なぜ今、企業は“アート”に注目するのか。
先進事例に学ぶ、企業課題を解決するためのアート活用法

vol.115

なぜ今、企業は“アート”に注目するのか。先進事例に学ぶ、企業課題を解決するためのアート活用法

Text by Mitsuhiro Wakayama
Photo by Takuya Igarashi

昨今、日本においても、自社のブランディングやコミュニケーション活動にアートを取り入れる企業が増えてきました。それにより、具体的にどのような課題解決につながっているのでしょうか。
 
本セミナーでは、企業の戦略的なアート活用をサポートする事業を展開する株式会社マグアスの白鳥啓氏をゲストに迎え、国内外での企業によるアート活用事例や企業課題を解決するアートの取り入れ方についてトークセッションを行いました。アートを活用した企業価値向上の取り組みを複数手掛けているアマナのプロデューサー・濱谷俊輔がファシリテーターを務めました。

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マグアスの白鳥啓さん。

白鳥啓(マグアス/以下、白鳥):マグアスは「アートを通して世界を知る、アートの力で社会をより良くする」という大きなテーマを掲げて設立した会社です。寺田倉庫や三菱地所、東急などアート事業を展開する企業から出資を受けています。そういった企業が一致団結して、日本のアートを前に進めていく、日本の企業におけるアートの活用を推進していくため発足しました。

マグアスの事業の軸になっているのが『ARTnews JAPAN』の運営です。アート業界の最新動向を伝えるだけでなく、アートと社会・人々をつなげる新しいアートメディアとして2022年に立ち上がりました。ここではアートにまつわる世界のニュースを毎日配信しています。なぜ、そんなことをしているのかというと、アートが世界の動向と密接に関わっているからなんですね。社会問題、環境問題、政治、あらゆる分野にアートはコミットしています。ですから、世界中の多くの企業は、さまざまな形でアートを事業の中に位置付けています。

アートは世界を語る

白鳥:日本でもアートは盛り上がっていますが、言語の壁もあり、海外の情報はなかなか国内に入ってきません。逆もまたしかりで、日本の情報が海外に発信されることも少ないのが現状です。『ARTnews JAPAN』は世界の情報を毎日届けることで、日本の企業のみなさんに「世界ではこんなことが起きてるのか」「こんなやり方があったんだ」という気づきやヒントをご提供したいと思っています。

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白鳥:『ARTnews JAPAN』は「Economy」「Social」「Culture」という3つのセクションで構成されています。「Economy」では、企業のアート活用例やアートマーケットのレポートを主に紹介しています。「Social」では、ジェンダーや気候変動、教育、メンタルヘルスなど社会課題に対するアートからのレスポンスを取り扱っています。また「Culture」では、展覧会情報をはじめ、ファッションや食といった分野とアートをつなぐ最新事例を紹介しています。

『ARTnews』は、もともと1902年に創刊されたアメリカのアートメディアです。その日本版である弊紙は、いまお話したような日本の情報も紹介しつつ、本国から発信された情報を翻訳して毎日配信しています。なかでも面白いのが「世界のアートコレクターTOP100」という名物企画です。このランキングは毎年発表されるのですが、近年では日本のコレクターもランクインするようになりました。とても興味深いことに、このランキングに名を連ねるのは世界の名だたる企業のエグゼクティブたち、あるいはグローバルな人気を誇る俳優やミュージシャンたちです。つまり、その年の世相がこのランキングに如実に現れるわけですね。

なぜ、いまアートなのか?

