デジタルシフトが進む今、企業が持つ技術やコンテンツを他社と共有することで、イノベーションを生み出す動きが増えています。しかし、いまだ占有意識が強い企業も多くあるのも事実。企業のイノベーションを促進・加速させたり、よりクリエイティブなコンテンツ設計を実現するためには、協業する企業やクリエイターとの「法の共創」が大切です。
「法の共創」とはどういうことなのか? 著作権法を専門分野とする弁護士の福井健策さんに、アマナで企業の共創プロジェクトをサポートする山根尭が聞きました。
山根尭:私は異業種同士の共創プロジェクトを手掛けることが多いのですが、日本企業は共創におけるライセンスや契約の取り扱いが苦手な印象があります。いくつかの企業が集まって技術や知見を重ね、オープンイノベーションを狙うのが共創の本質ですが、権利にがんじがらめの占有的なライセンス契約も多く、結果として「こんなことをしている」「こんな技術がある」と社外へ発信しづらくなっています。こうしたイノベーションへのチャレンジを無にしないために、企業は法をどのようにとらえるべきでしょうか?
福井健策さん:まず「法はツールである」という意識を強く持つことです。企業の法務部には、時に法自体が目的になってしまっている人もいますが、あくまでツールとして活用すべきです。
そして「法」と一口に言っても、その内容は実に多層的です。国会が可決してつくるのが「法律」で、ここに自治体がつくる条例を加えて「法令」と呼びます。この二つは“書かれた法”で、強い強制力があり、従わなければ罰則もあり得ます。
また、法令に隣接している「契約」は、当事者同士の1対1の合意によって交わされる約束事ですが、ひとたび契約を交わした者の間では法令の助けを得て、強い強制力を持ちます。ただ、契約する者同士が合意すれば、そのデザインは自由。業界団体のような集合体が取り決めた決まりごとである「ガイドライン」というものもあります。
一方で、時に法令や契約よりも強い力を持つ法的ツールとなりうるのが「アーキテクチャ(構造)」と「カルチャー(文化)」です。「アーキテクチャ」のわかりやすい例はアクセスコントロールで、たとえばYouTubeやTwitterに投稿するためには、規約に同意したうえでアカウントを取得する必要があり、違反した場合はアカウントが凍結されることもあります。そのサービスを使うためには、規約(契約)などの強制的なルールの中に入っていくしかない、という構造です。「カルチャー」は、世の中になんとなく流れる空気や価値観に近いもの。SNSが発展し、ネットの世論が強くなると、そこに流れるカルチャーが、法令や契約よりも強いツールになることもあります。
企業は、「法令」「契約」「ガイドライン」「アーキテクチャー」「カルチャー」といった多層的なツールを組み合わせながら、最適な形で課題に向かっていかなければなりません。
山根:「共創プロジェクト」では、その多層的な要素をどのようにとらえ、組み合わせるべきでしょうか?
福井さん:第一に、リスクゼロの罠に陥らないことです。共創ならば、一社が本業を遂行するのとはまた別の紛争リスクが発生するのが当たり前。それを認識したうえで、リスクとメリットとのバランスを考え抜きましょう。
契約書に何らかのリスクの可能性を含む条文がある場合、当然、まずはその修正を求めます。どうしても通らない修正がある場合は、法務が突っぱねて終わりではなく、どこにどれくらいのリスクがあるかを明確にします。そのうえで、契約によって生じるメリットとのバランスを見て、メリットがリスクを上回っていれば契約、リスクが高ければ「この条文が残っていては契約できない」と告げることになります。
このように柔軟に対応するには、法務部を遠ざけないことが大事です。法務部にも事業の現場に入ってもらい、一緒にビジネスを設計していくスキームをつくると精緻にリスク・メリットのバランスを考えられますし、現場の社員も自分ごととして法との向き合い方を考えられるようになるはずです。
山根:共創というと、企業と企業だけでなく、企業と個人でも行われることがあると思います。最近は企業が個人のクリエイターと組み、一緒にコンテンツ制作をする機会も増えていますが、このとき企業とクリエイターがよりよい関係を築き、互いにクリエイティブな取り組みを行うために、契約面で意識すべきことはありますか?
