空調機器専業メーカーとして世界シェア№1の地位を築いたダイキン工業。「見えない空気をデザインする」という独自のフィロソフィーを持ち、あらゆる可能性に挑戦しています。このフィロソフィーを国内外の取引先へ、さらに一般消費者へも広く伝えるため、同社の先端デザイングループはオウンドメディア「DAIKIN design」の立ち上げを考えつきました。
「見えない空気をデザインする」ことを、ビジュアル化してわかりやすく伝えるにはどうしたらいいのか? この課題にこたえたのが、アマナの柴山英里と由谷圭佑のチームでした。アマナが提案したコンセプトを、ダイキン工業のデザイングループリーダーであり主任技師の関康一郎さんは、どう受け止めたのでしょうか。
ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):一般的に、メーカーの宣伝部や販売部ではなく、デザイン部門がオウンドメディアを作るという事例は珍しいですね。
関康一郎さん:(以下、関。敬称略):メーカーとしては世界シェア№1ですが、ダイキンの製品をデザインのよさで選ぶ、という声は実はあまり聞かれませんでした。しかし、私達は空気のデザインという点において独自のフィロソフィーを持ち、それを具現化してきたプロフェッショナルであると自負しています。この空調専業メーカーならではの考え方をもっと広く伝えたいが、具体的な方法がわからない。そこで複数の制作会社のコンペとなり、私達の姿勢を理解してくれた御社にお願いすることになりました。
柴山英里(以下、柴山):私は「新しいものとは作り手の感性や美意識から生まれる」のだと思っています。その点において、この仕事の依頼主がクリエイターの集団だった、ということは最高でしたね。当初はマーケティングデータをそろえてロジカルな面からも提案をしましたが、最終的には関さんから「マーケティングの結果や細かいアンケートデータは、参考にはするけど無視しましょう」と言われたんですよ。「ロジックより感性を優先させるのか!」と興奮しましたね。
関:柴山さんは、建築家や設計・施工をされる200名以上にアンケートを取ってダイキン製品のイメージ調査をしてくださったんですが、マーケティングの結果がこうだからこういう表現をしなければ、とは私達は考えなかった。だって、アンケートの結果は現状を表しているものにすぎませんから。私達がこのオウンドメディアを通じてやりたいことは、その現状を変えていくことですからね。
柴山:現状の購買層は企業の購買部などが最も大きく、この層はダイキン工業というネームバリューへの安心感やコストパフォーマンスを信頼しています。しかし関さんのグループはダイキン製品の新たなイメージ作りをしたいと考えていました。それなら従来の購買層はそのままにしつつ、もう一段階上のレイヤーへ、つまり世の中のトレンドを作るようなデザイナーや建築家へ向けたブランディングをしていきましょう、ということになったんです。
編集部:「見えない空気をデザインする」ことを、Web上にビジュアル化する。難しいテーマですが、どんな工夫をしましたか?
関:そもそもは、「空気のデザインを考えるコミュニケーションサイト」を作りたい、という要望を出していました。希望としては、会社の歴史を語り、社内のデザイナーを1人ずつ紹介していくサイトを、と。
柴山:でも私達としては、「空気のデザインを考えるコミュニケーションサイト」というテーマを表現するには、デザイナーの紹介だけではなくもっと多様なコンテンツが必要だと考えていました。
由谷圭佑(以下、由谷):たとえば、空調機器から空気がふわっと出てきてふわっと降りるとか、じわっと動くとか、こういう微妙な空気の動きはやはり動画で見せたほうがいい、といったお話をしましたね。
柴山:さらに言えば、こうしたコンテンツをいくつかサイトに置くだけでは、すぐに認知度が向上することは期待できません。そこで、幅広い情報を少しずつ小出しにすることで長く継続的にアクセスしてもらい、次第に理解を深めていけるような構成を考えました。いわゆるコンテンツマーケティングですね。このコンテンツの1つとして、デザイナーやプロダクトデザインを紹介する「Designer」のカテゴリーを設けたのです。
関:「空気のデザイン」「空調コミュニケーション」というテーマは、雲をつかむようなイメージかもしれませんね。それをあらゆる角度から理解できるように、CGや製品紹介などのビジュアルはもちろん、建築家との対談や展示会の情報などの周辺情報もたくさん見せていくという、コンテンツマーケティングの手法を提案していただけたことはうれしかったです。私達自身も「空気のデザイン」という概念の領域を大きく広げることができたと思います。
由谷:空気を表現するということで、デザインの面では「できるだけミニマルなデザインを」と求められました。それを表現するのがなかなか難しかったです。本当にミニマルに作ってしまうと、まるで手抜きのような雰囲気になってしまいますし。ダイキンの製品には、非常にシンプルで美しい「ダイキンらしさ」の定義があるのですが、最初はこの雰囲気をつかめず、やり直したこともありました。目新しすぎてもダメ、ポップ過ぎてもダメ。最終的には写真の置き方や大きさ、フォントのサイズや色までを統一して「これ!」というデザインができたので、その後は非常に作りやすくなりました。
関:クリエイター同士ですから、常に刺激し合って「もっとこうしたい」というものがどんどん見つかっていく。なかなかおもしろい経験でした。でもメーカーの立場としては、「今、市場にアピールすべきコンテンツはこれ」という企画を戦略的に選ぶべき場面もある。見せたいことが多すぎるから、何を掲載していくかいつも悩みますよね。
編集部:デザインや掲載する画像など、ビジュアルのクオリティはどのようにコントロールしていますか。
柴山:「ミニマルなデザイン」という要望を叶えつつ、伝えたいことが伝わる画像でなくてはなりません。画像については、撮り下ろしもあればストックフォトもあり、ダイキンさんがお持ちのものもある。それらをクリエイティブディレクターがレタッチなどでトーンをそろえて、統一感を損なわないようにしています。
由谷:実は私にとっては、ダイキンさんのこのプロジェクトが営業としての初仕事だったんですよ。
関:えっ、そうだったの!
