テクノロジーライターの大谷和利さんが注目した、世界の先進的なビジュアルユースのトピックを取り上げる連載「VISUAL INSIGHT」。第11弾でご紹介するのは、視聴者の「気になる」を誘う、ビジュアルトリックを活用したテレビCMです。
クルマのCMといえば、機能性や走行シーンを見せるのが一般的。そんなマンネリ化する業界の常識を打破する新感覚のCMをご紹介いたします。
シュコダ・オートは、1991年にフォルクスワーゲンの傘下に入った、チェコの自動車メーカーだ。フォルクスワーゲンとほぼ同じコンポーネントを利用しながら、デザインを変え、価格設定を下げることで、ヨーロッパ市場において人気を得ている。
そのシュコダが、2015年に制作したテレビCM(https://youtu.be/qpPYdMs97eE)が、映像的な意味でまさにビジュアルをシフトする秀逸なものだったので、今回のコラムで採り上げることにした。
このCMでは、まず「注意力のテストです」というオープニングメッセージが表示される。趣向としては、新型のデザインに自信があるので、ロンドンの街角に駐車して周囲の反応を確かめてみた、というスタイルになっている。
ナレーションは、次々に新型ファビアのデザインの特徴を挙げて、歩行者が立ち止まったり、道行くドライバーが気にしてくれるのではと期待しつつ、視聴者に「信じられないことが起こる」と予告して、動画を注視するように促す。
さて、一体どんなことが起こるのだろうか?
ところが、人もクルマも少ない通りで、1人だけやってきた歩行者はそのまま過ぎて行き、大したことが起こっているようには見えない。
それでは、ファビアのデザインは失敗だったのだろうか?
どうやら、思い描いた展開とは違っていたことに作り手も気がついたようだ。しかし、本当にそうなのだろうか?
実は、何も起こっていないと思っている間に、ファビアの背景となっている街並みが少しずつ変化し、最初と最後ではまったく異なる風景になっていたのである。
たとえば、右隣に停まっていた黒いバンはロンドンタクシーに、左隣のスクーターは自転車に置き換わり、街灯が出現して道路工事のコーンなどもなくなった。そして、店の窓や家々の外壁の素材や色も次々と変わり、子豚を抱いた女性が出現して、店の日よけも前に出たりしている。
もし、これらの変化に気づかなかったとしたら、それは、あなたがファビアに見とれていたからではないか…という逆説的な論法が、このCMの面白いところだ。
映像クイズなどでも使われることのある、こうしたビジュアルトリックは、少しずつ変化するイメージの違いは認識しにくいという脳の特性を利用したものだが、複雑そうに見えて比較的簡単に実現することができる。一昔前ならば、実際に壁の色などを塗り替えたり、窓を付け替える手間が必要だったが、今では、この程度の編集や合成であれば、パーソナルコンピュータ上で十分に可能だからだ。
この映像も、ファビアの前のドアの窓をよく見ると、途中で向こう側の赤い店の窓の形が変わっているのに、ガラスを通して見た部分はずっと同じままであったりする。たぶん、うっかり残ってしまったミスと思われるが、つまり、完全な実写ではなくCG的な操作で作られたものであることが、そこからわかるのだ。
技術的な壁は低めとはいえ、切り口を決めたり全体の構成を行うにはそれなりのノウハウも必要だが、こういう話題性のある映像をプロの力も借りながら作って公開するのも、ビジュアルマーケティング的には効果的な手法ではないだろうか。
(イメージは、すべて https://youtu.be/qpPYdMs97eE からのキャプチャです)