社内意識が向上! 三井化学が手がけたインナーブランディングの成功例

三井化学が推し進めるオープン・ラボラトリー活動「そざいの魅力ラボ」。研究者が社会とつながりをもつこの試みは、社内意識を向上させ同社のインナーブランディングに大きく貢献しました。この成功例を元に、インナーブランディングの意義をひもときます。

100余年の歴史を持つ化学メーカー・三井化学は今、研究者が自ら社会とつながりを持つ試みを行っています。それが2015年に開始したオープン・ラボラトリー活動「そざいの魅力ラボ(Mitsui Chemicals Material Oriented Laboratory:MOLp/モル)」です。

2016年に衣食住のデザインに関する見本市「インテリアライフスタイル」に初出展。2018年3月には東京・青山に期間限定の「MOLp café(モルカフェ)」をオープンして、素材の魅力を身近なプロダクトとして発表し、様々な方面から大きな反響を呼びました。

新たな価値を創造した「MOLp」、実は同社のインナーブランディングの側面も持ち合わせています。研究者のモチベーションをアップさせたその手法について、事務局を務める同社広報グループの松永有理さん、クリエイティブパートナーの田子學さん(MTDO)に、アマナデザインの八島智史が聞きました。

インナーブランディングの第一歩は、誰とどのように進めるか

八島智史(アマナデザイン/以下、八島):自社の価値を可視化することで従業員のモチベーションを向上させ、企業の競争力につなげるインナーブランディングは、私たち、アマナデザインでもお手伝いしていますが、三井化学の「MOLp」は一線を画していると思いました。この活動を始めた背景からお聞かせください。

松永有理さん(三井化学/以下、松永。敬称略):これまで会社を支えてきたコア事業が、リーマンショック及びその後のソブリンリスクを境に、需給バランスを崩し、大きな赤字事業になってしまったことで、社内には強い危機感がありました。従来のポートフォリオを変えて、新たな顧客価値を創造するモデルへとビジネスの形を転換していく必要があり、社会にとって三井化学がなくてはならない存在であるにはどうしたらいいかを考えた出口の一つが「MOLp」でした。

三井化学の松永有理さん。

 

八島:組織横断的でオープンな活動にしたことは特筆すべき点ですね。

松永:当社の組織体制は縦割りで効率的であるのですが、デメリットとして隣の組織が何をしているかわからないといった課題があります。そのため、自社の製品や研究なのに、お客様へ説明できなかったり、組み合わせの発想に至らなかったり、顧客起点で価値を創造しなければならない時代に、そぐわない面もあると感じていました。また、三井化学には多く技術や知的財産がありますが、事業化されずに消えていったものもたくさんあります。その中には、時代性やマーケットが結果的に適正でなかったから、というものも多いです。逆に捉えると、適正な人たちに、その時代のステージに合わせたコミュニケーションができていれば、陽の目を見るのではないか、との疑問がありました。

ただし、自分たちが持つ既存のチャネルでコミュニケーションを取っている限りでは、新しい用途も顧客もなかなか生まれるものではありません。技術もタコつぼ化し、組み合わせのアイデアによる発想まで至りません。このプロジェクトでは、横断的なメンバーで自分たちのアイデアや発想を感性的に理解してもらえる形でオープンにシェアしていくこと、そのコミュニケーションプロセスを通じて、イノベーションの可能性を探ってみたいと思っていました。

八島:インナーブランディングは自社内で行うこともできますが、外部ファシリテーターの存在があるとその効果をさらに大きくすることが可能ですよね。一方でその人選は企業が最初につまずく点でもあります。デザイナーの田子學さんとパートナーシップを組まれた理由はなんでしょうか。

松永:いろいろな方との可能性を検討しましたが、田子さんの著書『デザインマネジメント』(日経BP社)を読了、講演会にも行き、考えをお聞きするにつれ田子さんがベストだと判断しました。東京造形大学のご出身なのでバウハウス(※)の機能主義の思想をベースに持っていることです。機能価値以外の評価軸を素材に持ち込んだらどうなるかがMOLp活動のポイントですが、機能価値だけで生きてきた会社のメンバーに意味的価値を前面に出していっても通じません。その時に、形態は機能に従うという思想は相性が良いと考えました。

それから、田子さんが同じ三井グループの東芝ご出身ということもあり、社内を動かすプロセスの難しさも理解されていることと、良くも悪くも当社の雰囲気を理解してもらえるだろうということで、田子さんをクリエイティブパートナーにお迎えしてプロジェクトをスタートさせました。

※第一次世界大戦後にドイツ中部の街ワイマールに設立された国立総合造形学校。工業技術と芸術の統合を目指した教育と研究が行われ、モダンデザインの基礎を作り、今もなお世界中の建築やデザインなに多大な影響を及ぼしている。

