さまざまな体験が、デジタルやバーチャルに代替されることが増えてきた昨今。フィジカルでしか味わえない感覚がある一方で、デジタルテクノロジーが五感を拡張し、より豊かな体験をつくり出すケースもあるでしょう。
インテリアやプロダクトの開発まで手掛け、多面的なアプローチで居心地の良い空間を創り出してきた、建築家の加藤匡毅さん。そして、アマナでさまざまな空間プロデュースを手掛ける濱谷俊輔。加藤さんが設計した建築を巡りながら、二人の対話から、変わりゆくコミュニケーションのかたち、そしてこれからの豊かな空間体験の在り方を考えます。
濱谷:先日、ウェビナー(※)で加藤さんが仰っていた、「オンラインでどこにいてもつながれることがわかってしまった以上、“行ってみたい”と思わせるだけのデザインの力がより必要になる」という言葉が印象的で。
音によってそこにしかない空間体験を生み出す「Puddle Sound」の最初の場所として、この客室をつくられたわけですよね?
※…SPBS THE SCHOOL主催の連続講座「建築思考」の中で、2020年9月に実施されたウェビナー。ウィズコロナの不確かな時代に、見えない未来を想像して新たな“場”を生み出す建築家の視点や思考を日常に取り入れて考えてみようというテーマで、加藤さんの講義をもとに議論が繰り広げられた。
加藤:そうですね。サウンドクリエイターの大河内康晴さんが、渋谷の街をフィールドレコーディングして制作した20分20秒の音源を、オリジナルで制作した真空管アンプで体験できるようにしています。
音楽をどこにでも自由に持ち歩けるようになったからこそ、あえて動かしにくいものにすることで、その“音”を特定の場所に紐づいた記憶として人に意識させることができるんじゃないか。そんな逆張りの発想なんです。
加藤:客室は、外界の音がほとんどシャットアウトされています。これだけ街が見えているのに、音が入ってこない。僕らが見えていない音を、大河内さんという人の存在を介して再構築された状態でここで聴いてみると、東京をよく知っている人でも、また違う東京を体験できる。「借景」ならぬ「借音」みたいなものかもしれません。
濱谷:音で空間体験をつくる場合、選曲に頼りがちですが、音響や音像といったところに目を向けられているのがすごく面白いなと思って。
どこでも好きな音楽が聴けることも便利ですが、それによって逆に体験の幅を狭めている部分もあるかもしれないですよね。この部屋の質感や、座ったソファの感触、音の振動などトータルにコーディネートされた状態で、ここにしかない五感体験になっているところがやはりすごく豊かだなと。
加藤:この真空管アンプが置いてある場所の座標値を、曲のタイトル「TOKYO N35°39’48”E139°42’04”」につけているんですが、今後他の場所にもこのプロジェクトを広げていきたいと思っています。
濱谷:これまでに何度か、音響機器メーカーのオーディオテクニカさんとお仕事をさせていただいたことがあるんですが、「Analogue Foundation」というグローバルプロジェクトの中で、南米のジャングルとニューヨークのタイムズスクエアをリアルタイムに音で繋げるという試みをされていて。ジャングルの中心部とタイムズスクエアは同一経度上にあって、つまり同じ地球の軸の中にいながら、「赤道をはさんだ反対側ではこんな世界が広がっている。そこにも生活がある。」ということを音を通じて想像できるということなんですよね。
加藤:デジタルを通したコミュニケーションも増えてきましたけど、結局その先には相手のリアルがあるじゃないですか。そこをちゃんと想像する力が必要だなと思いますね。
2020年がこうなるとは誰も予想しないまま、人との出会い方も変わってきている感覚がありますが、やはり相手のリアルがあるということを想像しながら、距離を想像力で補っていくことが大切だなと思っています。
濱谷:そうですね。
加藤:いろんなことがバーチャルで体験できたり、体験に近いことが体験にもなってきている。昔は文字だけで人とコミュニケーションがとれるとは思われていなかったのが、今は普通に文字だけでも成立していることを考えると、徐々にグラデーションを帯びながら、デジタルでのコミュニケーションもリアルのひとつになっていくのかもしれないと思ったりします。
濱谷:バリエーションがどんどん増えていく中で、「これもありだよね」と思えるかどうかは結構大きい気がしますね。人とのコミュニケーションのかたちが変わっていく中で、受け取り方や関わり方を再構築できるか、変わり続けられるか、というところは大事だと思います。
濱谷:建築も、設計者だけでなく、依頼者や施工に携わる人、その建物を使う人との関係性によってアウトプットが変化するものですよね。
加藤:設計者は、つくる人(施工者)とつくりたい人(依頼主)の間の「翻訳者」だと思っています。僕らは、施工者がかたちをつくるための線を引いている。
もちろん意志をもって線を引くんですが、CADだから本当に綺麗に真っすぐな線が引けちゃうんですね。その線が、最後つくる人によって“揺らぎ”が起こるところがいいなと思っていて。僕らがCADで引いた線の通りにできたとしても、“生きたもの”にはならない。人の手で直接つくられるものは、どうやったって真っすぐにはならないから、その“揺らぎ”が大切だと思っているんです。
