生徒の学習ログや習熟度、興味関心をデータで可視化し、一人ひとりにあった学びや進路指導を提供できる――。そんな個別最適化された学校教育が、デジタルテクノロジーにより実現しつつあります。教育現場のDXを推進する「スタディサプリ」の取り組みについて、リクルートマーケティングパートナーズで同サービスの学校向け商品責任者を務める、塚本美咲季さんに聞きました。
「スタディサプリ」は、スマートフォンやタブレット、PCで利用できるオンライン学習サービス。
プロ講師による“神授業”が見放題のサブスクリプションサービスで、8年前に個人向けサービスとしてはじまり、現在は学校や自治体向けにも展開されています。学生を対象とした小・中・高校生向けサービスのほか、社会人向けのオンライン英語学習サービスも提供されています。
「もともと学生向けのBtoCサービスとしてスタートしました。当初、学校現場では受け入れられないのではと思っていたんです。
しかし、学校の先生からお声がけいただいたことをきっかけに、学校向けのBtoBサービスとして機能を拡充させ、テクノロジーを活用して先生方の業務を効率化し、生徒に向き合うという本来的な業務に集中していただけるようなサービス体系にしていくという取り組みを4年ほど前から始めました。
2020年10月現在、たとえば高校では、全国約5000校のうち半数の2500校以上にご利用いただくサービスに成長しています」(塚本さん)
「スタディサプリ」が学校向けに提供する「スタディサプリ for TEACHERS」の機能は、大きく以下の4つ。
①宿題配信機能
4万本(高校生向けでは1.5万本)の“神授業”動画の中から、各学校の先生が授業の進行にあわせて生徒個人のデバイスに宿題として動画を配信できる。紙で実施する「到達度テスト」で見える生徒一人ひとりのつまずきポイントに沿った動画を、優先度順に配信できる機能も。先生は、各々の視聴データや学習到達状況を一覧で把握することが可能。
②ポートフォリオ機能
日々の活動記録や考えたことなどを、生徒各々がアプリ上でログを残すことができる。日常の思考を言語化してアウトプットする練習にもなり、進路指導面談などのシーンで、先生はこのポートフォリオをもとに生徒と向き合うことができる。リクルートグループの人材育成ノウハウが活きている機能といえる。
③進路機能
「自分を知る」「情報を集める」「整理をする」の3つのステップに沿った教材で、主体的に進路選択できるようサポートする機能。オープンキャンパスの日程検索や予約、資料請求などもアプリを通じて生徒各々が進めることができる。
④コミュニケーション機能
生徒とメッセージができる機能。クラスや学年単位で告知したいことを掲示板感覚で配信できる「お知らせ」機能と、DMやグループメッセージでやり取りできる「メッセージ」機能がある。
「生徒一人ひとりのスタディサプリ上の行動ログを可視化し、業務効率化により先生方をサポートすることで、“個別最適化された学び”の環境をつくっていく。それが学校向けサービスのコンセプトです」(塚本さん)
コロナ禍では、休校要請が出された一週間後にこれら学校向けサービスの無償提供を発表。利用校数は大きく伸長し、宿題配信機能を利用した配信数は前年比で10倍以上に。以前から導入していた学校の中でも利用する先生の数が増え、オンラインを組み合わせた新たな学校教育のかたちを模索し始めている学校の姿が見えてきているといいます。
「たとえば社会の授業では、インプットはスタディサプリの講義動画で宿題としてやってきて、それに対して考えたことや思ったことを学校でグループディスカッションする、といった使い方をしていただくケースもあります」(塚本さん)
今後の教育改革(※)で重視されていく「非認知能力」。「認知能力(=学力)」に加え、意欲、協調性、計画性、創造性、コミュニケーション能力といった、測定できない個人の特性による能力が、今後の大学入試でも評価軸に加わっていくとされています。
「『非認知能力』を伸ばすための取り組みは、やはり学校という人が集まる場だからこそできることが多い。それ以外の基礎学力の定着や業務効率化などを我々のようなオンラインサービスが引き受けることで、うまくアウトソースしていただき、役割分担できるといいなと思います」(塚本さん)
