幅広い領域でブランディングデザインを手掛け、常に結果を残してきた、good design companyの水野学さん。日本のトップ・クリエイティブディレクターに、あらためて伺いました。水野さん、「ブランドをカタチにする」ってどういうことですか?
――今、業種や規模を問わず、「ブランディング」が注目されています。背景には何があるのでしょうか。
水野学さん(以下・水野。敬称略):まず大きいのは「世界における日本企業の立ち位置が変わった」ということでしょう。ご存知のとおり、1970年代から1980年代後半にかけて、日本のプロダクトが世界を席捲しました。わかりやすいのがカメラです。ニコンやキヤノンという日本のメーカーが、精巧で質の高い“技術力”を武器に、欧米の名だたるメーカーからシェアを奪いました。
この日本企業の隆盛に対抗するため、ヨーロッパの企業が自分たちの立ち位置を変えざるを得なくなりました。同じ土俵で勝負してはならないと。そこで、「ブランディング」がより強く意識されるようになったのだと思います。
――ここで言う「ブランディング」とは、何を指していますか。
水野:僕が考えるブランドとは“らしさ”であり、ブランディングとは“見え方のコントロール”のことです。
当時の欧米は、コストパフォーマンスだけでは新興勢力の日本企業に勝てない。そこで、それぞれの企業の“らしさ”を、プロダクトデザイン、その作り込み、パッケージや広告のグラフィックやコピーに至るまでしっかりと入れ込んで、コントロールし始めました。
――ブランディングによって、日本企業の価値観とは別の立ち位置で勝負できるようになったわけですね。
水野: ところが、今は日本がその当時の欧米メーカーのような状況に追い込まれています。「よい物さえ作れば売れる」という時代の終焉がやってきたのです。日本企業も各自が持つ“らしさ”をしっかりと伝える努力を徹底しなければ、消費者に選ばれなくなりました。つまり、「ブランディングをしなければ生き残れない時代になった」ということなんですよね。
しかもSNSの台頭もあるので、最近は、より緻密なブランディングが必要になってきています。さきほど、ブランディングとは「見え方のコントロール」と言いましたが、近頃はもっと細やかに、まるで1本の映画を作り上げるようかのように丁寧に世界観を作り上げることが必要になっていると感じます。
しかし問題は、日本は技術力が高く「ものづくり信仰」が強かったことです。見せ方や見え方をすこし疎んじてきた歴史があります。
――ブランディングが必要なのに、それを得意としない企業が多いということですか。
水野:そうですね。ブランディングが見せ方のコントロールならば、ブランディングとデザインは表裏一体です。
アップルが製品のカタチからパッケージ、CM、さらにアップルストアの従業員に至るまで「クールでおしゃれ」という“らしさ”をまとっているのは、まさにアップルが手掛けるすべてに、ブランディングデザインがなされているから。ブランドをアップルらしいカタチにして、コントロールしているからです。アップルのような統一された一貫性のあるブランディングが、日本企業は極めて苦手でしょう。
もう1つ、そもそも人間の目と脳が極めて敏感だということへの認識が、薄いのかもしれません。たとえばレストランで料理を食べていたとき、その料理にたった1本、短い髪の毛が入っていただけでもすぐに気づいて、途端に食欲をなくすことがありますよね。
品質や価格で差別化ができなくなったからこそ、この少しのデザインのよし悪しが、いま多くのユーザーのものを選ぶ判断基準になっている。人の美意識を甘く見積もってはいけないんですよね。
――実際にブランディングを手掛けるときは、クライアント企業の原点を調べることから始めるそうですね。
水野:はい。僕は最初に「オリジン」を探ります。
たとえば、お茶のブランディングを依頼されたら、まず「お茶とは何か」から調べます。ルーツは中国だとか、栄西という僧侶が『喫茶養生記』という本を書いているな、とか。そこからたどると“らしさ”が見えてくる。まとうべきデザインが見えてくるんです。
――2007年に中川政七商店のブランドデザインを手掛けたときもそうでしたか?
