企業のスローガンや進むべき指針を社員に伝え、浸透させるインナーブランディング。広告やインナー向けなど幅広く動画制作に携わるアマナのディレクター桑原陽と大滝洋平に、社員のココロをつかむ動画作りで大事にしていること、クリエイティブへの思いを聞きました。
――インナーブランディングに動画を取り入れる際の効果や役割にはどのようなものがあるのでしょうか。
ディレクター大滝洋平さん(以下、大滝):インナー向けの動画には、社員を同じ方向に向かせる力があります。企業が理念やスローガンを揚げても、それを全社員に伝えきれないことはよくあること。そんなとき、直感的に理念などを伝えられるのが動画です。
社員全員が同じ方向を向いている会社は強く、業績にも繋がっていきます。ですから、団結力を高める際、動画を活用するのは効果があると言えます。
ディレクター/プランナー桑原陽さん(以下、桑原):それにインナー向け動画は、広告動画とは役割も違うし、制作時の視点も異なります。
通常、動画広告は、視聴者に興味を持ってもらうよう“掴み”を意識しますが、インナーの動画は、新卒採用の説明会、周年イベントなど社員が確実に見ることが前提なので、“掴み”ではなく、企業が今社員に伝えたい内容に重きをおいて作ります。
――なるほど。動画をインナー向けに使うメリットはたくさんありそうですね。
桑原:そうですね。ほかにも、聞くだけでは理解しにくい内容を、映像や音楽、テキストなどを活用して、感覚的に打ち出せるのも動画のいいところです。
新卒採用の説明会や企業イベントでは、担当者が話すことが多いですが、人の言葉だけで伝えられない“企業の思い”をビジュアライゼーションできるのは動画ならではです。
もちろん生で聞く“言葉の力”はあります。でも、言葉だけでは伝えきれない部分はでてきてしまうもの。たとえば、「我が社が目指す明るい未来」と言っても、個々の頭に浮かぶイメージが同じとは限りません。どんな明るい未来なのかをビジュアル化することで、意識がズレることなく社員に届けることができるのです。
――では、企業は社員の結束を高めるためのインナー向け動画をどのようなきっかけで作ろうと考えるのでしょうか。
大滝:きっかけは、さまざまですね。というのも、インナー向けに絞った動画を作りたいというクライアントは、ほとんどないんです。
アウター向けの動画を作ったときに、インナーにも活用したいという話になることもあるし、最初からアウターとインナーの両方に使えるものを作りたいと言われることもある。そのため、クライアントからの問い合わせも、「インナー向けになんかかっこいい動画作りたいんだけど」という漠然とした相談からスタートすることもあるんですよ。
桑原:確かにきっかけは色々ですね。最近ではアシックスウォーキングのインナー向けに作った動画を外部の人も見られるように再編集しました。
アシックスには、ウォーキングに力を入れたアシックスウォーキングという35年も続いている事業があります。その事業35周年をきっかけに、アシックスウォーキングの歴史や商品背景・企業としての思いを、社員に伝えるために、アシックスの会長や社長へのインタビューはもちろん、当時を知る社員にインタビューしながら動画を制作しました。
その動画は、展示会に来たバイヤー向けにも流したり、さらに再編集をしてブランドサイトにも掲載されるといった展開まで繋がりました。
大滝:そうなんですね。僕の場合はその逆のパターンです。アウターに向けた動画が、社員たちにも効いたというのがあります。
総合商社の丸紅で、中国を中心としたアジア圏をターゲットに新事業を紹介するアウター向けの動画を制作しました。丸紅のカラーが赤であること、クライアントのヒアリングから、アグレッシブな社風を感じたので、その感覚を踏まえてテンポのいい映像にしていきました。
実際、完成した動画をリリースしてみると、社内の人にも「かっこいい」など共感を得られたという話を聞いています。
――なるほど、そのような事例を聞くときっかけは本当にさまざまなんですね。
桑原:そうですね。インナーだけに向けた動画を作るのは、予算的なことを考えてもなかなかハードルが高いと思います。ただ撮影素材などは資産として活用できる可能性もあります。
例えば、映像用に撮影したインタビューの素材を元に、社内報などの記事コンテンツにしたり、最初の目的としてだけでなく、幅広く活用の可能性があるので、気軽に相談をしてほしいですよね。
――ちなみに、周年などをきっかけに企業の歴史などを振り返る動画を作りたい場合、企業はどのようなことを準備しておくべきなのでしょうか。
桑原:企業側は、過去の画像をネガやポジ、紙焼きなど色々な形で持っていると思います。
これらは大切なビジュアル資産です。活用できるように整理、管理しておいていただけるとスムーズに制作ができます。
よくあるのが、商品関係の写真は企画開発部、会社の変遷に関する画像は総務部など、管理している部署が方々に散らばっていること。その都度探してもらったり、各部署に交渉をしていると、制作期間も費用も嵩むので、なるべく1つの部署が責任を持って管理しておくのが理想です。
――インナー向けの動画で社員のココロをつかむために意識していることはありますか?
