「ギブアンドテイク」の精神が、コミュニティをダメにする_中川政七商店が工芸業界の集まりから得た、揺るぎない確信

1716年、奈良地方で高級麻織物の商いから始まった中川政七商店。300年の歴史を経て、現在は日本の工芸をベースにした生活雑貨を企画製造・販売する同社は、工芸業界で初めて製造小売(SPA)を確立し、全国に50以上の直営店を展開するなど、日本の工芸を代表する企業の一つとして躍進する。
 
2007年には「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、自社製品の企画製造・販売だけでなく、工芸メーカー等を対象に「ブランドをつくるため」の経営コンサルティング事業や教育事業を展開。産業観光を盛り上げるためWEBメディアや工芸産地イベントも展開するなど、顧客のみならず、日本の工芸業界のコミュニティを築くことにも精を出している。
 
どんな思いが、中川政七商店をそうさせるのか? 同コミュニティの特徴、そこから見えてきた「良いコミュニティ」の条件とは? また、今後、中川政七商店が「コミュニティ」をフックに目指す方向性について、同社の取締役であり、コミュニケーション本部 本部長を務める緒方恵氏に話を伺った。

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成功よりも“失敗”を共有し合う、工芸事業者のコミュニティ

中川政七商店は、経営からものづくり、流通・コミュニケーションの設計までを全6回の講座で実践的に学ぶ教育事業を、2016年から全国各地で実施。その後の販路開拓支援を行う流通サポートや、日本各地の個性豊かな作り手たちを集めた合同展示会「大日本市」を運営するなど、自社事業を基点として工芸事業者のコミュニティが生まれている。
 
一見すると、師弟関係のようなつながりにも思えるが、日本の工芸を残したいと願う事業者同士、同じ目線に立って意見を酌み交わすことも多い。
 
緒方さん:「知見の交流やコミュニケーションは、私たちを含めて盛んに行われます。例えば、『あそこの漆屋がとても良いものを作るから、新商品を一緒に作らないか』といった提案から、『こんな形でPRをしたら全然上手くいかなかった…』といった失敗談まで話題はさまざまです。コンサルティングを介して出会ったパートナー企業の皆様とは、お互いに経営数字をフルオープンにすることもありますよ。年末になると決算報告書を持ち寄って『うちはこんな感じでした!』って報告し合う。そこからフィードバックを送り合い、『どうしたら伸びるかな?』って相談するんです」
 
各々の事業について包み隠さずに共有し合う。その姿勢がベースにある安心感からだろうか。コミュニティ内では、積極的に各事業者の「失敗体験」が話されるという。
 
緒方さん:「失敗体験のほうが横展開しやすいですよね。成功体験は再現性が少ないですし、会社のステータスによっても変わる。そもそも商材が違う人たちの集まりなので、事例として成功体験を語ることはあっても、それを直接的に参考にしたり、再現するという話にはなりません。むしろ、どれだけ失敗したかの共有のほうが重要ですし、それを語れない企業はそもそもバットを振っていないことになる。日本の工芸が落ち込む中、私たちは常に速度感をあげて成長をしていく必要があります。どれだけ失敗をしてもいいけど、怠慢だけはダメだという空気感なんですよね。バットを振っていないと必然的に話すことがなくなるし、質問されることも少なくなるから、コミュニティにいづらくなると思います。それぐらい、熱量の高い人たちが集まっているんです」
 
「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに惹かれ集まったコミュニティは、それを一人ひとりが実現する勢いで邁進する。その過程で生まれた「失敗」を共有し合うことが、より求心力の高いコミュニティを作っていくのかもしれない。

「ギブアンドギブ」の精神が、コミュニティを成熟させる

現代では、オンラインサロンなるものも登場し、より簡単にコミュニティを作れるようになった。人々にとってコミュニティそのものが身近になっている感覚もあるが、難しいのはそれを成熟させることだ。所属する人によって熱量の差があれば、その分だけコミュニティの純度は低くなる。
 
緒方氏は、先に触れた工芸事業者同士の集まりで生まれる活発な話し合いを見て、コミュニティが上手く機能するための「条件」が見えてきたと話す。
 
緒方さん:「上下関係がないフラットなコミュニティでは、誰かが有益な情報を発信し、それを受け取る人たちがいますよね。でも、全員が情報を受け取るだけで終わってしまえば、コミュニティは成熟していきません。大切なのは同じ方向性を共有するだけではなく、同じ速度感でいること。コミュニティの純度を高く保とうと思うなら余計にです。なので、コミュニティ内では『ギブアンドテイク』ではなく、『ギブアンドギブ』の精神を根付かせることが重要になってきます。濃密なコミュニケーションが起こる場では、全員が自然とここにいたいと思うはずなので、一生懸命にバットを振るし、アウトプットをするようになる。アウトプットするようになって初めて自分のやってきたことの整理もできますし、今までになかった気づきもたくさん得られると思います。コミュニティは、あくまでも“チーム”ではなく“グループ”なので、その空気感やカルチャーが共有できない限りは、上手く機能しないと思います」

コミュニティの輪を広げ、日本中に良質なコンテンツを増やす 

創業300年の歴史の中で、数々の改革を繰り返し、時代に合わせてブランドの価値をアップデートし続けてきた中川政七商店。「日本の工芸を元気にする!」という揺るぎないビジョンのもと、今後、同社は「コミュニティ」をフックにどんな取り組みをして行くのか?
 
緒方さん:「コンサルティングや教育事業は今後も積極的にやっていきます。ある意味、日本の工芸の未来に対する投資です。工芸に関心がある人口が増えるほど、私たちの事業に還元されるものも大きくなると思っています。中川政七商店の店舗には、自社商品だけでなく、コンサルティングの卒業生が作った商品が並ぶこともありますし、卒業生以外の魅力的な商品を仕入れることもあります。良質なコンテンツを作り出す人が増えれば、私たち自身のマーケットは肥え、その先に自社事業も膨らんで行くと思います。ただ、それを持続していくには原資が必要です。なので、私たちは『ビジネスを成功させること』と『社会課題を解決すること』の両立は全力でこだわって行きます。中川政七商店も利益を持ちつつ、関わってくれた人たちにも健全な利益を提供し、お客様には商品が持っている付加価値を通してより良い生活を送ってもらいたい。近江商人の商売原理に基づく三方良しの関係を貫いていきたいです」
 
また、緒方氏は中川政七商店を起点に、工芸事業者だけに止まらず、幅広い事業におけるコミュニティの輪を広げ、全国各地に良質なコンテンツを増やして行きたいと意気込んだ。
 
緒方さん:「私たちが持つノウハウは、すごく抽象度を上げて言うと経営や事業運営に関するノウハウの集積体なんです。そのアウトプットの一つとしてモノを作るんですが、一番大事なのは経営の仕方ですよね。それがちゃんと整っていれば、ある人はレストランを作るかもしれないし、ある人はアパレルをやるかもしれない。そういった経営ノウハウを広げていく活動を、その土地土地に住む「この地域をなんとかしなくてはダメだ」と思う人たちをコミュニティ化して、みんなで盛り上げて行く必要があると思っています。ビジネスとして一定量得た知識、経験を平たく撒けば、それを享受した人たちは各々の得意分野で良質なコンテンツを作り始める。良質なコンテンツが点在した結果、新しい人の流れが生まれることもありますし、それは一つひとつの点を線に、やがて面にすることでもある。良質なコンテンツをどう掛け合わせるかが、日本の元気にもつながると信じています」

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