テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、
一般的に、VRのビジネス活用といえば、消費者に製品を擬似体験してもらったりすることかもしれません。VR活用は他にどんなものがあるでしょうか?今回、テクノロジーライターの大谷和利さんが、社会的なインパクトをもたらそうとドイツの動物愛護団体が仕掛ける強烈なVR映像体験についてご紹介します。
環境保護団体や動物愛護団体は、ときとして、やや過激な手法を使って自らの主張を世間にアピールしようとする。しかし、法に触れず、誰にも直接的な危害が及ばないのであれば、無関心な人たちに問題意識を持たせるために、特異なやり方で振り向いてもらってもよいのではないか。そう思わせるのが、PETAことドイツの「動物の倫理的扱いを求める人々の会」が展開している「Eye To Eye(目と目を合わせて)」という名の実験的なプロジェクトだ。
それは、生け捕りにされた動物たちを襲う恐怖感や、自由を奪われて味わう無力感などを、VR映像とゴーグルによって被験者に擬似体験してもらうというもので、没入感のあるリアルなビジュアルが傍観者を当事者へと変えていく。その臨場感の高さは、被験者の表情からもひしひしと伝わってくる。
このコンテンツは「Eye To Eye」という名のごとく、被験者と、動物の代表としての一匹のウサギとの、1対1の対話によって進行していく。ウサギは、固定的なCG動画ではなく、被験者の反応に応じて表情や応対を変えるリアルタイムのキャプチャー技術によって、1つの人格を持った生き物として描かれる。これにより、被験者は動物の気持ちを、我が事のように考えられるようになるのだ。
被験者に自由について考えてもらったところで、ウサギは、自分にとっての自由とは何かを見てもらいたいと提案してくる。すると風景が一転して夕方の森へと変化し、そこで暮らす心地よさを被験者に想起させることになる。
そして、そんな平和な暮らしを奪われた動物たちが、ドイツ国内だけでも100万匹もいることが明らかにされると同時に、仮想空間の中で被験者自体も檻に閉じ込められたような感覚を味わうことになる。
だが、ウサギはなおも動物たちが置かれた過酷な環境に言及し、被験者に何らかの社会的行動を起こすように促す。それを受けて、すでに動物たちの身になって考えるようになった被験者たちも賛同していく。
終盤で秀逸なのは、仮想空間で舞い落ちてきた封筒が現実の世界にも置かれている点だ。被験者がそれを読むことによって、一連の出来事を改めて自分の側に引き寄せて考えるスイッチの役目を果たすからである。
この「Eye To Eye」は、VR技術が持つ主観的なビジュアルの力によって、社会的なインパクトをもたらそうとする野心的な試みといえる。一般的なビジネスにおいても、たとえば消費者に製品開発の現場を擬似体験してもらったり、逆に、回収された廃品の処理やリサイクルの様子を見てもらうなど、企業メッセージを伝える手段としても有効に利用することができるだろう。
※図版は、すべて公式ビデオ<https://youtu.be/pO1wctpTmTY>からのものです。