RoomClipがつくる、メーカーとユーザーの信頼関係

vol.17

「人の家の中」に価値を見いだした、

新SNSメディア「RoomClip」の戦略

Photographs by Kazuma Hata

Text by Mitsuhiro Wakayama

普段なかなか見ることができない「他人の家の中」。しかし、その「見えなかった部分」をSNSの力で可視化すればそこには新しい価値が生まれ、同時に膨大なユーザーデータが蓄積される――。2012年からサービスを開始した住まいとインテリアに特化した写真共有サービス「RoomClip」は、こうしたユーザーデータを企業のブランディングや実売に結び付け、新たな価値を創造しています。

今回はルームクリップ株式会社取締役の川本太郎さんをお招きして、RoomClipの特色ある活動とユーザーデータをビジネスに利活用する戦略についてお聞きしました。ビッグデータの活用によって新しいビジネスやマーケットをいかに開拓していくか。好評だったトークイベントの模様をレポートします。


RoomClipのユニークネス

星本和容(『MilK JAPON』編集長/以下、星本):今日は、いまもっとも人気のあるSNSメディアのひとつ「RoomClip(ルームクリップ )」の川本太郎さんをお招きし、これまでの事業紹介から今後の展望、特にSNSにおけるマネタイズ戦略までお話いただければと思っています。

川本太郎(ルームクリップ株式会社取締役/以下、川本):まず、ルームクリップの歴史をお話すると、2013年に大学時代の友人たちがルームクリップ株式会社(旧社名:Tunnel株式会社)を立ち上げました。私は現在、ビジネス担当取締役として住まいや暮らしに関わる企業のキャンペーンに携わっています。これまでに延べ400件ほどの取り組みを手がけてきました。

RoomClipの特徴は「企業が発信した情報ではなく、インテリアや部屋をつくって実際に住んでいるエンドユーザーの投稿写真がコンテンツの中心になっている」ということです。さまざまなSNSメディアが登場したいまでは、ものすごく当たり前のことなんですけど、当時はそういうサービスってなかったんです。

RoomClipにはインテリアだけなく、人間が生活する空間ですから「衣・食・住」さまざまなことが詰まっています。より具体的に言えば、家電や住宅設備、日用品、おもちゃ、楽器に至るまで、幅広いモノの使用シーンが投稿されています。現在、写真は300万枚ほど集まり、月間300万人のユーザーさんがサービスを利用してくださっています。RoomClipはおそらく日本でもっとも部屋の写真が集まっていて、なおかつもっとも見られているサービスだと言えます。

アプリではタイムライン上に他のユーザーが投稿した写真が表示されます。検索欄にキーワードを入力して、任意の写真を探すこともできます。たとえば「他のおうちではおもちゃの収納はどうしているんだろう?」と思ったら、検索欄に「おもちゃ」と入力すれば関連する写真が表示されるので、お悩み解決のヒントや欲しかったモノに出会うことができます。

しかし、写真だけ見て楽しむのは実はそれなりにリテラシーが高くないとできないことです。ですからRoomClipでは写真だけでなく、ユーザーが投稿した写真をもとに記事化してコンテンツとして提供しています。

RoomClipの記事

タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):特徴的なのは、ユーザーが写真を投稿する際につけるタグのバリエーションの豊富さですよね。

川本:そうですね。ユーザーによって日々新しいタグが生み出されています。たとえば「男前」というタグはRoomClipから生まれた代表的なものです。このタグの登場によって、「男前インテリア」と言われるひとつの潮流ができ上がりました。最近はテレビ局からのオファーも定期的にいただいていて、RoomClipで何かが流行ると最終的にテレビやLINE、Instagramで流行り、世の中のトレンドになる流れができています。

他に特徴的な取り組みは、投稿のきっかけとなるイベントやキャンペーンです。たとえば「子ども部屋・キッズスペース」のキャンペーンをすると、ユーザーが自宅の子ども部屋をたくさん投稿してくれます。同じように「トイレ」のキャンペーンをやれば、トイレの写真がたくさん投稿される。おそらくこんなにリアルなトイレの写真が充実したSNSメディアは他にないでしょうね(笑)。しかも、そのトイレはちゃんと一般家庭で使われている「リアルなトイレ」なわけですから。