白鳥:この7〜8年でアートに対する雰囲気は大きく変わったなと実感しています。そう感じる要因の1つは、アートマーケットの活発化です。コロナ禍でもほとんど停滞することなく、成長を続けています。また、最近ではアートと投資の関係に大きな注目が集まっています。海外のエグゼクティブたちは不動産と株式のほかに、オルタナティブアセットとして美術品を所有しています。この考え方が近年日本にも浸透してきまして、国内での資産運用にアートという選択肢が生まれています。

特に若い世代だとNFTをきっかけにアートへの投資を始めた方々も大勢います。BTSのメンバーが日本の美術館に足を運んだこともSNSでかなり話題になり、若年層のアートへの注目度も上がっています。さらに、近年「アート思考」というワードがビジネス書のトレンドになり、関連書籍がベストセラーになっています。これまでビジネス業界には「アートは難しくてわからない」という空気が少なからずあったんですが、ここにきて「創造的な感性やイノベーションにおいてはアート思考こそ必要だ」というマインドの転換が起こりました。いきおい、ビジネスパーソンのアートへの関心がぐっと上がって、シーンの盛り上がりに一役買っていたりしますね。

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アートメディアならではのソリューション

白鳥:マグアスの事業は『ARTnews JAPAN』だけではありません。ほかにもさまざまな事業を展開しいていますが、そのうちいくつかをご紹介したいと思います。

私たちの強みは何かというと、日本のアート業界をリードするプレイヤーとの強いリレーションです。冒頭にもお話ししたように、マグアスの株主にはアートを主要事業として展開する企業が名を連ねています。ですので、そうした企業の有する顧客や場所といったアセットを活用することができます。また、アートギャラリーやアートフェア、オークションなど業界との幅広いネットワークもあります。これによって、企業からアートを活用したいと相談を受けたとき、誰と組んで、どんなプロジェクトを進めていけばいいか、アドバイスとサポートをすることができます。

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白鳥:私たちが企業の課題に対して提示するソリューションは大きく分けて4つあります。1つは「ブランディング&プロモーション」です。これはシンプルに、アートでブランドの価値を上げるということです。アートには現代社会が必要とする創造性や多様性があります。また、優れたアートは、社会課題に対する非凡なアプローチから生まれます。つまり、企業が「アートとどう向き合っているか」「どんなアートに関心を寄せているか」ということは、その企業が社会とどう向き合っているか・どんな課題意識を持っているかを示す指標になるわけです。裏を返せば、自社のパーパスをうまく社会に伝えるために、アートの力を借りることは極めて有効だということです。

2つ目のソリューションは「顧客向けマーケティング」です。アートはやはり特別な体験です。ですから、特別な顧客に特別な時間や空間を提供したいと考えたとき、アートは魅力的な選択肢になります。

3つ目は「インナーコミュニケーション」です。社内のコミュニケーションを促進したい、社員のクリエイティビティを向上させたいというニーズは日ごとに増えています。コミュニケーションやクリエイティビティは、アーティストと一緒にものを作ることで飛躍的に向上するということを、私自身この事業を手がけてみて本当に実感しました。

4つ目は「プランニング&リサーチ」です。これまで挙げてきた3つがアートを活用するという視点から行われるのに対して、こちらはアートをそのままビジネスにしよう、というものです。例えば、作品の売買や流通に関わりたいというニーズに対して、私たちが業界のリサーチを得た知見をシェアし、実際の事業のプランニングまで手がけます。

ビジネスの課題とアートの活用法

濱谷俊輔(アマナ/以下、濱谷):企業のブランディングという点では「こんなアートを所有している」「こんなアーティストと関わっている」って、プロモーションとしてわかりやすくて良いですね。

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アマナの濱谷俊輔。

白鳥:最近話題になったブランドプロモーションといえば、例えばルイ・ヴィトンと草間彌生のコラボレーションが挙げられるでしょうか。全世界で草間さんのヒューマノイドや巨大なモニュメントが同時展開するっていう……。あれも商品と直結したプロモーションですから、効果は絶大だったと思いますね。ヴィトンと草間さんに限らず、どんな企業でも「なぜ、いまこのアーティストとコラボするのか」という点に説明がついていれば、かなり効果的なプロモーションを打つことが可能です。アーティストのファンと企業のファンに親近性や親和性があれば尚良いでしょうね。