桑原:インナー向けの動画に限ったことではありませんが、やっぱりヒアリングに尽きます。まずは「なぜ、動画を作るのか?」という芯の部分を、丁寧に聞くようにしています。「最近社員の気持ちが下がっている気がするから元気づけたい」「新しい取り組みを浸透させたい」などの理由があるはずなので、話をすることで理解を深めていきます。
大滝:ヒアリングは大事ですよね。僕は、制作において必要なことはもちろん聞きますが、それにプラスして「御社はひと言で言えば何色ですか?」「社員にはどのようなモチベーションの人が多いですか?」など、雑談レベルの質問を投げかけて、視点を変えて会社を見てもらうことが多いです。
特にインナー向けの動画の場合、ヒアリングをする担当者の声だけに耳を傾けるのではなく、会社の性質を外部の客観的な視点で掴むことで、社員にも響く動画になると思います。
――ヒアリングをうまく進めるコツはありますか。
大滝:担当者の思いをすべて出し切ってもらうために、聞き役に徹します。クライアントの中で意見が割れたとしても、じっと耳を傾けて両方の意見を汲み取るようにしています。ヒアリング中は、耳に残ったワードなどをノートにメモしていって、そこからアイデアを広げたり、方向性を決めますね。
桑原:そうなんだ。僕の場合は、メモは取らず相手の目を見て会話に集中するようにしてるかな。とはいえ、ヒアリングでは、その場にいる全員が納得するというのが大事だと思うので、ノートパソコンは持参しておいて、ひとりでもわからないとか、共有できてないと感じれば、パソコンを使って具体的なイメージを共有し、最終的にみんなの中に”クエスチョン”が残らないように心がけています。
――ヒアリングでは制作側の受け止め方も重要になってきそうですね。クリエイターの感性を磨くためには、どんなことをしているのでしょうか。
大滝:僕はオフの時間に書店へ行くことが多いですね。ヒアリングを形にするには、自分の中に引き出しをたくさん作らないといけない。だから、新書や平積みされた本のタイトルをチェックして、言葉や感覚のインプットをしています。本のタイトルは、短い言葉で、その本の内容をズバリと表しているので、企画書に使う言葉のセンスを磨くのに役立っています。
桑原:僕は小劇場での観劇ですね。お芝居はその時・その瞬間でしか見られないものなので、時世やトレンドをテーマにしたものが結構あるんです。娯楽として気軽に観ていますが、今の世の中の動きに触れられる気がします。
――より内面的な部分ではどうですか?
大滝:たくさんの人がどう思うかという目線を意識するようにしています。映画やアートなど、なにかをストイックに突き詰める人もいますが、その道の“ツウ”になってしまうと、深く理解はできても、視野が狭くなってしまう感じがして。そういう意識を持つことで、自分が作る動画も自己満足にならず、大衆の感覚を捉えた動画作りができるかな、と思っています。
桑原:僕の場合は、映画や音楽などに触れて、他者が「おもしろい!」と感じている感覚を知るようにしています。まわりで流行っているものは、見たり試したりしますね。自分が興味があるかは別として、世間の評判を体感することは大切にしています。
――そのような引き出しが動画作りに反映されているんですね。今後はどのような動画を作っていきたいですか?
大滝:自分の予想を超える動画をめざしたいですね。今はAIも進化してきて、データがあればターゲットに合わせて刺さるクリエイティブが作れると思いますが、“クリエイターの感性”の部分は、AIには作れないと感じています。
以前、撮影でカメラマンの感性と僕の感性の掛け算がおきて、想定外に素晴らしいアングルが撮れたことがあったんです。そういう偶然の面白さは、やっぱり人と人との交わりの中で生まれてくるものだと思います。
桑原:確かにそうですね。6秒の間に10回商品名を入れれば人に刺さるというデータがあれば、それに基づく映像はAIにも作れるかもしれません。でも、オーダーシートにない本当の思いを汲み取ったり、気持ちを聞いてそれに応えるという部分では、人間の感性がないとできないと思いたいですね。それぞれ感性を持つクリエイター同士が意見を出し合うことで、楽しいものへ発展するはずですし。そのようにして誕生した動画で人のココロを掴んでいきたいですね。
インナー向けの動画は、企業の思いを汲み取ために丁寧なヒアリングが鍵を握ります。クリエイターやクライアント、一人ひとりが持つ人間らしい感性が交錯する中で、見る人のココロに響く動画が作られていくのでしょう。企業は、人がいてはじめて成り立つもの、その中にいる社員を盛り上げる動画制作するのも人。個々のアイデアが動画の可能性を広げてくれるはずです。
インタビュー・文/高橋瑞穂(六識) 撮影/猪飼ひより(amanaphotography)
イラスト/諸橋南帆(amana) デザイン/下出聖子(amana design studios)