福井さん:まず、企業は契約に対するクリエイターの意識が高くなってきていることを認識すべきです。たとえば作家や漫画家であれば、従来は出版社経由くらいしか作品でマネタイズする手段がありませんでしたが、今はさまざまなオンラインプラットフォームができたことで、作品を発表するフィールドが広がっています。つまり、相手を選んで交渉できる立場にある。
特に、最近の若いクリエイターは交渉上手になっているんです。私は東京藝術大学や日本大学藝術学部で著作権の講義を持っていますが、授業の中でクリエイター役と企業の担当者役に分かれ、模擬交渉もやっています。
在学中や卒業してすぐでも、クリエイター側がきちんと交渉する術を身につけるようになればなるほど、企業の担当者も契約内容の一つ一つがどういう意味を持つのかを理解していなければなりません。「これがうちの書式です」と突っぱねるだけではもう無理で、お互いに気持ちよく仕事できるように調整すべきです。クリエイターと対話しながら内容を決めていくことは、まさに「法の共創」とも言えます。
山根:最後は、新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で高まっている、プロジェクトが中止になってしまうリスクについてです。私自身、長期間準備を進めていた企業のイベントが、コロナの影響で中止になったこともありました。日頃から一過性ではなく、資産となるコンテンツ制作を心がけていたこともあって、イベントはオンラインに移行。準備していた動画はWebで公開することでお蔵入りを回避できましたが、こうしたリスクは今後も続くと思います。法の視点から見ると、先行きのわからないこの状況で企業はどのような備えをしておくべきでしょうか?
福井さん:まず、山根さんのように、形が変わっても対応できるようにコンテンツやプロジェクトを設計しておくことが大切です。そのうえで法の観点から言うと、プロジェクトの設計に合致したマルチユース契約を制作側と結ぶ必要があります。「動画などのコンテンツをアーカイブ配信することも可能」といった条項を契約書にしっかりと盛り込みます。
そして本来は、万が一の場合の保険契約も結んでおくのが理想です。ただ、コロナのような感染症や、近年頻発している自然災害では民間の保険会社では対応できないことも少なくありません。誰しもリスクに敏感になった世の中で、これは致命的。では誰がこの補完を担うかといえば、本来は国がカバーする領域で、コロナの場合は助成金という形で補償される場合もありましたが、申請するのも一苦労です。
ただ、今は政府が民間の声を聞いて対応を変更するケースも出てきています。自分たちでできる部分はリスクを想定して設計しつつ、政府に対してもしっかりと声を上げていきましょう。そうすることで、民間と政府との「法の共創」も実現することができるのではないでしょうか。
誰しもリスクに敏感になっている今、法を含め、私たちをとりまくさまざまな制度や、知らず知らず醸成された既成概念を考え直すいい機会ととらえることもできると思います。
「法」と聞くと、専門的な知識を持つ者だけが扱い、一般の人はなかなか手を出すことができないものと思われがちです。しかし、法は誰かから与えられ、ただ従うものではなく、自分たちが使いこなすべきツール。私たちの手で設計したり、リフォームできる余地もあります。
企業と企業だけでなく、企業と個人、企業と国など、あらゆるレイヤーで積極的に法の活用し、共創することは、よりクリエイティブでイノベーティブな未来をつくる大きな力となっていくのではないでしょうか。
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文:箱田 高樹
撮影[top]:岩本 彩(amanaphotography)
撮影[interview]:劉 怡嘉(acube)
撮影アシスタント[top]:柴田 綾音(amanaphotography)
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編集:徳山 夏生(amana)