ユーザーに投稿を楽しんでもらうためのキャンペーン企画を毎月何本も打ち出している
ユーザーに投稿を楽しんでもらうためのキャンペーン企画を毎月何本も打ち出している

こうしたキャンペーンのなかには、企業コラボとしてやっているものもあります。つい先日始まったとある企業さまとのキャンペーンでは体重計の写真がたくさん投稿されていますね(笑)。おもしろいことに、ユーザー間で「ブランドつながり」のコミュニティが出現するんです。製品を愛用していたり、魅力を共有したい人同士がつながっていくわけです。

タジリ:とはいえ、商品の背景にしっかり自分の部屋のインテリアが写り込んでいるところが抜け目ないですね(笑)。各ユーザーのセンスがさりげなく主張されているというか。

川本:いやー、おっしゃる通り(笑)。よく「RoomClipとInstagramって何が違うの?」と言われます。Instagramは「インスタ映え」と言われるように、ある一定の様式に沿って「おしゃれ」を演出していきますよね。しかしRoomClipは組み合わせのユニークさを競う傾向が強いです。つまり、こうじゃないとダメというルールはなく、住まいという空間のなかでさまざまなファクターを組み合わせて「おもしろければOK」という、Instagramとは別種のクリエイティブが発揮される場になっています。

「ナチュラルテイスト」は意外な人たちに好まれていた?

RoomClipのユーザーの特徴

川本:RoomClipユーザーの8割は女性です。年齢層で見ると70パーセントが30代以上。特に主婦の方が多く利用していることがわかっています。しかし、実はこれ「想定外」だったんです。サービスを開始した当初は、自分たちと似たような「一人暮らしをしていて、部屋をなんとなくオシャレにしたいと思っている若い男性」が使うのでは、と思っていました(笑)。

星本:ユーザーの居住地域も全国津々浦々ですよね。

川本:はい。ここについても、最初は都市部に住んでいる人たちがメインユーザーになると思っていたんですよね。でも、たしかに郊外に住んでいる人の方が家が広いので、インテリアの自由度が高いうえにバリエーションが豊富という傾向があるんですね。

ルームクリップ株式会社取締役の川本太郎さん
ルームクリップ株式会社取締役の川本太郎さん

星本:SNSメディアに集まるユーザーとその「コミュニティ化」は、昨今の企業が注目するリソースです。RoomClipにもたくさんのユーザーがいますが、彼らのつながりやメディア内から生まれてくるトレンドについて詳しく教えていただけますか?

川本:RoomClipではさまざまなユーザーコミュニティが生まれていますが、「モノ」と「ブランド」によるつながりのコミュニティはRoomClipに特徴的なものかもしれません。よく「モノ消費からコト消費へ」と言われますが、RoomClipでは依然として「モノ消費」も楽しまれています。「100円ショップ」やさまざまな家具などのブランドのファン同士でコミュニティができたりします。

余談ですが、日本で長く人気のあるインテリアスタイルにとして、無垢材で小物や家具をDIYする「ナチュラルテイスト」というものがあります。興味深いことにこのテイストが好きな方のなかには、車やバイクのカスタマイズをしていた人たちもいて、そこからものづくりのDIYへとつながっていったというわけです。また、RoomClip内のコミュニティも地域ごとにできていて、その名前も「〇〇支部」「〇〇連合」のように、なんだか穏やかじゃないネーミングなんです(笑)。

