なぜ人は「悲しい物語」に惹かれるのか

泣ける消費
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。


人が消費行動を起こす時、モノを買う、選ぶ時、その決断を後押しするものはなんでしょう。ここでは消費行動につながる感情のひとつである「悲しみ」に、人が惹かれる理由について紹介します。


~本コンテンツは、書籍『泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている』(石津智大著・サンマーク出版刊)に掲載されている、消費と密接な関係にある感情の働きや心が動くメカニズムをひも解いた内容から一部抜粋・編集したものです(この記事は第1回/全3回)。

No.2:リアルすぎる広告が「共感」を得にくい理由(12月9日公開予定)

No.3:人の心は「安全な場所」でこそ動く(12月10日公開予定)


「泣ける」コンテンツには、不思議な力があります。

死別、余命宣告、失恋、記憶喪失。

本来なら避けたいはずの悲しみや別れを描いているのに、人はなぜか、それを求め、自ら進んで体験しようとする。

なぜわたしたちは悲しいものに惹かれるのでしょうか。

なぜ「泣ける」ことが売りになるのでしょうか。

しかも、それが作り話だとわかっていても、なお心を動かされるのはなぜなのでしょう。

この問いをたどっていくと見えてくるのは、人が「感情そのもの」をほしがり、お金を出して買っているという事実です。

人は「喪失」に引き寄せられる

わたしたちは、意識していなくても「何かが引っかかる」ことにとても敏感です。

誰かの視線を感じて思わず振り返ってしまったり、会話の中のひとことが「え、それどういうこと?」と気になって、あとになっても思い出してしまったり。

それは違和感のような不一致だったり、単純な興味だったりと種類はさまざまですが、「気になる」という感覚には抗いがたい吸引力があります。

これは年齢や性別に関係なく、誰もが持っている、ごく自然で本能的な反応です。

赤ちゃんですら、同じような顔写真が二つ並んでいるとき、わずかに非対称なほうや表情に変化があるほうを、より長く見つめる傾向があることがわかっています。

心理学では、こうした現象を「選好注視」と呼びます。

「何かが違う」「どこか変だ」と感じるものに、人は無意識に注意を向けるのです。

ではわたしたちにとって最も気になるものとは何でしょうか?

ポジティブな情報でしょうか? 得をする話でしょうか?

実は違います。

最も強く人の注意を引き付けるのは、「危険」や「喪失」、つまり「失うこと」なのです。

「失うこと」が何より心を動かす

「行動経済学の父」と呼ばれるノーベル経済学賞科学者、ダニエル・カーネマンの「プロスペクト理論」によれば、人間は、同じ金額でも得たお金よりも失ったお金のほうが、心理的インパクトが大きいとされます。たとえば同じ1万円でも、失った1万円のほうが、得た1万円よりも多く感じると言うのです。

これは単なる心理的な錯覚ではなく、生存戦略として理にかなっています。

原始時代、獲物を一日逃しても翌日また挑戦できますが、危険な獣に襲われれば一度で命を落とすかもしれません。「得られなかった」ことよりも「失った」ことのほうが生存上のリスクが高い。

そのため、わたしたちの脳は何十万年もの進化の過程で、「獲得」よりも「喪失」に強く反応するようになったのです。

よく考えてみると、悲劇とは、本質的になにかが「失われる」物語です。

恋人との別れ、愛する人の死、故郷の喪失、理想に対する挫折――これらはすべて、「何かがそこにあった」状態から「もうそこにはない」状態への移行を描いています。

つまり「泣ける物語」の多くは、「喪失の物語」なのです。


(この記事は第1回/全3回)

No.2:リアルすぎる広告が「共感」を得にくい理由(12月9日公開予定)

No.3:人の心は「安全な場所」でこそ動く(12月10日公開予定)


▼書籍紹介
人は商品そのものではなく、それによって得られる“感情”を求めて行動します。本書は、泣ける・ときめく・共感するなど、消費の根底にある感情の働きを解き明かし、心が動くメカニズムをひも解いた一冊です。広告や企画、商品づくりなど、顧客の心に届く価値を生み出すために役立つ感情マーケティングの基本と実践を分かりやすく紹介しています。

▼書籍情報
書名:泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている
著者:石津智大
出版社:サンマーク出版
発売日:2025年7月9日
リンク:https://bookstore.sunmark.co.jp/products/9784763142351


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