無印良品のパリでのPR映像「TOKYO PEN PIXEL」をはじめ、CMからMV、TVドラマまで手がける曽根隼人さん。映像ディレクターとして活躍する傍ら、ビデオグラファーが育つ土壌を作るプラットフォーム・VookのCCOも務めています。第一線を走りながら、業界を俯瞰して見つめる彼に、今後のクリエイターと企業に必要な視点について伺いました。
——映像ディレクターでありながら、VookのCCOを務めていらっしゃる曽根さんですが、映像クリエイターたちをつなぐVookに参画した経緯を教えてください。
曽根:2019年4月にVookが主催した映像クリエイターのためのカンファレンス「VIDEOGRAPHERS TOKYO」で、イベントのクリエイティブやゲストの招聘、カンファレンスのMCなどを務めたことがきっかけで声をかけてもらいました。映像クリエイターを紹介する番組「テクネ 映像の教室」(Eテレ)のプロデューサーをやったり、映画監督の紀里谷和明さんと映像の学校を開設したこともあり、オンラインに限らず、クリエイターが共に学び刺激を受け合う考えに賛同したんです。
——リアルな場でのコミュニティの重要性を感じていると。
曽根:僕自身、10年ほど前にフリーで映像ディレクターを始めましたが、何の情報もコミュニティもなく、どうやって仕事をしたらいいか、誰に聞いたらいいかもわからないことも多かった。また、当時からデジタル化とブロードバンド化で映像の需要が増し、制作面でも分業体制から個人で完結する時代へと推移していくのは明らかでしたが、10年経った今でも映像業界全体としてその変化に対応できていないのが現状です。技術的なナレッジを共有して勉強し合いながら、映像のクオリティを上げ、よりクリエイティブ・ファーストな環境の実現を目指すべきだと思っています。
——そのような環境を作るため、曽根さんはVookでどのようなことをしていますか?
曽根:「映像拝見部」というイベントを開催しているのですが、そこでは僕とモーショングラフィッカーの白戸裕也くんがCMやMV、ショートフィルム、Web動画を見ながら、使われているテクニックや演出のポイントをひたすら解説していきます。映像を見ているだけでも「こんな表現や伝え方があるのか」と発見があって勉強になりますが、Vookでのイベントでいちばん大事にしているのは、横のつながりをつくってもらうことです。
曽根:というのも、普段ディレクターやビデオグラファーは現場に一人しかいない職種なので、互いに接点が作りづらいんですね。業界全体を盛り上げるには、横のつながりは必要不可欠。刺激し合える環境が必要です。僕はディレクター以外にもプロデューサーやカメラマンとしての仕事もあり、他のディレクターと接する機会も多いので、こういった場を意図的に作り、映像クリエイター業界全体のサポートができたらいいなと思っています。
——Vookの取り組みなどで、日々多くの映像をご覧になっていると思いますが、最近のWeb映像の傾向として感じることはありますか?
曽根:2~3分の映像でも、1カットが短く、シーンが飛躍してどんどん変わっていくタイプが多くなっていますね。背景には見る側の集中力の持続時間が短くなっていることや、TikTokやInstagramのストーリーズのような短尺動画の影響があります。僕はそういうタイプの映像を“Tik(ティック)系”と呼んでいますが、最近では企業がかなりの予算をかけて“Tik系”の広告動画を作っている印象があります。
——その他にはいかがですか?
曽根:機材面ではデジタル化が進んでいる一方で、映像のルックはどんどんフィルムの質感に寄せてきている傾向があります。僕の世代がデジカメで興奮したのと逆で、若い人たちは「写ルンです」に興奮すると聞く。デジタルに囲まれた日常からいかに脱するかと考えたとき、フィルムの質感が新鮮に感じられるのでしょう。若者向けの動画ほどその傾向がありますし、若いディレクターで、あえて8ミリフィルムで撮る人もいますしね。
——フィルムの質感は、広告という枠組みの中で温度感や親近感を感じさせることができるのかもしれません。
曽根:そうですね。こうしたビジュアルのクオリティが高くなっている一方、僕の中では表層的な表現に終始する映像が増えているのではないか、という懸念もあって。とにかく見た目に重心を置くのか、もっと深い哲学的な部分を感じさせるのか、作り手によって二分している気がします。写真を撮る行為が現代人の標準能力になったのと同じように、次は誰でも映像を扱える時代が来るはず。そうなったとき、プロの映像クリエイターの立ち位置を考えないといけないと思います。
——これからのクリエイターには“哲学”があるどうかが問われると?