2018年3月に期間限定で出店した「MOLp café(モルカフェ)」の様子。

 

八島:田子さんにお伺いしたいのですが、企業のインナーブランディングで人の心を動かすために、どのような関わり方を意識していらっしゃいますか。

田子學さん(エムテド/以下、田子。敬称略):人を動かすいちばんの根源はモチベーションです。化学メーカーの事業は、BtoBtoC、あるいはBtoBtoBtoCのようにお客様が遠い存在です。ものを作り上げたとか、特許が取れたという達成感はあっても、それがどう社会と関わっているかは見えません。このプロジェクトでは、研究者の特徴を切り出し、研究からプロダクトのリリースまでを行い、顧客の反応を直接受け取ることで、社会との接点を作ることを意識しました。

田子 學(Manabu Tago)MTDOinc. 代表取締役 アートディレクター/デザイナー 東京造形大学II類デザインマネジメント卒。東芝にて家電、情報機器に携わり、家電ベンチャーリアルフリート(アマダナ)の創業期に参画した後、MTDO inc.を設立。企業や組織デザインとイノベーションの研究を通し、広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルにデザインする「デザインマネジメント」を得意としている。ブランディング、UX、プロダクトデザイン等、一気通貫した新しい価値創造を実践、実装しているデザイナー。2013年TEDXTokyo デザインスピーカーとして登壇。

 

楽しいところに人は集まる、プロジェクトの求心力

八島:能動的に関わる社員を増やすのは、なかなか難しいですよね。

松永:確かにそうですね。プロジェクトには研究者を中心に15の部署から約20名のメンバーが集まっています。この活動をしても人事考課に反映されない、とネガティブな意見もありました。けれど、田子さんもFun Theoryと言っていますが、楽しければ人は能動的になり、楽しいところに人は集まってくるんですよね。そうした求心力を働かせることが重要です。

八島:プロジェクトの進め方にはフレームワークがあるのでしょうか。

松永:基本はフリーディスカッションなんです。最初は三井化学や素材の魅力・価値を紹介し合い、議論することを繰り返します。ベンチャー企業の方や、イントレプレナーの方に来ていただいてディスカッションに入ってもらったりもしました。いいアイデアが溜まってきたら、その機能的価値を感性的にコミュニケーションができる形態について検討していきます。

「MOLp」はコミュニケーション、デザイン、プロジェクトマネジメントを実践できる場として設計しています。よく勘違いされるのですが、「MOLp」はモノを作ることが目的なのではありません。コミュニケーションのステップを簡略化するために形にまで仕上げています。しかし、そのプロセスまで踏み込むことは、自社内の他部署はもちろん、社外の方々を巻き込んだプロジェクトにしていく必要があります。それはつまり、僕たちの顧客の開発プロセスを疑似的に体験することを意味します。

八島:フリーディスカッションだと議論が霧散してしまうことはありませんか。

松永:毎回、霧散しています(笑)。でもそれでいいんです。何が議題かさえわからないときもありますが、放ったらかしたり、方向修正したりしています。田子さんの求心力もあるので、最後は集約されていきますよ。

松永有理(写真左)三井化学株式会社 コーポレートコミュニケーション部 広報グループ課長 2002年 神戸大学経営学部卒業。同年、三井化学入社。食品パッケージなどの素材であるポリオレフィン樹脂の営業・マーケティングを経て、2011年6月より現職。主にPR業務や社長発信資料に加え、製品マーケティング支援を担当。2015年より組織横断的オープンラボラトリー「そざいの魅力ラボ(MOLp®)」を設立、B2B企業における新しいブランディング・PRの形を実践している。

田子:編集することが私の仕事ですから。私たちの動きは「砂場」のようなものだと松永さんと話しています。砂場では、山を作る、水を汲んでくる、穴を掘るなど、一緒に遊んでいる人との自由な発想でどんどんクリエイトしていきますよね。

同じように、自分は何が得意で、そこに何が加わるとおもしろくなるか、といった視点の議論しかしていません。もちろん、ただ遊んでいるだけでなく、目標を決めて責任感を持ってやることが大事。私たちは、いかに極限まで遊ばせる場を作るかを大切にしています

松永:「この人はこの分野において特出した視点を持っていそうだ」と思えば、田子さんが宿題を出したりしますし。

田子:今も忘れられませんが、クリアなプラスチックに光を当てると赤、青、緑など単色で光る素材があり、これらを二つ結合させたらどうなるんだろう、ということが議論になりました。

