日常にあふれるモノを小道具(プロップ)にして空間をデザインする仕事=プロップスタイリングにより、日本に“ブツ撮り革命”を起こしているケイコ・ハドソンさん。そんな彼女に創作活動のきっかけや独特の世界の作り方、仕事をする上で大事にしていることを伺いました。記事の最後には、彼女が憧れる“ビジュアルを創る人”も紹介しています。
――プロップスタイリストになったきっかけから教えてください。
ケイコ・ハドソンさん(以下、ケイコ。敬称略):美大を卒業してから勤めていた会社を辞め、イギリスに留学したんです。それが2010年頃。ちょうどその頃、イギリスではインディペンデント・マガジン(※1)が流行っていました。興味を覚えて読んでみたら、日本では見かけない面白いブツ撮り写真がたくさんあり、その写真のクレジットには必ず“プロップスタイリスト”とあったんです。その肩書きをインターネットで調べるうちに、若い人たちが新しいカルチャーを作っていっているイギリスやイタリア、ドイツなどの国々では、プロップスタイリストという人たちがいて、ちゃんと食べていけていることがわかったんです。純粋に面白そうでしたし、きっと近い将来このトレンドが日本にもやってくるんじゃないかと思いました。
――それですぐに自分もプロップスタイリストになろうと?
ケイコ:いいえ、すぐにはできませんでした。留学を終えて日本に帰ってから一般企業に再就職したのですが、普通に働きながらも留学中に知ったプロップスタイリングを自分もやってみたいという気持ちがありました。それで考えたのがインスタグラムに作品をアップしていくこと。雑誌や広告に載っている静物写真を研究し、見よう見まねで私もプロップスタイリングして写真を撮り、1日1枚ずつアップしていきました。平日は会社勤めをし、土日に写真を撮り貯めする。そんな生活を半年ぐらい送った頃、私のインスタグラムを見てくださった雑誌の編集者からお仕事をいただいたんです。それが、プロップスタイリングを仕事として始めるきっかけになりました。
※1 大手スポンサーや親会社の理念に左右されない情報発信、世界観を表現することを主旨とした雑誌のこと。『032c』『BADLANDS 777』『Moder-n』などがその一例
――プロとして仕事しはじめ、1人で作品を作ることとの違いを感じることはありましたか?
ケイコ:シンプルに言うと、自分のためか、他人のためかという違いはあると思います。自分1人で作るときは、純粋に自分がやりたいことを追求します。クライアントワークでは、クライアントの希望にまず応えながら、いかに自分らしさを出していくかを考えていきます。たとえ最初にクライアントから「ケイコさんらしさを出してください」と言われたとしても、自分らしさを100%出そうとするのではなく、“私らしさのボリューム”を探りますね。10%出したらいいのか、50%出したらいいのか……と。どの程度“自分らしさ”を出してOKなのかで、作品の雰囲気もだいぶ違ってくるので。そのあたりを探るためにも、クライアントとの最初の打ち合わせではかなり細かく聞くようにしています。
――たとえばどういったことを聞くのでしょう。
ケイコ:去年、「ARTIDA OUD」のローンチパーティーでディスプレイをさせてもらったのですが、最初にジュエリーをデザインされた方に何がインスピレーションになったのか、どの商品を一番売り出したいかといったことを聞いていきました。そして、ジュエリーデザイナーの方が、デザインのインスピレーションにした土地の景色やモノ、抽象的なスピリットなどをプロップで具現化し、台座の上で商品と掛け合わせるインスタレーションをしました。
――紙媒体の写真なのか、Webの写真なのか、或いは空間デザインなのかという、出すメディア、場所によってスタイリングの仕方に違いはありますか?
ケイコ:写真に関しては、それが紙なのかWebなのかという点は気にしていません。ただ、空間だけは別ですね。
――空間は別、と言いますと?
ケイコ:空間は難しいです。写真は撮った角度以外の視点からは見られないものですが、空間の場合は見る側が動くことができます。360度、上からも下からもその作品を見られるんです。それに最近は皆さんが携帯で写真を撮るので、その誰かの携帯の中でも美しい作品として写っていたいという気持ちがあるんです。となると、モノを置く場所やライティングはもちろん、素材の耐久性にもこだわりたくなるので時間をかけないとできないんです。先ほどお話しした「ARTIDA OUD」のディスプレイは、会場探しからクライアントと一緒に取り組み、4カ月ぐらいかけています。
――今はスタイリングだけではなく、ビジュアルクリエイターとして写真や空間のビジュアル面すべてを指揮されることが多いそうですが、スタッフにはどういった表現で作りたい世界を伝えることが多いですか?
