場面に直面しても臆することなく、確かな知識に基づいてその場をリードする。相手の多様な文化的背景を十分理解した上で、納得性の高い議論を粘り強く展開し、具体的な問題解決を構築して推進できる。そのための強靭さと迫力を持ち、そして文化の違いを越えて人を引きつける人間的な魅力さえも持つ」
これは『東大エグゼクティブ・マネジメント デザインする思考力』(東京大学出版会)に掲載されている文章で、私自身、理想像としてプロジェクトのたびに立ち返っています。
これまでさまざまなタイプのリーダーを見てきましたが、目につく人は皆さんこの本で述べられている人物像が当てはまる気がします。私自身はまだまだ未熟ですが、今後少しでもこの理想形に近づいて、ますます社会的に意義のある活動をグローバルに展開していきたいと考えています。