2019年12月、関西で鉄道事業などを手がける京阪グループが、SDGsに視点をおいた複合型商業施設・「GOOD NATURE STATION」を京都の四条河原町にオープン。フラッグシップとなる施設が誕生したことで、同グループのSDGs戦略はこれからどこへ向かうのか、館長を務める山下剛史さんにお話を伺いました。
ーー京阪グループがSDGsに取り組むようになったきっかけを教えてください。
山下剛史さん(以下、山下。敬称略):実はSDGsが採択される以前から、循環型社会に寄与したライフスタイルをめざす取り組みを始めていました。そのきっかけとなったのが、現在「GOOD NATURE STATION」が建っている用地を2013年に取得したことです。四条河原町という京都の一等地ですから、もちろん普通の商業施設を作ることもできたのですが、当時の社長で現在会長の加藤好文は「次の世代に残せるものを作りたい」という強い思いを持っていました。ちょうどその頃、有機野菜やオーガニック食品を宅配するビオ・マルシェがグループ傘下に加わったこともあり、鉄道事業で培ってきた「安心安全」をベースにして、人にも地球にもいいことを暮らしの中に取り入れることを提案できないかと考え始めたのです。
そうした循環型社会に寄与するライフスタイルを、我々は「BIOSTYLE」と名付けました。ただ、そのコンセプトをわかりやすく社内外に伝えるのに、当時かなり苦労していまして。そんな中、SDGsが発表され、我々がやろうとしていることはまさにこれだ、と。現在「BIOSTYLE PROJECT」は京阪グループのSDGs戦略という認識で発信しています。
ーー昨年開業された「GOOD NATURE STATION」はその「BIOSTYLE」を具現化したフラッグシップ施設ということですが、プロジェクトを進める上でまず何から始めたのですか?
山下:まずはコンセプト作りからです。もともと“オーガニック”や“サステイナブル”というテーマでスタートしたのですが、社内のプロジェクトチームで議論を重ねるうちに、ストイックになりすぎず、肩の力を抜いて心と体に気持ちいいことを取り入れられる施設にしようと方向性が決まりました。そこから「GOOD NATURE」というコンセプトキーワードが生まれたんです。いくら身体や地球に優しくてもそれだけでは不十分で、世間に受け入れてもらうためには、おいしくて楽しいのが大前提です。ですから、施設名にはビオという言葉をあえて外し、頑張りすぎないサスティナブルやオーガニックを提供できればと考えました。
ーーなるほど。社内のコンセンサスはすぐに得られましたか?
山下:いえ、それがなかなか大変でした。ひと言で“オーガニック”、“サステイナブル”といっても、社内で話をすると、徹底的にストイックにやらないといけないと思っている社員や、そこまでは現実的に難しいよねという社員もいたので、彼らの意識合わせをするのに心を砕きましたね。
また施設のコンセプトを施設建設の設計に落としていく中でも、いろいろな壁がありました。世界各地にビオホテルと呼ばれているところはありますが、どこも10室以下の小規模なところばかりです。一方うちは141室もありますから、この規模の施設を全部オーガニックでやろうとすると、とんでもない建設費になってしまうため、目指す軸はブレずにできる範囲でやろうと社内で決めました。
例えば、客室の内装などには可能な限り天然の素材を使う。ただし地元京都の間伐材で統一しようとすると実現が難しくなりますから、コンセプトに寄り添いつつ、折り合いをつけていきました。計画を一から練り直した部分もあり、プロジェクト発足から開業まで6年かかりましたね。
ーーその壁をどのように乗り越えたのですか?
山下:楽しみながら、健康的でよいものを自分らしく取り入れる「GOOD NATURE」という明確なコンセプトを共有できたので、認識のズレがなくなり、プロジェクト発足当初の迷いはなくなりました。同時に「BIOSTYLE PROJECT」プロジェクトのガイドラインとして5つのGOOD(GOOD for Health、GOOD for Minds、GOOD for Locals、GOOD for Social、GOOD for Earth)を制定し、それぞれがSDGsにどう貢献しているかを明確にすることで、物事が進めやすくなりました。考えていることを言語化、見える化したことは大きいと思います。
ーーでは実際に「GOOD NATURE STATION」の取り組みとSDGsの17項目は、どのようにリンクしているのですか?
