徳田祐司さんが生み出すビジュアルには、商品やブランドのもつ本質的な魅力を、一瞬で伝える力がある。その秘密はどこにあるのだろうか? クリエイティブディレクター、アートディレクターとして一線を走り続けている徳田さんに、その思考のプロセスを伺いました。
――徳田さんの会社canariaのサイトには「Design makes a positive way.」という言葉が掲げられていますね。
徳田祐司さん(以下、徳田。敬称略):「ポジティブ」という言葉は、もともと人から僕がよく言われていたことなんです。あまり悲観的でない性格で、僕の根っこにポジティブがあったのでしょう。特にデザインするときは、これから世に出て行く新しいモノやサービスがどのようなものにな
――デザインすることはそもそもポジティブな行為だと。
徳田:「楽観的」と捉えられるかもしれませんが、デザインには責任が伴いますから、楽観的な思考と同時にモラルを持たなければいけないと考えています。
たとえば「い・ろ・は・す」は、ポジティブな思考から生まれました。採水地が6カ所あったため、土地の名前が商品名となり、採水地の自然を賛美するミネラルウォーターのトレンドからズレていたんです。ミネラルウォーターの市場で売るためには、他のブランドとは違ったコミュニケーションの仕方をする必要がありました。
やっぱりミネラルウォーターの仕事をしようとすると、自然環境に対して何かアプローチできないかという思考になるんですよね。それなら、海外からフードマイレージの高い状態で日本に持ってくる水よりは、日本にある世界最高レベルの自給率100%の水を飲んだ方がいいはずだと、そういう社会的視点がスーッと入ってきたというのが当時の感覚でした。
コンセプトメイキングしていく一方でマーケティング調査をしていくと、9割以上の人が自然環境に負担をかけない、またはそれに対して何かアプローチしたいと思っているのに、実際行動を起こしている人は1割に満たないということがわかったんです。
――そこで生まれたのが、飲み終わった軽量ペットボトルを握りつぶしてリサイクルすることで、誰もが気軽にエコ活動の参加できるというコミュニケーションですね。
徳田:「選んで、飲んで、しぼって、世界を変える水。」という僕が考えたコンセプトがそのまま広告のコピーにもなりましたけど、選ばれることが自然環境の負担軽減につながるんじゃないかと本気で思っていました。そのために、「みんなで簡単に楽しくできる」というブランドパーソナリティをつけて、「い・ろ・は・す」が誰にも親しみやすいものにするというディレクションをしていきました。そういう意味で、非常に未来志向というか、ポジティブ思考の仕事でしたね。
――「伝わるデザイン」を生み出すために、必要なことは何だと思いますか。
徳田:たとえば、大事にしているのは、送り手側の思うよさを受け手側の感じる魅力にすることです。“日本一暗い村”というネガティブなことを、“
数値化してアナライズしたときに、それをもう一度人に還すことなんです。どんな暮らしをしている人がこの商品を手に取ろうとしているのか? 親戚の誰かとか、友達のこんな人というのを具体的に想像して、その人たちにどういう魅力として感じてもらえるか、「翻訳」するんです。
さらに、メーカーの方々がこだわっているポイントがそのまま世の中に伝わるかというと、実はそうでもなかったりします。デザインを視覚言語化する前に、その商品やブランドの「魅力ってなんだろう」を突き詰め、そして「これをどんな人がどのように魅力と思うのか」というところまで翻訳してから色や形にしていく。それはつまり、「伝えたい」ではなくて、「伝わった」というところまで責任を持つということだと思います。
――デザインを具現化する前の「翻訳」という作業が重要なポイントですね。
徳田:手に取ってもらったり、買ってもらったりする行動を起こすためには、心を動かさなければいけません。そのためには感動や共感、好奇心を刺激しないといけないわけで、送り手が思うよさを受け手の魅力に伝わるようにしないと。そこが一番大切にしているところですね。
――その際に、ビジュアルのもつ力はどんなところにありますか?
