山口義宏さんに聞く、BtoB企業こそブランディングでビジネスが伸びるワケ

ブランディングはBtoCマーケットの話でしょ?」と思う人も少なくないはず。ですが、実はBtoB企業こそ短期間で企業ブランディングの効果が出やすいのです。なぜBtoB企業が企業ブランディングを行うべきなのか? ブランディングコンサルの第一人者、山口義宏さんに解説していただきます。

ブランディングがもたらす2つの効果

——そもそも、なぜ企業はブランディングすべきなのでしょう?

山口義宏さん(以下、山口。敬称略):2つの効用があるためです。1つ目は、社内の求心力になること。ブランド戦略として、自社の強みや魅力を見出し、価値とビジョンを関連づけて明確に定義できれば、社員たち自身があらゆる場面で、ブランドが目指す価値とビジョンに沿って判断できるようになります。

商品企画やプロモーション、接客などの具体的な施策づくりや方向性も、筋の通ったブランド価値に基づいて判断できる。顧客からすると価値を実感するのに欠かせない体験の一貫性が生まれるのです。

<PROFILE>山口義宏|Yoshihiro Yamaguchi インサイトフォース株式会社 代表取締役 戦略コンサルタント 東京都生まれ。東証一部上場メーカーで戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年に企業のブランド・マーケティング領域特化の戦略コンサルティングファームのインサイトフォースを設立。 BtoC~BtoB問わず企業/事業/商品・サービスレベルのブランド~マーケティング戦略の策定、CI、マーケティング4P施策の実行支援、マーケティング組織開発及びマーケティングスタッフの育成を主業務とし、これまで100社を超える戦略コンサルティングに従事。

山口:2つ目が、市場競争力を高められることです。あらゆるモノやサービスがあふれる中、自社のプロダクトを選んでもらうためには「他より優れた価値(優位性)、もしくは他とは異なる価値(差異性)」を認識してもらう必要があります。商品・サービスが「事実としていいこと」と、「いいと知覚認識されていること」には大きな隔たりがあります。

ブランドとは、名前やロゴのような識別のための記号と、その記号から頭の中で想起される価値の掛け算で成り立つもの。いい商品・サービスをつくるだけでなく、いい価値の知覚認識がマーケットに浸透していれば、多くの選択肢の中から選ばれる可能性が高まります

また、ブランド価値が高ければ、その信頼性によって値段が高くても買ってもらえるようになる。ブランディングによって、多くの選択肢の中から購買候補に挙がり、よりよい取引条件で購買に転換される確率(コンバージョン)が高まります。さらにはリピート購入も増えてLTV(顧客生涯価値)も高くなり、ダイレクトに売上と利益率を押し上げるんです。

れらの効用は、BtoC、BtoBに共通するもの。BtoB企業でもブランド戦略が明確な会社は、社内に明確な判断基準が生まれ、社員一人ひとりが自律的、かつ意欲的に動けると強い組織になっていきます。逆説的ですが、ブランドの求心力が高いほど、現場に「自由度」という遠心力を働かせやすくなるんです

BtoB企業に有効なブランドを伝える手段って?

——では、BtoB企業とBtoC企業のブランディングで大きく異なるのはどのような点ですか?

山口: 大きな違いはターゲット市場の広さです。たとえば老若男女をターゲットにしているBtoC企業のコカ・コーラは、数百円の単価で大きな売上を得るために、商品ブランドの存在と価値を知覚認識してもらうことが必要になってきます。それこそ数千万人に知ってもらえるよう、TVCMや交通広告、雑誌広告、Web広告など、さまざまなメディアで露出をしていかなければなりません。

一方、BtoB企業の商材は、そもそも取引単価が高いことも多く、購入する層も絞られるため、ターゲットの業種と業界も限られています。数千万人にリーチする必要はありません。

「ブランディング」というとTVCMを思い浮かべ、「うちの会社はCMするほどの規模じゃないので、ブランディングなんてできない」と反応する人も多いのですが、そもそもターゲット市場の狭いBtoB企業の多くは、TVCMは不要。ターゲットの広さや購買プロセスに応じたやり方があります。

推計レベルですが、私の会社のインサイトフォースも、ブランドを認知している人は10万人もいないと思います。でも、ターゲット層に弊社の存在と強みが認知されていることで、十分な数の引き合いと大きな取引単価が成り立ち、ビジネスを支える効果を得ています。

——BtoB企業がブランドを顧客に知覚してもらうためには、具体的にどうすればいいでしょうか?