次の定例時に大牟田工場の研究者が「先日の議論ですが、こんなものができました」と、プラスチックを持ってきたんです。そこに光を当てるともちろん単色で光るんですが、裏に返して光を当てると、表とは違う色に光るんですよ! 本人は何がおもしろいのかわからない顔をしていましたが、僕からすると「おー!」となって(笑)。

こんなふうに、研究員は自分たちが探求したことへの一般的なおもしろさを認識していないケースが多くあるんですよね。そんな時に、僕はその瞬間をつかんで編集する。そういったことをしています。

八島:本人たちにとっては当たり前の技術や視点が実はとても素晴らしいということは、多くの企業でよくあります。そこを切り取って編集することはインナーブランディングの原点ともいえますね。

研究から社会実装まで、コミュニケーションをデザイン

八島:今年3月に青山で開催された展示会「MOLp Café(モルカフェ)」は、研究者の方々がイキイキとプレゼンしていたのが印象的でしたね。「MOLp」の活動中でも特に素晴らしいのは、プロダクトを売り物にした点です。その手前までの取り組みで完成とする企業も多いと思うのですが。

アマナデザインの八島智史。

 

松永:当初、私はプロダクトとして売るところまではしなくてもいいだろうと考えていました。自分たちの枠を大きく越えることに時間を使うよりも、コミュニケーションに足るプロダクトを仕上げることに力を入れたほうがいいだろうと。

しかし、研究のトップの考えは「研究者が自ら作って自ら売る体験をすることが重要だ」、ということで当初のスケジュールをずらしてでも売るところまでやってみることにしました。そうするとプロジェクトマネジメントの幅が広がり、さらに自分自身が消費者として購買行動を振り返ることにもつながり、自分ゴト化が進みました。つまり、消費者価値の深耕まで行った素材開発へとつながったんです。

田子:化学メーカーの宿命ですが、BtoCから遠いところで原材料を売っているため最終的な価格設定のプロセス見えません。しかし、最もホットな研究を即市場に出せれば自分たちで金額を管理できます。そこに誇りを持って自ら説明をして、買ってもらうという経験をさせたかったんです。

松永:実際に経験してみると、「MOLp」という非効率な活動ですが、そこから得られるものは大きいと実感しているし、メンバーも気づいていると思います。そして何よりFun Theory。時間が無くてもメンバーが楽しく活動しているということが、能動性につながっています

田子:メーカーが陥りがちなのはスペック競争です。「人に共感を与える仕組みは他にも必ずあるから五感を切り口にやってみませんか」と話したら、研究者がぼそっと「プラスチックの食器で食べるのは味気ないですよね」と言ったんです。「だったら作りましょう」と開発を進めて「インテリアライフスタイル」展に試作を出品し、彼がプレゼンして多くの共感を呼びました。次に「社会実装しましょう」と生れたのが、NAGORI樹脂のタンブラーです。

NAGORI樹脂のタンブラー。このプロジェクトで生み出した商品は実際に販売された。

 

松永:「NAGORI」の原料は、海水から抽出したミネラル成分に由来しています。波の残り物から生まれたということで「波残(なごり)」とネーミングしてもらったんです。プラスチックに対して、このような感性的なブランド名は私たちからは出てきません。展示会後、多くの企業から「NAGORI」を使って製品開発をしたいという依頼がくるようになりました。

八島:一歩外から客観的に再編集して、また外に向けて提示することは、やはりプラスになりますか。

松永:ものすごくプラスです。私たちは物性で素材を判断することはできますが、自分たちだけでは田子さんのように感性で拾い上げることはできなかったでしょう。

八島:活動開始から3年がたちましたが、今後の活動はどのようにお考えですか。

松永:「MOLp」の活動以外にも、社内で横断的なプロジェクトがいくつも立ち上がってきており、いい流れがあります。三井化学自らが発信して外からの期待に応えていくこと、つまり「そうだ、三井化学に聞いてみよう!」と、想起ブランドの上位に挙げてもらえるようになることが、この活動の一つの目標です。さらには、それがグローバルに拡がるようになったらより最高ですね。

田子:自ら発信していくには、いかに価値を視覚化してコミュニケーションできるか、さらには外とつながる場を作ることができるか、だと私は思います。無形なものを文化としてどうデザインするかは、私たちの取り組みの延長にあるはずです。

松永:次は「文化」のステージだと田子さんとお話しています。三井化学のオープン・イノベーション活動から文化を創造していくこと、それが次の高い目標です。

八島:「文化」のステージとは素晴らしいですね。ビジュアルやデザインを活用し企業の新たな価値を創造することは、アマナグループのテーマでもあります。ベンチマークとなる成功例を聞かせていただきありがとうございました。

編集:八島朱里 テキスト:さとうともこ 撮影:杉本晴

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