電子機器やデザイン、自動車など、さまざまな分野に精通している、テクノロジーライターの大谷和利さん。新しい情報を常に発信し続けている大谷さんはビジュアルコミュニケーションにもいち早く注目し、アマナ協力の元、自身が監修した『ビジュアルシフト』(宣伝会議
新たに始まる連載コラム「VISUAL INSIGHT(ビジュアル インサイト)」は、そんな大谷さんが注目した、世界の先進的なビジュアルユースのトピックを取り上げ、深掘りするもの。
初回となる今回は、2017年3月にアメリカ・テキサス州オースティンで開催された世界最大のクリエイティブビジネスフェスティバルSXSWの会場で見つけた、興味深いガジェットをピックアップしてくれました。
ウェアラブルなデジタルサイネージシステムとも言える「ケミオン」出典:http://www.funiot.io/
そのガジェットの名は、「ケミオン(Chemion)」。ケミとは、ケミストリー(化学)の略だが、この場合には、人間関係や相性を指す。つまり、それらのスイッチをオンにし、話のきっかけや交流を深めるためのツールとして機能するという意味で、ケミオンと名付けられたのである。
一見するとハーフミラータイプのサングラスのような本体には、Bluetoothの通信機能と9×24個のLEDが搭載されている。レンズ機能などはなく、ユーザーはスリットを通して周囲の様子を見ることになるが、LEDが組み込まれているのは、そのスリットの桟の部分だ。
と、ここまで書けばケミオンの基本機能は、もうおわかりだろう。LEDが順次発光して、一種のデジタルサイネージと化すという仕掛けである。しかし、単に決まったパターンのみが表示されるのでは単なるパーティグッズとなり、ここで取り上げる意味がない。「ケミオン」は、App StoreやGoogle Playから無償ダウンロードできる専用アプリによって表示内容をカスタマイズすることが可能であり、さまざまなメッセージを発信することが可能なのだ。
SXSWのブースで説明を聞いていた来場者も、カスタマイズができることがわかると次々に買い求め、出展中の大手日本企業のエンジニアやデザイナーなども積極的に購入していた(値段は、会場の特別価格で60ドル。帰国後、日本でもAmazonなどで7000円で購入可能なことがわかった)。
利用場面としては、たとえば展示会などにブースを出展した際に、なかなか来場者との話のきっかけをつかめないことがある。そういうときには、向こうからこちらに興味を持ってもらうのが効果的であり、説明員が「ケミオン」に自社製品やサービスのキャッチフレーズを表示して、来場者にインパクトを与えるサイネージ的な使い方が考えられる。
あるいは異業種交流会のパーティなどでも、会社の業務内容や自分の専門分野などをワンフレーズで表示させれば、共通の話題を見つけやすい。
さらには、新製品のアピールのために商品名を表示した複数の「ケミオン」を街中でゲリラ・マーケティングのように使うのも、インスタジェニック的で効果的だろう。
確かにやり過ぎれば引かれてしまうかもしれないが、これからの社会では多少「出る杭」になる覚悟を持たないと、ビジネスをクリエイティブに進めることは難しい。「ケミオン」はあくまで話のきっかけであり、本題に入ったらそれを外して会話すればよいのである。
筆者も着用して自撮りしてみた。
一部で流行しているVRゴーグルは、基本的に装着している本人はコンテンツに没入できるが、周囲の人間は疎外感を味わいがちだ。これに対して「ケミオン」は、もちろん機能性や目的がまるで異なるものの、装着者自身は表示されているイメージを見られず、周囲の人間が楽しみ、和めるという正反対の性格を持つ。
また、メガネ型のハードそのものはLEDのパターンを表示するだけの単機能に留め、機能の大半をアプリ側に持たせたことは、現代的な製品の在り方を象徴し、今後の拡張性も残している。
現状でも、テキスト入力による表示、スマートフォンのマイクと連動したイコライザー風表示、ドット絵編集によるアニメーション表示、ネットコミュニティと連動したアニメーションデータ共有の4つの機能を備え、英語だけでなく日本語、韓国語、中国語、スペイン語などに対応済みだ。
また、よく使うメッセージやアニメーションを「ケミオン」自体のメモリに5つまで保存しておくこともでき、本体のみでパターンを切り替えながら利用することも可能である。
実は「ケミオン」は韓国製で、メーカーは大学発のスタートアップ※1(同国の若者の間では、「ケミ」という言葉も普通に使われる)。社名のファニオット(FUNIOT)には、IoT※2を楽しくするという意図が込められているようだ。
※1「スタートアップ」起業したばかりの若い企業。
※2「IoT」インターネットを介してデバイス同士が情報のやり取りを行いながら機能する “Internet of Things”(モノのインターネット)の略。
韓国は、ここ数年、若いクリエイターを中心にデザイン力が高まっており、「ケミオン」も特にソフトの作り込みがよくできている。これならば、特に専門知識がなくても、企業の担当者がイベントなどで活用できるだろう。
国内市場の規模が小さい韓国は、サムスンにしてもK-POPにしても最初から海外市場を視野に入れて活動する必要がある。それだけに、ちょっとした製品でも各国で売れるような作り込みや工夫をする。この点は、日本企業も大いに参考にすべきところだし、ケミオンを見てもその思いを新たにするのである。