徳田:ビジュアルはさまざまなコミュニケーションの道具の一つだと思っています。僕は音楽も言葉も好きだし、映像も好きなので、あらゆるメディアのコンテンツスタイルというのを駆使して仕事をしていますが、特にデザインに僕がこだわっているのは、「パッと魅せる」ということです。つまり「瞬間的に、魅了する」ということが、言葉ではなくビジュアルにしかできない特性だと思います。
また、デザインはエモーショナルなツールでもあるので、事業主や経営者の方の考えや思いといった、ある種の情報みたいなものを、ビジュアルを通してきちっとエモーショナルなものにして伝えていくことができます。
――FLOWFUSHIのリブランディングも、まさにビジュアルでブランドパーソナリティを伝え、多くの女性に共感される商品に生まれ変わらせた成功例ですね。
徳田:僕は女心がわからないので(笑)、結構ロジックで考えて始めたんですけど、作っているうちに、きれいになるってすごく楽しいことなんだって気づいたんです。だから楽しくなるための道具も楽しくなきゃいけないし、美しくなければいけないし、人前に出しても恥ずかしくないものではなければいけない。ポーチの中に素敵なものがいっぱい入ってたら、それだけで楽しくなりますよね!
――「プチプラ」だけど化粧室でも堂々と見せられるという話も聞きました。
徳田:「プチプラ」って、百貨店ブランドからすると、ちょっと低く見られている側だったんです。でもドラッグストアのコスメが1,000~1,200円というカテゴリの中で、FLOWFUSHIからはプレミアムブランドとして1,800円の「モテマスカラ」を出しました。その価格帯であえて出すことで、プチプラでもここまでのクオリティができるし、品質的にもいいものをみんなが買える価格で売るという考え方で作りました。だから、プチプラを使ってるから人前に「出しにくい」ではなく、人前で出すのが「楽しい」になってほしかった。そういうパッケージデザインやビジュアルを目指しました。
――最新のお仕事から、森美術館で開催中の「カタストロフと美術のちから展」のグラフィックについて、このビジュアルに込めた考えをお聞かせください。
徳田:これは、「カタストロフと美術のちから」というもともとの企画展のコンセプトからきています。カタストロフ(大惨事)をテーマにした美術展で、人の力では何ともしようがない災害や惨事に対して、それを記録し未来へ語り継ごうとしようとしていく第一部と、そこからどう立ち直るために、アートに何ができるかを問う第二部で構成されています。
そういった大きな社会的テーマと意義のある展覧会ですが、プロモーションの感覚からすると集客をしなければいけないので、心の痛む「カタストロフ」の方ではなく、「美術のちから」の方により焦点を当てようと考えました。ビジュアルとしては、タイポグラフィがきれいに並んでいるものが何かの力で大きく崩壊して、それをもう一回再構築していくということを表現した形になっています。
――去年、canariaは設立10周年を迎えましたが、今後チャレンジしたいことなどありましたらお聞かせください。
徳田:今、ちょうど「デザイン」についての本を書いているんです。電通時代から含めると30年近くこの仕事をやってきて、「デザイン」というものがいろんなものに活用できると強く感じるようになりました。今はデザインがパッケージや広告といったものに使われていて、今後もそれはずっと中心にあると思いますが、デザインは本質的にはコミュニケーショのツールなので、もっといろんなところに使ってほしいなと思っているんです。
今後はそれだけではなく、デザイン的な思考を伝えていくことで、何かを発見したり、さまざまな問題解決をしたりすることのお手伝いをしていきたいと思っています。
テキスト:小林英治 撮影:大竹ひかる(parade)
プロフィール
canaria代表 クリエイティブディレクター、アートディレクター
電通、KesselsKramerを経てcanariaを設立。ブランド・プロダクト・プロジェクト開発からコミュニケーションまでの一貫したコンセプトメイキング及びトータルデザインにおけるクリエイティブディレクション&デザインを得意とする。代表作に、いろはす、FLOWFUSHI、ANA AVATAR、等。