由谷:デザインに関する知識がない状態でいきなり大きな仕事をまかされまして。大変でしたが、非常に勉強になったし、楽しかったです。
関:じゃあ、最初は僕のことが怖かったんじゃない? でも勉強になったと言われると本当にうれしいな。御社のチームは、厳しい納期や予算の中でクリエイターがどんどん力を発揮して、それをプロデューサーが絶妙にバランス取って進めてくれる、という印象を受けましたね。柴山:クリエイターが産みの苦しみを味わうことは当然ですが、このプロジェクトではクライアントの要求レベルが高かったので、私たちも高いレベルを追求できました。時にはスタッフ間で「こんなのは却下!」という意見が出て、お互いに険悪な雰囲気になったり。
関:このサイトはほぼBtoBのつもりで作っていましたが、就活生も結構見てくれているんですよ。応募の動機に「このサイトを見てフィロソフィーに共感しました」と書いてくれる学生がいましたよ。
柴山:本当ですか! それはアクセス解析の数字には表れない、見えない成果ですね。
編集部:今後はさらにコンテンツが増える予定ですが、この「DAIKIN design」をどう育て、活用していく計画ですか?関: BtoB、BtoCのサイトとしてはもちろんですが、もっとコンテンツが増えれば社内向けのポートフォリオとしても活用できますね。
由谷:ダイキンさんの社内には、すごい経歴のデザイナーや国内外でさまざまな賞を多数受賞している優秀なクリエイターさんもいるんですよ。今後はその1人1人を主役にする企画も作りたいです。
関:ダイキンは空調専業メーカー。だからこそ将来は「空気を万人に愛されるものにする」ことが可能だと、本気で思っています。たとえば、空調機器からリラックスできる空気が出てくるとか、職場では能率が上がる空気が流れてその効果で残業がなくなるとか。
柴山:実際、「壁の色を変えるとリラックスできる」とか、「この波長の音は安眠によい」とか、人の感性に働きかけるものがあるじゃないですか。きっと空気でもそれができるはずだと私も思います。
関:そうそう。「人の気持ちを変える空気」を実現できれば、お互いいがみ合うこともなく、やがては戦争もなくなり、世界が平和になるかもしれません。なぜなら、空気は誰もが常に触れているものだから。でもこういう話は、ロジカルな思考の人にとっては「何をふわっとしたことを言ってるの?」という内容かもしれないですね。だからこそ、こうした夢物語のようなことを明確に説明するために、ビジュアル化という手法が必要だと思います。それを実現してくれるアイデアに、今後も期待しています。
プロフィール
ダイキン工業株式会社
テクノロジー・イノベーションセンター 先端デザイングループ
デザイングループリーダー 主任技師
2006年ダイキン工業株式会社入社。「うるさら7」をはじめ、ユーザーや業界を驚かせるプロダクトデザインを次々と生み出す。2015年からは「見えない空気を愛されるものにする」というダイキンデザインフィロソフィーのもと、「空気のデザイン」に取り組み、空気で解決できる空間の感動創造、コア技術の見える化による協創促進、ユーザーとのコミュニケーションデザインに挑戦している。
プロフィール
株式会社アマナ プロデューサー
2017年に入社。前職では企画営業としてWeb、グラフィック、イベントなどさまざまな案件を担当。アマナでもその経験を活かした営業活動を行う。