濱谷:たしかに。全部が最初からうまくいくほうが気持ち悪くて、なんとなくの揺らぎから新しい発見が生まれることもありますよね。
僕らが携わるコミュニケーションの仕事も、クライアントの思いを翻訳して世の中の文脈にのせていくものですが、その過程に僕らの思いやデザインへの意志が入ることは大事だと思っています。でも、建築家の方から「翻訳者」という言葉が出るのはちょっと意外でした。
加藤:依頼主の思いに、設計を介して形を与えていくという意味での「翻訳」ですね。そして、有形にするからには責任が伴う。
建物をつくる「翻訳者」としての最後の仕事は、その建物を引き渡すことで、あとは使用する人に委ねるしかない。引き渡しの時点が100%で、そこから価値が目減りするような空間はつくりたくないなと思っています。80%の状態で引き渡して、あとの20%を使う人がつくっていける余地があるような空間が理想。素材が変化していくことや、時間が経ったことで良さを感じられることも、その余地をつくる要素の一部だと思います。
濱谷:そこに人が介在するからこそ、空間や場所にまた新たな意味が生まれたりするのは面白いですよね。
加藤:そういう意味では、CRAZY WEDDING(以下CRAZY)さんから依頼いただいて設計した「IWAI OMOTESANDO」は、結婚式場でありながら、新郎新婦でなく参列者が主役になるような空間づくりをすることで、これまでとはちょっと違う祝福の空間ができていると思います。
濱谷:結婚式という、いわゆる「儀式」のための空間のかたちを、あえてつくり変えてみるというのは、なかなかのチャレンジですよね。
加藤:依頼主のCRAZYさんとは、「既存のウエディングのかたちを脱したい」という議論はずっと続けていて、でもどう脱却していいかがお互いわからなかったんですね。僕はあくまで翻訳者という立場で、CRAZYさんのウエディングに対する思想を掘ることでしか答えにはたどり着けない。
「場の主人公は誰か」というところをぐっと深掘っていったときに、主人公を逆転させる発想が出てきて、そこからおのずと建築コンセプトや体験のつくり方が見えてきました。
濱谷:たしかに、軸をずらすことによって、より自然な方法が見えてくるということはありそうです。
僕は展示会やイベントの案件に関わることが多いんですが、今までリアルな空間でやってきたことを、コロナ禍でどうオンラインに置き換えるかという議論になった時に結構違和感があって。手段が目的化しがちですが、本当に実現すべきことは何なのか、翻訳者としてはそこから疑ってみるという視点は大事な気がします。
加藤:ルールや規則に忠実に進める方法もあるとは思うのですが、それが行き過ぎると、人の手を介す必要のないところにまで行きついてしまう気がするんですよね。視点をずらすということも、ある意味で、人のつくり出す揺らぎのようなものかもしれません。
濱谷:エントランスからレセプションを抜けて、セレブレーションホールにいたるまでの参列者側の体験が丁寧に設計されていますよね。最近はオンライン結婚式の話も聞いたりしますが、前後のインターバルの時間をどれだけ豊かにできるか次第で、挙式というメインイベントの感じ方も変わってくる気がします。
加藤:そうですね。それこそ子供の頃、授業の合間にある5分間の休憩時間って大切でしたよね。雑談したり、落書きを見せ合ったりするあの時間は、記憶にも強く残っていて。もしあれがなくて授業を受けるだけの世界だったら、友達と時間を共有している感覚はあまりなかったんじゃないかな。
オンラインでのやりとりはたしかに効率的で便利だし、個人を大事にする時間は増えていますが、人と時間を共有する感覚は、そうしたインターバルから生まれるのかもしれない。まだ解はないけれど、それをどうデジタルで代替えしていけるのかというところは、気になりますね。
濱谷:インターバルを主役に考えてみると、また見えてくるものがいろいろあるかもしれないですね。本番ばかりを見ていると、本質を見失うというか。コミュニケーションのかたちも変わってきているからこそ、これまであまり気にとめてこなかったような時間に目を向けてみると、また新しい発見がありそうです。
あらゆる体験がデジタルやバーチャルに置き換わっていくことに利便性を感じる一方で、違和感を覚える場面も少なくありません。
人がインターネット通信をはじめてからわずか60年余りであることを考えると、この文明の利器とどう付き合っていくべきか、そもそも「便利になる」ことや「効率化されていく」ことは果たして人間にとって良いことなのか、という問題さえもまだまだ議論の最中にあると言っていいでしょう。
時代がどう移り変わっていくとしても、想像力を働かせながら、さまざまな尺度をもって前提を疑い、柔軟な発想とアイデアで軽やかに乗り越えていく。そんな体験設計が、いま求められているのかもしれません。
撮影[top / interview]:大竹 ひかる(amana)
AD:片柳 満(amana DESIGN)
文・編集:高橋 沙織(amana)