水野:当初は同社が運営していた「遊 中川」というアンテナショップのショッピングバッグをデザインしてほしい、という依頼でした。けれど、バッグだけよいものをつくってもすべてに“らしさ”が入っていなければ、ブランドとしての魅力はお客様に届きづらいと思いました。
そこで同社のルーツをたどってみました。実は創業1716年という圧倒的に歴史ある企業で、奈良に本社があるということを知りました。そこで「300年前から使っていたようなロゴ」を作り、あらためて「奈良の中川政七商店」というブランド名を全面に出そうと提案したのです。
――まとうべきは「歴史ある奈良のオリジンである」ことと判断。それを感じさせるデザインを施したと。
水野:十三代社長の中川政七さんは当時、「奈良がそんなに武器になるとは思わなかった」と驚いていました。でもこれは当然で、中にいると当たり前すぎて、自分達の価値や凄さが見えにくくなってしまうことは多いと思うんです。
2008年に僕が考えた会社ロゴが採用され、商品タグから、封筒、ダンボールまでを統一させました。2010年にはその会社ロゴを使った新ブランド「中川政七商店」が立ち上がり、今や10年目を迎えて、全国に40店舗以上を展開しています。
――クライアントは意識していなかったけれども、お客様に支持された。まさにまとうべきデザインだった証左ですね。
水野:「普段、おしゃれに無頓着なお母さん」が、ヘアメイクやスタイリストといったプロの手を借りて素敵になる、というバラエティ番組があります。周囲も本人も「こんなキレイだったんだ!」と驚く。そういったお手伝いをする仕事がブランディングデザインだと思うんです(笑)。いくらトレンドでも、その人にフィットしない服を着せたら逆効果にすらなります。
たとえば、僕が2016年からブランディングデザインをお手伝いしているオイシックス・ラ・大地。同社のロゴマークはこのようなものになっています。
水野:41種類の野菜を選んでロゴにしました。これは、お客様から実際に支持されている上位の野菜を選んでイラストにしたもの。今は数千点のバラエティに富んだ食料品を扱っていますが、オリジンはやはり野菜。野菜で食卓を豊かに笑顔にするという変わらないビジョンを示すべきだと考えました。
――「Oisix」のフォントはどこか懐かしさを感じさせます。
水野:有機野菜のECサイトの先駆けというオリジンを大切にしたい一方で、毎日、口にする食材を届ける、という意味ではもっともっと「身近」で「当たり前」の存在になってしかるべきだと考えました。
身近で当たり前に食材と出会う場所といえばスーパーマーケットです。世界中のスーパーマーケットのロゴをとにかく集めて、“スーパーマーケットらしさ”を探求しました。とがりすぎず、安心感のあるすぐそばにあるスーパーのようなシズル感を形にしました。
結局、相手のことを相手以上に知っていないと、相手が喜ぶようなことはできないんだと思います。だから「自分でも気づいていなかった」という魅力を見つける。ブランディングデザインのスタートはいつもそこからです。
――興味深いのは、そのように考え抜いてつくられた「Oisix」のロゴマークですが、10月に入るとハロウィン仕様に変わっていました。こうしたロゴなどCIのカスタマイズは、クライアントの現場にほぼ任せているそうですね。
水野:分厚いブランドブックを作って、形も色もレギュレーションを厳しくすることが正しい、とする考え方もあります。でも、「CIはなるべく自由にすべきだ」というのが僕の持論です。
もちろん、中心となるCIはしっかりと理念に基づいたものを形作ります。しかし現場でそれを使うときは、社内のブランドコミュニケーション部隊が、使う側の都合で「ここまでなら変えてもいいだろう」「ここからは変えてはならないな」としっかりと判断しながらカスタマイズして使うほうがブランディングにつながります。
――なぜCIを現場でカスタマイズすることがブランディングにつながるのでしょう?
水野:社員の方々が、ロゴやマークをどこまで変えるかについて「うちのブランドはこうだよな」「だからこういう形にするべきだな」と考え抜く必要があります。その行為によって、自然と自社の理念や“らしさ”を問い直し、身につけることにつながると思うんです。
ブランドって、大きな岩ではなくて、「小さな石の積み重ね」でできるものなんです。社員証のデザイン一つ、社長のちょっとしたひと言、そういったあらゆる細かな要素の数々がしっかりとその企業の“らしさ”にひもづいているかが問われます。
――そこまで細かにコントロールするには、現場の一人一人に根付く自走するブランドでなければならないと。
水野:今はデジタルマーケティングが進化して、「このターゲット向けの商品・サービスならば、こんな色や形を好み、このような雰囲気でブランディングデザインをするべきだ」というデータが取れる時代です。
ただ、それはコモディティ化のリスクがあります。同じターゲットを狙ったブランディングデザインが、どこか似たようなものになるのは当然です。
答えはいつも自分の中、企業の中、プロダクトの中にあるんです。まず根っことなるようなコンセプトを見つけて、そこから形を作っていくことが大切です。だからオリジンを探り、気づいていなかった魅力を見つけることから始めています。
コンセプトは企業の「地図」になる。そうした地図を正しく示すことがブランディングデザインであり、クリエイティブディクレターの責任だと思っています。
文:箱田高樹 撮影:大竹ひかる(amana)