「ゼロからつくる」を疑え——既存資産を「ずらす」リブランディングの実践的視点

生きるための表現手引き
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。

ブランディングやオウンドメディア、広告クリエイティブといった顧客へのメッセージを見直すとき、「今までの表現を一新したい」と考える場面は少なくありません。ですが、印象があまり変わらなかったり、積み上げてきたブランドらしさを失ってしまったりすることも起こりえます。本書『生きるための表現手引き』は、表現をゼロから生み出すものではなく、既存のものをどう読み替え、どうずらし、どう編み直すかという視点から捉え直しています。第1回では「何を残し、どこを変えるべきか」を考える手がかりを探ります。


〜本コンテンツは、書籍『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎著・ニューズピックス刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第1回/全3回)。

No.2:「捨てる」を疑え——引用と組み合わせから独自性が生まれるブランドの原理 (5月14日公開予定)

No.3:「一人でつくる」を疑え——個ではなく個の「あいだ」がブランドの力を生む (5月15日公開予定)


リミックス——僅かに更新する

ルイ・ヴィトンのメンズ・アーティスティック・ディレクターを務めたアメリカのファッションデザイナー、ヴァージル・アブローは「3%アプローチ」を提唱しました。既存のデザインや概念に、3 %程度の僅かな差分を加えるだけであたらしさは立ち上がるという考え方です。これはハーバード大学での講義「パーソナル・デザイン・ランゲージ」で語られたいくつかの原則のうちのひとつで、たとえば既存のヒット商品にロゴを載せる、比率をずらすといった細かなリミックスによって、見慣れたものを変容させる方法です。

クラシック音楽の響きに現代的な手法を重ね合わせるポスト・クラシカルというジャンルにおいて高く評価されているドイツのマックス・リヒターは、2014年に「Recomposed by Max Richter:Vivaldi-The Four Seasons」(ヴィヴァルディ 四季、マックス・リヒターによる再構成[※1])というアルバムを発表しました。

その名のとおり、作品名までは知らずとも、誰もが楽曲を耳にしたことがあるヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲をリメイク/リミックスしたものです。原曲の楽譜を検討し、音符単位で再構成したこの作品は、原曲の25%分の音符に基づきながら作曲されています。有名なモチーフの拍をずらしたり、繰り返したりしながら、たしかに聞き覚えがあるような、しかし聴いたことのない、不思議な音楽体験をつくり出しています。

リミックスとは、もとは既存の音源や映像の断片を用いてあらたなものづくりに活用する手法のことをいいますが、アブローは同様の態度をファッションデザインに適用しています。またリヒターは、録音した断片を用いるサンプリングではなく、あらたな曲目へと生まれ変わらせています。ゼロからの創作ではなく、これまで親しまれてきたものの延長を、僅かに更新する。少しずらす。

このようなリミックス的手法は、洋の東西や時代を問わず実践されてきました。

サンプリング——主題をずらす

アメリカとスイスにルーツを持つアーティストでミュージシャンのクリスチャン・マークレーは、サンプリングの手法で知られています。音楽におけるサンプリングとは、既存の楽曲から一部を切り出して加工し、あらたな楽曲の一部として利用する音楽制作の手法です。

一方でマークレーによる《The Clock》という作品は、音楽ではなく既存の映像の断片を組み合わせたものです。映画やテレビ番組から、時計が映り込んでいる数千ものシーンを抜粋し、実際の時刻と連動するように24時間分の映像インスタレーションとして構成・制作したものです。ベッド脇のアラーム時計から紳士が左手につける腕時計、電子レンジの画面パネルの時計から日時計まで、映像に登場する無数の断片が組み合わされています。結果、この映像作品自体が24時間の時計としても機能することになります。

本作のリサーチと制作には複数年が費やされました。有名無名を問わずサスペンスから西部劇やSFまで、多くの映画などからの抜粋がマークレーとチームによって集められています。『パルプ・フィクション』や『ティファニーで朝食を』などのよく知られた映画から、物語の筋とは無関係に映像が抽出されている。出典に気づくと、別種の喜びがあります。

インスタグラム上で見られる写真に、旅行先や日常で人々が寝そべりながら視界に入る自分の足と風景をただ見えるままに撮影するというきまった構図があります。エリック・ケッセルスによる《My Feet》は、そのようなよく似た数千枚もの写真をネット上から集め、並べて構成した作品です。

長野県御代田町の御代田写真美術館(MMoP)の展示キャプションにはこのように記載されています。 「これらの写真は多くの場合、退屈しのぎや、他に何を撮ればいいのかわからないことから撮られたものだ。その人自身を見ることなく、その人がいる場所や状況について多くのことを物語っている。私たちを取り巻くイメージの広大な広がりを感じさせ、人々が個人的なイメージをみんなと共有する方法のひとつを示している」。