曽根:はい。“哲学”というと少し大仰な響きですし、面と向かって話すことが恥ずかしい人もいると思うんですが、映像のいいところは、語るのでもなく、押し付けるのではなく、感じてもらえることにあります。クリエイターが自分の哲学をもって映像を作ることで、見た人の心に残り、その人の生き方にまで影響を与えられることもある。僕の映像を作るモチベーションは今そこにありますね。
——日々変化する映像環境にクリエイターたちが対応していく一方、仕事を依頼する企業もまた、クリエイティブに対するリテラシーが求められていると思います。
曽根:映像文化が向上することは、社会全体の向上につながっていると思いますが、それはクリエイター側だけが意識していても実現できません。映像を享受する側や、クライアント側のリテラシーの向上も大切です。
クライアントのリテラシーがいいものを作ると実感したのは、長崎県大村市のPR動画を作ったときでした。大村市は、海も山も豊かで空港も近く、生活するにはとてもいい街です。一方で、これといった特徴がなかった。そこで僕が提案したのは、「大村市なんて大嫌い」と女子高生が連呼しながら市内を歩くというインパクトの強い企画。「私たちの街はこんなに素敵です!」というありきたりな動画では見た人の記憶に残らないと思ったんです。
——PR動画でありながら、自ら「大嫌い」と言い切っちゃってますね。
曽根:素晴らしかったのは、自治体側の対応でした。本当は意図を説明するための言葉をたくさん用意していたのですが、すぐにこちらの意図を理解してくれて、企画は即採用。彼らは「平均点では勝てるけど、特筆するものがないんです」と自分たちの街を客観視し、担当者もどんなふうに映像を使うべきかを理解していた。その結果、中途半端な表現にならず、インパクトの大きいものを作ることができて、大村市を知ってもらう1つのきっかけになったと思います。クライアントのクリエイティブに対するリテラシーの高さに助けられ、一緒によいものを作れました。その結果、この動画は地方CMやPR動画を対象にした「ぐろ〜かるCM大賞2019」で特別賞を受賞することもできたんです。
——今後、映像文化を盛り上げていくために考えていることはありますか?
曽根:すでに形になっているものがあるのですが、フジテレビの動画配信サービス「FOD」と乃木坂46のコラボ企画で、10人の映像ディレクターが1本ずつ監督するオムニバスドラマ「乃木坂シネマズ~STORY of 46~」をプロデュースしました。声を掛けた監督は、広告やMVなどを手がける柳沢翔、山田智和、谷川英司など、普段はテレビ以外を活動の場としているクリエイター。作品のクオリティだけでなく日頃から「なぜ撮るか」の部分をしっかり考えている方たちです。
——なぜドラマを手がけることが、映像文化を盛り上げることにつながるのでしょうか?
曽根:日本の広告のクリエイティブは、世界でも戦えるクオリティのものもありますが、国内のドラマはなかなか海外で見られていないのが現状。でも、そこに日本の映像文化を成長させるヒントがあると思っています。
アメリカのドラマ『ウォーキング・デッド』や最近話題になった『チェルノブイリ』など、海外のドラマシリーズは、映像のクオリティはもちろん、エンターテインメント性に加えてフィロソフィーがしっかりとありますよね。市場が世界になってくると、そこと勝負できる作品を作らないといけません。そこで自分の哲学を持ったクリエイターと一緒に開拓していきたいと思ったんです。
監督たちにとっては競作になるので、皆さん全力を注いでくれて、人間ドラマもあれば恋愛もの、コメディ、アクション、サスペンス、SFまで、監督によって多種多様な方向性でそれぞれのよさが出た作品が揃いました。エンタメ要素とメッセージ性が両立し、フィロソフィーの部分でもしっかり勝負できる作品になっていると思います。演出力に課題も見出せたので、今後もクリエイターたちと挑戦していきたいと思っています。
クリエイター1人1人のクリエイティブ力向上に加え、業界全体の文化の向上を念頭に、クリエイターが互いに刺激し合い、高め合える土壌をつくろうとしている曽根さん。広告やドラマなどのジャンルを限定せず、世界と戦えるクリエイティブを作るという彼の視座は、広い視点で見れば、クリエイターのみならず企業や社会にも影響を与えることにつながっていくのではないでしょうか。
インタビュー・テキスト:小林英治 インタビュー撮影:小澤塁(acube)