ルームクリップ株式会社取締役、川本太郎さんと星本和容編集長
ルームクリップ株式会社取締役の川本太郎さん(左)と『MilK JAPON』星本和容編集長

しかし最近そんな勢力図を書き換えたのが、九州発のトレンド「しゃれとんしゃあ会」でした。この言葉は博多弁で「おしゃれですね」という意味ですが、ちょっと皮肉や嫌味を含む言葉です。ある種のユーモアとしてあえてそういう言葉をチョイスしているわけですが、これがバズワードになって数万人のコミュニティができ上がりました。福岡からどんどん北上していくように勢力を広げて、最終的には大阪まで西日本全域をカバーするくらいになったんです。

あと部活スタイルのユーザーコミュニティもたくさんありますね。たとえば「整理収納部」というコミュニティであれば、便利グッズの情報を共有し合ったりですとか。RoomClipでは、トレンドといっても「ハイセンスであること」や「スタイリッシュなもの」だけが求められるわけではありません。コミュニティと格好つけて横文字を使っていますが、内実は「みんなと一緒に何かをしたい」「集まって楽しみたい」という素朴な想いが集まったものです。実際、オンラインだけでなくオフラインでも、ユーザー同士はつながっています。近くに住んでいるユーザーがみんなで買い物に行くというリアルなつながりも起きているようです。そうやって、地に足のついたコミュニティになっていくといいなと思っています。

ユーザーデータの活用と傾向分析

星本:RoomClipからは日々膨大なユーザーデータが生まれているわけですが、実際にどのように活用していますか?

川本:代表的なものとして「RoomClip Award」が挙げられます。これは毎年12月にその年のトレンドを発表・表彰するものです。トレンドを明らかにするために、データを定性的・定量的に分析していきます。まず前年度に使われたタグが今年度どれくらい使われたか、その差分を見ます。高い値を持つタグをピックアップしたら、さらにそれらの性質を分析していきます。要するに、これによって「今年の流行」を明らかにするということです。

RoomClip販促支援ラボ

2017年に見えた兆候をいくつかご紹介します。昨年は「キッズスペース」という単語がサービス上で使われる回数が増えました。「普通じゃない?」と思う方もいるかもしれませんが、これ実はすごくおもしろいことなんです。従来は「子ども部屋」と呼ばれていた空間が「キッズスペース」と呼ばれるようになった。これは単に言い方が変わったというだけではありません。実際の動きとして見られるのは、リビングの一角を子どもの遊び場にするという傾向です。つまり書斎や子ども部屋のように、ある目的に最適化した部屋をつくるのではなくて、LDKを広く取ったなかにゆるやかな区分を設けるといった「新しい間取り」が現れているのではないかと思われます。

星本:それは実際にそうですね。取材でさまざまなクリエイターの方のお宅にお邪魔しますが、広いLDKのなかに家族の暮らしが全部見えるようになっています。

川本:そういう現実に即した動向がタグ上に現れるのはおもしろいですよね。「家電のインテリア化」という動向も近年のトレンドですが、これもおそらくは「住居スペースのシームレス化」と結び付いています。広いスペースに暮らしが詰まっていることは部屋全体を見渡せるので、「キッチンダサいと嫌だよね」という思考が働くのではないでしょうか。すると家電をおしゃれにしたいという欲求が生まれ、「見せる」ことを意識したデザインが求められるのだと考えています。

川本太郎さんと星本和容

RoomClipのマネタイズ戦略

星本:次にユーザー・ジェネレイティッド・コンテンツ(UGC)におけるマネタイズについてお聞きしたいと思います。サービスを立ち上げた当初は、企業とのコラボレーションはあまり考えていなかったそうですが。

川本:はい。創業メンバーは「ビジネスをやりたい」というよりも「おもしろくて価値のあることをやりたい」というモチベーションで集まったこともあり、サービスを立ち上げることが先にありました。「マネタイズは後からついてくる」ってイメージですね。家のなかの写真はそうそう世に出回るものではないので、そういうものの周りには必ず新しい価値が生まれるはずだと信じていました。