※…変化の激しい時代を生きる子どもたちが、社会の中で活躍できる資質・能力を育成することを目的とした改革。たとえば、2020年度からの新学習指導要領では、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)が導入され、小学校ではプログラミング教育が必修化。大学入試では、これまでのセンター試験に代わって、思考力・判断力・表現力も問われる「大学入学共通テスト」が始まる。
もはや従来の一斉授業スタイルでは対応しきれない教育が求められていく中で、よりよいサービスで先生に伴走しながら共に学校教育の課題を解決していくために、プロダクトやサポート体制も日々アップデートされています。
「先生が何に困っていて、生徒たちにどのような環境を用意したいと思っているのか。日々の利用データ分析に加えて、我々にとって貴重な情報源になっているのが、全国にいる営業からの声です。
各学校の担当営業が、先生方からあがった声を書き込んで集約できるTeamsチャンネルをチームで共有し、プロダクトの改善に活かしています。深堀りしたいときには営業から紹介してもらって学校に赴くこともありますし、最近は先生方もオンラインミーティングに抵抗がなくなってきて、地方の学校とお話できる機会も増えています。
『変えていく』こと、『慣れていく』ことは人間誰しも難しい。だからこそ、我々としても腹を据えて人的リソースを割き、しっかりオンボードさせながら伴走していくべきだと思っています」(塚本さん)
先生をより深く理解するべく、“先生に1日密着”と題して学校に赴き、早朝から終業まで先生に密着して1日の行動を徹底的に観察してみたこともあるそう。8時の朝礼前に授業の準備をすませ、40人分のノートを抱えて忙しなく移動する先生の姿をつぶさに観察しながら、「スタディサプリ」がいかにより良いかたちで先生の動きに寄り添えるか、検討を深めていったといいます。
「日頃から、エンジニアやデザイナーなど開発に関わるメンバーと共通言語をつくることは大切にしています。開発者に学校の現場を見てもらったり、新学習指導要領への理解を深める勉強会を実施するのもそのため。
“いま自分たちは何を実現するためにやっているのか”をメンバー全員が腹落ちしながら進めることで、個々人が全体像を踏まえて動けるようになります。
要望をそのまま機能に落とし込んでも実際に使われないケースも多かったことを受けて、最近では、プロトタイプをいくつかの学校に使っていただき、フィジビリティテストをしながら新機能開発を進めています」(塚本さん)
圧倒的なクオリティのコンテンツとPDCAの高速回転により、学校教育現場の変革を進めている「スタディサプリ」。最後に、今後の展望と、オンラインとオフラインが融合したこれからの教育の在り方について聞きました。
「私が営業を担当していたときの話で今でも思い出しますが、『親に、月1,980円を出してと言えない』という環境にいる生徒もいます。しかし、現状は多くの生徒が学校には行くので、学校で教材として採用されれば、そういう生徒にも届けられるようになる。
我々も道半ばではありますが、オンラインの強みであるデータを活用した個別最適化を図りながら、先生がより一人ひとりと向き合える環境づくりをサポートすることで『非認知能力』の育成に寄与し、最終的に生徒さんたちが主体的に将来を選び取っていける力を育むお手伝いができるといいなと思っています」(塚本さん)
子供たちの学びの環境を整備するために、先生の抱える課題に徹底して向き合い、学校単位で変革を促していくことが最終的に社会課題の解決にも繋がる。「企業のDX」が「社会のDX」を形づくっている一例と言えます。
DX時代、オンラインの浸透によりさまざまな関係が結びなおされていく中で、これまで以上に、個々の企業が社会の中でどのような機能を果たすべきかが問われています。
撮影[interview]:小山 和淳(acube)
イラスト[top]:前田 直子(amana DESIGN)
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文・編集:高橋 沙織(amana)