ケイコ:基本的には、イメージに近いビジュアルを集めたり、シーンが思い浮かぶ言葉を使ってコミュニケーションをとっていて、クライアントに求められない限りはラフも引きません。感覚を共有してもらうことで、“ラフと答え合わせする撮影”にならず、“現場で奇跡を起こす撮影”が引き出せると思っています。だから、信頼しているスタッフの皆さんが同じ感覚の中で自由に表現できる環境を作ろうと心がけてますし、その方がきっと予想を超えたいいモノが生まれる可能性が高くなるのかなと思います。
――デザインの着想はどんなところから得ることが多いですか?
ケイコ:日常のインスピレーションを大事にしています。街を歩いて発見したものを自分の中に取り込んで、デザインのアイデアにつなげていくことが多いです。あとは美術館でアートを見たり、博物館や資料館、国立新美術館の上にある図書館に行って図版を見たり。私、図版の独特な質感が好きなんです。カメラマンと打ち合わせをする時も、図版を例に出したりします。たとえば、主役となるモノを彫刻のようなアートピースとして考えてもらい、“これを1960年代のイタリアの図版写真のようなノリで撮ってください”などとインスピレーションに繋がる画像を見せながら、撮ってもらうこともあります。
――ケイコさんが手がけられた写真は二次元ですが、奥行きを感じ、三次元として捉えられるような印象も受けます。
ケイコ:それは嬉しいです。最初にインスタグラムでやっていた時には“モノ×モノ“の関係性の模索をしていました。そこから発展し、今は“モノ×モノ”に人や時間、場所といったものを掛け合わせてデザインしていくようにしているんです。
――なぜモノ×モノに人や時間、場所を掛け合わせるようになったのですか?
ケイコ:モノとモノだけの表現に私自身が飽きてしまったというのが大きいですね。純粋に、もっと表現の可能性を広げたかったんです。それで考えたのが、写真にストーリーを備えること。モノが置いてあるだけの写真の中に“不在の在”を感じてもらえるようにしようと。それで“この写真の主人公は誰でどんな生活をし、何時ぐらいにこんなことをしているときに電話が鳴って部屋を出ていった瞬間”といった感じでストーリーを考えつつ、デザインするようになりました。その瞬間を表現するためには、紙一枚とってもただ平らに置くのではなく、丸めてみるなどキネティックなアプローチをしています。
――ケイコさんの作品は時に匂いがしたり、風を感じたりと、嗅覚や触覚まで刺激されるのは“不在の在”を意識されているからなんですね。
ケイコ:そう感じてもらえていたら嬉しいです。匂いも実はデザインするときに意識していることなんです。たとえば、魚など誰もが生臭いと知っているようなモノを撮る際には、料理と一緒でスカッと酸味があるようなものを一緒に置いてみたり。そのモノを見て“こんな匂いがするだろうな”という皆さんが共通で持っている感覚や情報をちょっとだけ操作して遊び心のあるデザインにする。そこも大事にしているところです。
――今後やってみたいことはありますか?
ケイコ:異業種の方ともっと一緒に働きたいです。たとえば、雑誌『SPUR』(集英社)ではフードジャーナリストの平野紗季子さんとご一緒しているのですが、異なる業界の方はアプローチも違えば、使う素材も違ったりするので、刺激的で面白いんです。ほかにも建築家や文筆家……いろんな人と仕事してみたいですね。あと海外のクリエイターも自分とは違う感覚を持っている方が多いので、もっと仕事してみたいという思いもあります。異業種の方や海外の方との仕事をもっと増やし、自分の可能性も広げていけたらと思っています。
ケイコ:去年、「TOMORROWLAND」の40周年記念ブックの仕事で、フランスのブツ撮りの巨匠と言われるフォトグラファーのPhilippe Lacombe(フィリップ ・ラコム)氏とお仕事させていただきました。その方は技術はもちろん素晴らしく、その上、とても感覚的にブツ撮りをされるんです。たとえば彼がシャツをフワッと置くだけで、もうそれが素晴らしいんです。天性のアーティストだと思いますし、私もこの感性が欲しいと思いました。ほかにも写真家のCharles Nègre(チャールズ・ネグレ)や、映像作家のOscar Hudson(オスカー・ハドソン)など、注目しています。オスカー・ハドソンが撮影した『Ottolenghi』という曲のMVはすごいんです。電車の中の日常が次々と写真となり、過去のワンシーンになっていく。こういう発想が私もできたらいいのに、と考えたりもします。
テキスト:佐藤ちほ
撮影:大竹ひかる(アマナ)
撮影協力:CONNEL COFFEE