山口:業種によって取引単価も購買検討プロセスも異なりますが、ここでは、取引単価が高めなBtoB企業がブランドを顧客に知覚してもらうための手順の例をお伝えします。やることは極めてシンプルです。

山口:まず、潜在顧客へのアプローチとして効果的なのが、PR。ビジネスパーソンがよく目にする日本経済新聞やテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」、Webメディア「NewsPicks」といった経済系のメディアや、ターゲット業界の人が手に取る専門メディアに、自社商品やサービスをとりあげてもらうよう尽力します。これは潜在顧客に幅広くリーチする基本です。

次に、コーポレートサイトやサービスサイトへ誘導します。メディアで商品やサービスを知った人は、Webで検索し、自社にサイトへやってきます。そしてサイト内に顧客から必要とされそうな情報を記載しつつ、より深い情報をおさめたホワイトペーパーを設置し、ダウンロードを促します。ダウンロード時には、氏名や所属企業、連絡先を入力してもらい、再コンタクトできるようにしましょう。

さらに興味を持っていただいた方には対面のセミナーに参加してもらい、自社の価値やブランドを伝えます。セミナーは対面でありながら1対nの関係でメッセージを発信できるため、態度変容や購買喚起という視点では効率的な顧客接点です。セミナーのアンケートによって購入に関心ある層が絞り込めたら、あとはクロージングに向けた1対1の営業で、カスタマイズした提案をしていきます。

ここでBtoBブランディングの鍵となるのは、ブランドとして記憶に残すロゴの色や知覚させる価値、そして価値を伝えるコミュニケーションのトーン&マナーに一貫性を持たせること。PRから1対1の営業シーンまで、それぞれの接点に合わせて切り出すツールや情報の深さはカスタマイズする必要はありますが、TVCMだけでなく、社名やロゴなどデザインまわりのCI(コーポレート・アイデンティティ)も変更不要な場合が多々あります。企業課題としては、CIは整っているけれど、どのような価値を市場に浸透させるのか、ブランド戦略が定まっていない、その戦略を施策で表現できていない、というのが大半なのです。

実際にインサイトフォースで手がけるブランドコンサルティングでも、案件の80%はブランドの名前やロゴを変えることはなく、市場に知覚させたい価値の整理と、マーケティング施策への落とし込みで成果を生み出します。

ブランディングに長けたBtoB企業はセールスフォース・ドットコム

この手順が綺麗に描けているBtoB企業の代表例は、セールスフォース・ドットコムだと思います。リーチすべきタッチポイントに対して着実にPRして、潜在顧客の興味を引き、リアルイベントを開いています。本国アメリカでは一般の方の間でも有名な大物ゲストの招致にも力を入れて大規模イベントも開催しているほど。また、日本市場では、ホワイトペーパーをダウンロードした企業に対してすぐに電話コールで追いかけるなど、地域特性に合った施策を展開していることが見受けられます。

BtoB企業のブランディングに重要なものって何?

——山口さんが考える、BtoB企業のブランディングにいちばん大事ものは何でしょうか?

山口:ブランディングは、3つの要素のかけ算で成り立っています。

山口:1つ目の要素は「魅力」です。根本的な話ですが、商品やサービスそのものに魅力がなければ、どれだけブランドが知られても顧客は購入しないですし、買ったとしても離れていってしまいます。

2つ目の要素は「接触頻度」。そのブランドに触れる時間が長ければ、顧客がブランドを知覚でき、深く理解する確率は上がります。セミナーなどは接触時間が長く、相手の集中力を独占しやすいため、ブランドの理解度を高める最高の媒体です。

そして最後が「一貫性」。プロダクトがいくら魅力的でも、広告が街中に溢れていても、伝えるための文言やデザインのトーン&マナーがバラバラでは、そのブランドを記憶に留めることはできませんし、異なるメッセージに触れ続けると、顧客も混乱してしまいます。「魅力」と「接触頻度」は多くの企業が意識していますが、一貫性」は抜け落ちている会社が多く、盲点だと考えています。

——一貫性を保つためにはどうすればいいでしょうか?