をデザインで起こす感じでいいでしょうか?
山下:17項目中、11項目程度は体現できていると思います。なかでも環境問題に対しては、我々の間でも実践できているという意識はあります。プラスチックゴミ削減のために、プラスチックの蓋が不要なバタフライカップを採用したり、ホテルでは使い捨てのアメニティを極力少なくしたり。さらにレストランなどで出る食品廃棄物は施設内の生ごみ処理機で堆肥化し、滋賀県で減農薬農業を営む契約農家に使ってもらっています。さらに、その堆肥を使って育てたお米を契約農家から買い入れ、施設内で販売するといった循環型農業にも挑戦しています。
ーーサステイナビリティをテーマにしたオリジナルブランドも展開されていますね。
山下:はい。自然派コスメの「NEMOHAMO」、健康志向のフードブランド「SIZEN TO OZEN」、パティスリーブランド「RAU」の3ブランドを展開しています。「NEMOHAMO」は有機JAS認証を取得した自社農園で栽培された植物の花や葉はもちろん、茎や根も余すことなく使い、無駄のないモノづくりをしています。「SIZEN TO OZEN」「RAU」では国家を挙げた環境政策に取り組むコスタリカのカカオを使った商品を開発しました。通常廃棄する外皮も使って、カカオティーやカカオカレー、カカオミルクジャムなどの原料として活用し、食品ロスの軽減に貢献しています。いずれも立ち上がったばかりでまだまだ認知度が低いのですが、まずはポップアップショップを開くなど、プロモーション活動を行っていこうと考えています。
ーー実際、こちらに足を運んでくれたお客さまに対しては、どのようにSDGsへの取り組みを伝えているのですか?
山下:ホテルに宿泊したお客さまに対しては、コンダクターといって、館内全体のコンテンツをご案内するスタッフによる館内ツアーを毎日開催しています。お客さまにも、地産地消や産地支援に根ざした持続可能な経済成長など、サステイナビリティにこだわった商品を選ぶことの大切さを知っていただけたらと思っています。
ーー開業して約4ヶ月ですが、お客さまからの反響はいかがでしょうか。
山下:上から下までこれだけSDGsを意識して作られた施設は東京にもなかなかないということで、取材や視察でお見えになる方も多く、想像していた以上に反響があると感じています。ホテルに宿泊されたお客さまは「GOOD NATURE」のコンセプトに共感していただいているようで、帰り際にまたリピートしますと言われる方も多いですね。開業したばかりですが、我々が目指しているサステイナブルなライフスタイルの提案をご理解いただけてるのかなと思います。
ーー今後の課題はありますか?
山下:いちばんの課題は施設の知名度を高めていくことですね。SDGsは企業活動を通じて目標を達成することに意義があります。今までエコやオーガニックに特に関心のなかった一般の方にもこの施設を体験していただくことで、サステイナブルなライフスタイルを広めていけたらと思っています。その上で、事業としてしっかり軌道に乗せていく。やはり持続可能性がないと、いくらいいことをしても続きませんから。
ーー最後に、SDGsのゴールである2030年に向けて、どのような展開を目指していますか?
山下:この事業は2030年で終わりではありません。「GOOD NATURE STATION」の開業はあくまで一つのスタートだと思っています。会社としてはこの施設を通して、消費者・投資家にSDGsに貢献していることを伝えられると思いますし、今後は京阪グループ全体にもSDGsの考え方を浸透させて、新しいビジネスチャンスにしていきたいですね。消費者の間でもSDGsを意識している方が増えてきましたので、そのニーズにしっかりアプローチして、ビジネスに繋げていきたいと思っています。
地産地消、産地支援に根ざした持続可能な経済成長など、循環型社会の実現に向けたライフスタイルを発信している「GOOD NATURE STATION」。その根底にあるのが、“自分らしく楽しみながら心と体にいいものを取り入れる”という新しい考え方です。“オーガニック”“サステイナブル”というと、ストイックでスノッブなイメージが強かった日本において、京阪グループのSDGs戦略は一石を投じる存在となりそうです。
【関連特集】企業から、世界を変える。SDGsの取り組み方
インタビュー・文/小川尚子 デザイン/下出聖子