また、ユニクロがMoMA(ニューヨーク近代美術館)で「フリーフライデーナイト」というイベントを主催しています。これによって、金曜日はユニクロのスポンサードによって誰でも無料で美術館に入れるわけです。地域の人々には感謝されるでしょうし、それ以上に教育や文化への理解と支援を示すという点で、効果的なブランディングができることは間違いないでしょうね。企業はアーティストという単位だけでなく、美術館や展覧会という単位でもサポートが可能だということです。

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事例に関して詳しくはこちら

濱谷:なるほど。これは弊社が手がけたブランディングの事例になりますが、大林組の次世代研修施設「Port Plus」に設置されたアートワークのプロデュースを行いました。この施設は横浜に誕生した日本初の高層純木造耐火建築物で、11階までつながる階段があります。そこに13名の作家によるアートワークを配置して「歩きたくなる階段」「来るたびに違った発見がある場」を構想しました。アートは鑑賞者のコンディションによって、その意味を変えるものです。研修施設は毎日来るところではなく、不定期的に訪れる場所です。新卒の時に見た作品が10年後見たら違った印象だったとか、初心を思い出したりだとか、自分の変化を感じてもらえる場所にできたらいいなと。そこでアートは非常に有意義な効果をもたらしてくれます。

また、同じく大林組が手がけた「大正大学8号館」の竣工を記念した写真集も制作しています。いわゆる建築写真のセオリーに則ったものではなく、森山大道さんや顧剣享(こ・けんりょう)さんら個性的な写真を撮るアーティストたちによる写真集です。建築に込められた想いや意図を汲み取り、思い思いのかたちで表現してもらうことで、これまでにない魅力的な建築写真集ができました。

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濱谷:ときに企業のパーパスやターゲットに対して、どんなアーティストやキュレーターがマッチするのか、そこを考慮して提案するのも技術がいることですよね。

白鳥:そうですね。だから、私たちも日々、業界の動向をウォッチし続けていますよ。現場は常に動き続けていて、新しい才能やムーブメントが常に現れ続けているわけですから。

アートと親和性の高い企業とは?

濱谷:アートを活用する企業に特徴とか共通項ってあるんでしょうか? 例えば「to B」と「to C」だったら、どちらのほうがアートと親和性が高いとか……?

白鳥:業種・業界は全く関係ないですね。アートとのコラボレーションというと「to C」がイメージされがちですけど、場合によっては「to B」向けの企業のほうがハマることだってある。「to B」企業も社会課題に向き合っていますよね。企業の課題とアーティストの課題が一致したら、それは非常に価値あるコラボレーションを産むことになるし、社会的インパクトも大きく、双方にとってメリットがあります。「情けは人のためならず」ではないですが、アーティストをサポートすれば、それはめぐり巡って企業の利として返ってくるはずです。

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濱谷:ありがとうございました。とても興味深いお話しですね。アートを扱うというのは相応の知識やノウハウがいるものです。マグアスや弊社であれば、その点しっかりとサポートできると思いますので、関心のある企業様はご相談いただければ幸いです。それでは最後に、これからのビジネスとアートをめぐるシーンの展望について、白鳥さんのご意見を伺いたいと思いますが、いかがでしょう?

白鳥:企業活動とアートの関係は、これから加速度的に密接になっていくと思います。それはアートがビジネスに消費されるということではありません。ビジネスが社会課題へのコミットメントやソーシャルグッドについて真剣に考え始めている昨今だからこそ、アートが本当の意味でビジネスの良きパートナーになってくれるはずです。なぜなら、優れたアートは常に社会の課題に対する応答だからです。企業とアートの関係性は今後さらに変わっていき、もう1つ上のステージで、より高度な議論が展開されていくことになると思います。その動きはすでに始まりつつありますが、これから一層広がっていくでしょうね。

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