寝そべりながら、目に映るままの風景を撮ろうとすると、自ずとこのような構図が再現されます。いまいる場所や、そこでリラックスしていて特にやることがない様子が見てとれる。顔写真を自撮りするのとは異なる手軽さや控えめさがあり、それがひとつの文法をなして模倣を生んだのでしょうか。

アプロプリエーション——引用と変容

それにしても、既存の映像作品や、一般のユーザーがアップロードした画像を集め、自らの作品として再構成することは、法律上問題ないのでしょうか。

ここで参照できるのが米国のフェアユース(公正利用)規定の考え方です。ケッセルスについてはオランダ出身であるため正確には当てはまりませんが、もとの著作権者の許諾なく作品を使用しても、特定の条件下では侵害とならないようにするものです。

美術の世界には流用や盗用を意味するアプロプリエーションという用語があり、これも隣接する考え方です。既存の作品や、メディアで流通するイメージを流用し自らの作品に活用することを指します。既存のイメージを用いているところから、一見著作権侵害とみなされそうなところですが、もとの文脈をずらすことによってフェアユース、公正な利用だとみなされることがあります。たとえばもとは広告だった写真をアート作品化する場合や、問題提起や批判などあらたな切り口を持たせる場合です。

もとの制作者と法的な係争が生じることがままありますが、このような場合はフェアユース規定によって司法の場で判断されることになります。

弁護士の水野 祐(みずの・たすく)による『法のデザイン』(フィルムアート社)を参照してみましょう。

フェアユース(公正利用)に当たるか否かの判断においては、①使用の目的と性格(商業性を有するか等)、②著作物の性質、③著作物全体との関係における使用された部分の量および重要性、④その使用が著作物の潜在的市場または価値に対して与える影響、という四要素が検討される。最近の傾向としては、特に、著作権者の利益を不当に侵害するか否かという点、および、その前提として「transformative(変容的)」か否か(元の作品と比較して新しい表現となっているか、元の作品と異なるメッセージや価値観、視点を社会に提供できているか)という点が重視されるようになっている。

代表的な例として、リチャード・プリンス(※2)やアンディ・ウォーホル(※3)、ジェフ・クーンズといった作家の作品があります。

本項では、これらの作品が持つ意図や、それぞれがどれだけ「変容的」か、また係争の内容については扱いません。ただこれらのアプロプリエーション・アートの共通点があるとすれば、たとえば引用要素が繰り返される「反復」があります。マスメディアからソーシャルメディアの時代に移り変わっても、商品や広告、イメージが幾度となく反復されることは、わたしたちの日常の一部となっています。またウォーホルについては、そのほかにもキャンベルのスープ缶などのイメージを使用するなど、国民的なアイコンを主題に据える作品が多くあります。

これらの事例ではいずれも、「引用すること」、その内容や所作が重要な表現の一部になっており、たんに表現を他者からもらい受けることを超えた意図を読み取ることができそうです。

ただ、いくらもとの文脈からずらしていても、また批判的な精神が読み取れようとも、他者の作品をそのまま流用すること自体が憚られるという感覚もあるのではないでしょうか。

※1;compositionは一般的には構成の意ですが、音楽では作曲をも意味します。よってrecompositionは再構成と同時に再作曲という造語とも解釈できます。

※2:リチャード・プリンス《Untitled (cowboy)》1989年、The Metropolitan Museum of Art, “Untitled (cowboy)”, Collection, https://www.metmuseum.org/art/collection/search/283742 (最終閲覧日:2026年5月13日)

※3:アンディ・ウォーホル《Marilyn Diptych》1962年、Tate, “Marilyn Diptych”, Collection, https://www.tate.org.uk/art/artworks/warhol-marilyn-diptych-t03093 (最終閲覧日:2026年5月13日)


(この記事は第1回/全3回)

No.2:「捨てる」を疑え——引用と組み合わせから独自性が生まれるブランドの原理 (5月14日公開予定)

No.3:「一人でつくる」を疑え——個ではなく個の「あいだ」がブランドの力を生む (5月15日公開予定)


▼書籍紹介

Takramのコンテクスト・デザイナーとして活動する渡邉康太郎氏が、「表現は一部の専門家だけのものではない」という視点から、つくることの意味を問い直す一冊です。芸術史やデザイン、文学、コミュニティ実践など幅広い題材を横断しながら、表現を“生き方の技法”として捉え直し、いまの時代に創造性をどう取り戻すかを考えます。

▼書籍情報

書名:生きるための表現手引き

著者:渡邉康太郎

出版社:ニューズピックス

発売日:2025年11月28日

リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/4910063420


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