実際、この6年間でビジネスとしても大きく拡大しています。実はマネタイズの第一歩は、ある企業さんからの相談がきっかけでした。「自社商品がものすごく売れているんだけど、RoomClipを見ていても実際に使われているかわからない。どういう使われ方をしていて、なぜ売れているのか知るために何か施策はできないですか」と担当者から相談があったんです。この課題を解決するために始めたのが「モニターキャンペーン」です。仕組みは簡単で「商品を無料で差し上げる代わりに、使っている様子を写真に撮って教えてくださいね」というものです。シンプルな手法ですが、やってみるとおもしろいことがたくさんわかったんです。

その商品はもともと、押し入れのなかなどに「隠して使う」ことを想定して開発された収納グッズでした。しかし、実際ユーザーをモニターしてみると、みんな隠して使っていなかったんです。子どものおもちゃ箱や階段下に置く掃除用具の収納など、多様な使われ方をしていた。それで、その実際の使用写真を企業のECサイトに掲載すると、さらに売り上げが増えたそうです。そのような実績を重ね、いまでは多くの企業とモニターキャンペーンを展開しています。

モノを売ることにつなげる

RoomClipが考える「既存顧客が新規顧客を呼ぶ」しくみ

川本:RoomClipはまず既存顧客の存在なしには成り立ちません。ある企業や製品のファンの方がRoomClipに写真を投稿して、それを元にコミュニケーションをする。そうすると、ブランドロイヤリティが高まって再顧客化するという現象がはっきりと観察されています。投稿にたくさんの「いいね!」が付くことで「自分の素敵な暮らしを支えてくれているのは、この企業の製品なんだ」と考えるのは自然なことだと思います。ユーザー自身が企業とのつながりを再認識することが、ブランディングにつながるわけですね。さらにこの関係性をそばから見ている潜在顧客は、購入の検討を深めることができて、顧客化するという流れができています。

RoomClipをやっていると、実際にモノを製造しているメーカーさんから感謝されることがあります。「自分たちがつくっている商品が人の役に立っている様子を、こんなにたくさん見られたのは初めてで感動した」と。ものづくりの根源的な喜びを感じていただけたようで嬉しかったですね。

星本: B to Bにカテゴライズされる事業を手がけていますが、RoomClipとのコラボレーションによってB to Cのコミュニケーションが生まれた。製品が実際の生活でどう使われているのか。企業からは見えない部分を可視化することで「企業の価値=ブランド」を明らかにしています。

川本:投稿写真のタグを見ていると目の前の商品にタグが付く一方で、抜けに写っている立派なシステムキッチンにタグが付いていないことがよくあったわけです。これはつまり、RoomClipの主なユーザーである女性が住宅設備メーカーを「ブランド」として見ていなかったということなんだと思います。それがキャンペーンをやることによって住宅設備がブランドとして意識され、住宅設備メーカーのブランドがタグとして付けられるようになってきました。

おもしろいのは、ある住設メーカーのキャンペーンを実施すると、別の住設メーカーのタグも増えていくという現象です。RoomClipのなかでさまざまなメーカー、ブランドが共存しながら、業界全体として消費者の意識を変えることにつながっているのだと思います。

川本太郎さんと星本和容

星本:ありがとうございます。それではお時間も迫ってきたので最後に、UGCとブランディングのこれからについて、川本さんのお考えを教えてください。

川本:私たちは「日常の創造性を応援する」というミッションを掲げ、日々サービスを拡充しています。しかし、人々のクリエイティビティをいちばん応援しているのは、実際にモノを生み出しているメーカーにほかならないと実感しています。

誠意あるものづくりが生活者の創造性を豊かにする、というサイクルが日本の住事情のよい面だと考えていますが、昨今は生活者とメーカーの双方がお互いの「顔」を見失いつつある。ですから、私たちは両者にもう一度正しいかたちで「出会い直してもらう」取り組みを今後も続けていきたいと考えています。

「このブランドに感謝しているユーザーがここにいますよ」と周知すること。それが私たちにできるブランディングのお手伝いだと思っています。そしてこれを愚直に続けていれば、モノは売れるし、マーケットは大きくなる、企業の誇りやモチベーションも上がっていくはずだと信じています。

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