山口:一貫性を保つ組織ガバナンスの型は、「カリスマドリブン」型「技術ドリブン」型「戦略ドリブン」型の3つがあります。

山口:ですが、強力なカリスマ性をもったオーナーが属人的な好みによってプロダクトや経営戦略、PR施策に至るまでを決める「カリスマドリブン」型は、創業者の引退と共に消失してしまいます。

また、20世紀の日本のカメラや電機、自動車メーカーのように、精密部品のすり合わせにおいて圧倒的な技術力を持ち、製品による体験が他社と異なるレベルに感じられるほど「技術ドリブン」で一貫性を担保する型も、効力が失われつつあります。21世紀になってから技術力の差が少なくなり、技術的な価値の多くが半導体に注力されたことが要因です。

——属人的にならず、技術力以外で差をつけるには「戦略ドリブン」型に移行していく必要があるんですね。

山口:「戦略ドリブン」型は、ブランドが持つ強みや魅力を「形式知」として見出し、社内で共有する、というものです。自社のブランド価値を見極めたうえで、意識して一貫性をもってアウトプットしていくんです。 本当は素晴らしい技術やプロダクト、組織があるのに、それを周囲に知覚してもらえないのはもったいないですよね。

——では、「戦略ドリブン」を念頭にBtoB企業がブランディングを実践するときは、まず何から手をつければいいでしょうか?

山口:まずは「現状認識」から始めてみましょう。チームや部署ごとに時間を設け、商品やサービスの魅力についてディスカッションすると、他の人との認識の違いに気づくと思います。その違いはなぜ生まれるのか、重なるところはどこなのかを探っていくことが大切です。

市場からブランド価値として認識できるくらい、自社の強みとなる要素をシンプルなものに絞れたら、現場で体現できるよう、施策へ落とし込んでいきます。ブランディングは大きな追加投資コストが必須なのではなく、内部の戦略合意形成の調整コストがメインなのです。

効果的な営業ツールを作成したリネンサプライ*企業の話

とあるリネンサプライ企業は、業界随一の技術力のある工場を持ち、商品である布製品に電子タグを付けて在庫の数や移動経路をリアルタイム管理するなど、いち早く電子化による顧客体験の向上を実現していました。しかし、顧客にその差が伝わらず、価格競争に陥っていたという課題がありました。そこで、精度の高い在庫管理システム、白度(白さの程度を光の反射率)や衛生品質の高いクリーニング技術といったブランドの魅力と強みを、コーポレートサイトに掲げるキャッチコピーや、セールス用の資料の内容に一貫して反映。ホテルや工場など、クライアントの性質に合わせて表現アレンジを加えました。そうすることでブランド力が高まり、結果的に価格競争力に陥らない差別化を実現しています。

*ホテルや飲食店、工場などにシーツやナプキン、制服やウエス(機械手入れ用の雑巾)などの布モノをリースして、クリーニングなども請け負う企業。

——ブランドの魅力を反映し、メッセージやクリエイティブに一貫性を持たせたツールを使うと、具体的にどのような効果が得られるでしょうか?

山口:先に挙げたリネンサプライの企業は、それまで営業担当者によってコンペの勝率と取引単価にバラつきがありましたが、ブランド価値を新たに整理し、その価値に沿ったコミュニケーションを繰り返すことで、コンペの勝率や取引単価が高まり、全体の利益向上につながりました。この結果は、企業の魅力を効果的に伝えることで、効率的な営業につながることを示しています。

BtoB企業のブランディングは、短期間でPDCAを回すことができ、売り上げにも大きく影響するもの。取り組みの成果が出るスピード感は、個人的に非常に面白い領域だと思います。

以前よりブランディングに取り組むBtoB企業が増えましたが、BtoCに比べればまだまだ少ないのが実情。その分、しっかりと取り組んだ企業は、BtoCよりも競争優位を得やすい環境にあり、成果が出やすい業態だと思います。

まとめ

「ブランディング」というと、広告やCIなどクリエイティブな施策が目につきがちですが、それらは営業強化のための手法の1つでしかありません。まず考えるべきは、魅力や強み。共通の強みを顕在化できたら、次は一貫性をもって効果的に伝えていきましょう。

また、山口さんは「もし自社にブランディングの必要性を感じたら、社内に『ブランディングをしよう』、『ブランド戦略を打とう』と呼びかけるのではなく、『営業強化のプロジェクトとして、バラバラになっている強みを整理し、効率的な営業コミュニケーションツールを作りませんか?』と提案してみるといい」と言います。こうした言葉で伝えることで、営業担当者は“自分ごと化”が進み、経営層も納得できる可能性が高まるのではないでしょうか。

いずれにせよ、まずは現状認識から。自分たちのブランドを自覚し、手順を追って多くの顧客にいいブランドだと知覚されることで、選ばれる企業を目指しましょう。

 

インタビュー・テキスト:箱田高樹  トップ画像・作図:メルクマール

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