社内に理念を浸透させ、企業のカルチャーを浸透させていくインナーブランディング。なぜ今、インナーブランディングが必要とされているのでしょう? その理由を、企業のインナーブランディング支援を行うアマナの佐藤勇太が紐解きます。
インナーブランディング(インターナルブランディング)は、企業の理念やビジョンを社内に浸透させ、社員一人ひとりがその理念に基づいて主体的に動くことのできる文化を築くコミュニケーション活動。顧客や株主など “外向け”のブランディング活動=「アウターブランディング」に対する言葉として「インナーブランディング」と呼ばれています。
そもそも「企業」とは概念の塊に過ぎない、という考え方があります。技術商品やサービスを作るのも「人」、それを売るのも「人」です。何事も「人」が考え、行動することでビジネスが動きます。企業が掲げる理念のもとに集い、活動する「人」の集合値が「企業」と言うことができるのではないでしょうか。
理念やビジョンは、企業に集う「人」をつなぐ“接着剤”の役割を果たします。接着剤が機能していない企業は、社員が経済活動するだけの「人の群れ」に過ぎず、社会の変化や競合の登場といった荒波を乗り切る力は不十分な場合も多い。
インナーブランディングを行うことで、企業のDNAとなる理念やビジョンが社内に浸透し、社員自らがビジョンの実現に向けてポジティブな変化を生み出し続けられる強い企業づくりにつながっていきます。
現代社会は、まさにVUCA*の時代。インターネットの普及やIT技術の進歩によって流行は目まぐるしく移り変わり、急速なグローバル化によって人々やサービスの交流はより活発になっています。1992年にアメリカで開催されたトレードショーにIBM製のスマートフォンが登場して以来、私たちのライフスタイルやビジネスシーンも大きく変わりました。人々の購買活動ひとつとっても、購買チャネルが対面から電話、ファックス、そしてインターネットと変化したことで、多様化しています。
*VUCA=Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の略。人や社会を取り巻く環境が複雑化し、これまでと違って想定外の結果・事象が発生することから、未来を予測するのが困難な状態を指す。
めまぐるしい変化の中で未来が予測できず、かつては安泰と呼ばれていた大企業であっても立ちゆかなくなる今。企業に必要なのは、時代の変化を受け入れながら、先を見据えて自らも変化し続ける力です。
変化し続ける企業体質をつくるには、社員が同じ方向を向きながら、一人ひとりが世の中に対して常に新しい価値を提供し続けなければなりません。社員一人ひとりが未来を創造する思考を持ち、主体的に行動できるよう働きかけていく活動がインナーブランディングなのです。
先見性や未来志向を持ち、確かなビジョンのもと、柔軟に変化し続けている企業を「ビジョナリーカンパニー」と呼びます。ビジョナリーカンパニーの特徴の一つが、企業理念やビジョン、行動指針が社内に浸透し、社員一人ひとりがその理念を支持しながら、それぞれの仕事を通して体現しているという点。社員が同じ方向を目指し、ポジティブに動き続けることができれば、未来もポジティブに作っていくことができるのです。
インナーブランディングがしっかりとできていれば、企業を取り巻く環境が変化したとしても、臨機応変に対応しながら世の中に新しい価値を提示し、企業の価値を高めることができます。
【ビジョナリーカンパニーのジョンソン・エンド・ジョンソン】
『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP社/山岡洋一)の著書ジム・コリンズは、本著でヘルスケア関連製品メーカーのジョンソン・エンド・ジョンソンをビジョナリーカンパニーの一つとして紹介しています。
1980年代、同社が販売していた頭痛薬「タイレノール」に毒薬が混入され、死者も出た毒物混入事件を受けて、全米のドラッグストアから該当商品を回収するという決断をします。さらに、同様の被害を出さないために、新しいパッケージを開発する対策を打ち出し、消費者からの評価は高まりました。
この行動の根底にあったのは、「製品を通じて、病気で苦しむ人たちの苦痛をやわらげる」というクレドー*。同社のクレドーは今でも受け継がれ、「クレドー・サーベイ(社員の意識調査)」「クレドー・チャレンジ・ミーティング」などさまざまな形で社内に浸透させ、実現させるための取り組みが行われています。
*クレドー(CREDO):信条、志を指す言葉。企業理念をもとにつくられた行動指針であり、ビジョン実現のための指針。
不確実で変化のスピードが速い今の時代、企業の本質的な価値は、「変化を受け入れ、自らも変化し続ける力」を持ち続けられるかどうか、にあります。多くの企業がさまざまな形で進化・変化を生み出していますが、インナーブランディングの意義を見直すことで、自分の会社がまだ手をつけられていない根源的な領域に気づくことができるかもしれません。
インタビュー・テキスト:松本有為子 デザイン:下出聖子(amana design studios)